第6話 戦い

「アアアアアアアアア!!!!!」

尊と伊織に対峙した雪穂は、拷問機具の斧を振り上げ、部屋を破壊しようとし始めた。

「おいおいおいマズいぞ…!つーか、こんなん鬼に金棒じゃねーか!?」

「いや待て、動きは単純だ。何とか動きにさえ反応できればいい」

「それが出来るのはお前だけだっつーの!!」

何より相当に危険な武器を振り回しているだけに、2人はなかなか反応出来ない。まさに防戦一方といった様子だ。

「救援呼ぶぞ!雄介さんでも、一華さんでもいい!とにかく仲間を呼べ!!」

「仲間が増えたところで状況は好転しないと思うが」

「何でてめえはこの状況でそんな冷静なんだよ!?」


実のところ、尊もそこまで冷静ではなかった。

彼の中では油断があった。この少女に、まさか悪魔など憑いてはいないだろうという油断が。

しかも、あの軽い『儀式』だけでは傷をつける程度が精一杯の。

伊織の儀式具はかなり上等なものだ。低級の悪魔程度なら、それこそ一太刀で重複できる程には。

そうこうと考えているうちに、雪穂が更に2人へ差し迫って来る。

「逃げよう」

「はぁ!?」

「状況を立て直す」


2人はそのまま、ドアを開けて部屋の外へと出る。乱暴にドアが閉じられた後、ガチャガチャと鍵を閉めて、ひとまず儀式室へと彼女を幽閉することにした。

あれだけ理性を失っているのだ。もしかすれば、仮に鍵が閉められていなかったとしても、ドアノブを開けてドアを開けるといった行為すら、出来ないような状態になっている可能性がある。…と、2人は期待した。

「とりあえず…‥。これだけ騒いでりゃ誰か来るだろ」

「あまり期待はしない方が良さそうだが」

「と言ってもよ…‥」

背後からは、まだやかましく獣のごとく吠える声と、ガンガンとドアを叩く音が聞こえる。外から見れば、まるでその光景は怪物から逃げるホラー映画のように映ることだろう。実際、間違ってはいないのだが。


「グルアアアアアアアアア!!!!」

声はやがて更に勢いを増し、遂にドアが盛大に蹴破られる。

「げっ…マズい……!」

右手には相変わらず斧を持ち、そして顔は更に悪意に歪んで、最早元の少女の面影は、全く感じられない程すさまじいものへと変化していた。

「流石にこの建物の中で戦うのは難しいか」

「かもな。障害物が多すぎる」

特に伊織は体重の軽さを活かしてあちこちに飛び回るのが得意で、邪魔なものの多い建物内の戦闘には向いていない。ましてや、ここには壊してはいけないものがあまりにも多すぎる。


「考えろ……とにかく体勢を……!」

「おや、随分騒がしいと思ったらお2人とも。今寝ている最中でしたのに、起きてしまいましたよ」

ふと、2人の後ろから声がかかってくる。

「何だよこんな時に……っ!?」

振り向けば、そこには修道院の修道院長である黒崎右近が、薄ら笑いを浮かべながらそこに立っていた。

「今はまだ20時です。あなたの歳でもまだ寝るのには早い時間なのでは?」

「そういう話をしているわけじゃないのですよ。大体そもそも仮眠とか取りたい時くらいあるでしょう」


相も変わらず若作りが激しいな、と伊織は改めて、黒崎の姿を見る。聞いた話によれば80歳を過ぎているという噂もある黒崎だが、その姿はまるで20歳過ぎの青年だ。本人は若作りなどと普段は言っているが、明らかにそんなレベルではない。

自分の所属する修道院の院長ではあるものの、この男には不気味さのようなものを常に覚えている。

正直、明確に味方でさえなければ…いや、明確に味方であったとしても、この男には警戒心のようなものを抱かざるを得ない、伊織は黒崎右近という人物に、そんな印象を抱いていた。


「悪魔に襲われていた少女を救出した。彼女も悪魔憑きだった。以上」

「なるほど。わかりました」

そう了解したと見るや、黒崎は雪穂の方へとゆっくりと近づいていく。

「おい、危ないぞ……」

「いや、心配はいらない」

「でもよ……!」

そんな心配をよそに、彼はどんどん歩みを進める。


「さあ、お眠りなさい」

黒崎がそう声を発すると、糸が切れて崩れた人形のように、その場に倒れ込んでしまった。

倒れた雪穂は魂が抜けたかのように、呆けた表情で固まっている。

伊織はそれを見て、『本当に魂が抜けてしまったんじゃないか』と恐怖した。相変わらず、この男の力は底知れないものがある。

「…黒崎さん、今何したんですか」

「一時的に眠らせただけですよ。あと1時間もすれば目を覚ますでしょう。どうも彼女に憑いてしまった悪魔は相当に厄介なものらしく、すぐに調伏するのは難しそうです」

「あんたでも難しいことってあるんですね」


「伊織くんは随分と私を買い被っているようですが、私はそんな大した人間ではありませんよ。私にだって出来ることと出来ないことはあります。私は神様じゃないのですからね」

「…修道院の院長が神様自称してたら、それこそ本末転倒でしょうが」

「あはは、君も言うようになりましたねぇ。君を拾った時は、まるで借りてきた猫のように大人しかったですのに。ああ、あの頃の伊織くんは可愛かったですねぇ」

「やめろ」

顔を赤くして目を逸らす伊織に、黒崎はなおもニヤニヤとした顔を崩さない。先ほどまで、悪魔に憑かれた少女が暴れていたとは思えないほど、そこには穏やかな空気が漂っていた。

どうもこの男がその場で声を発するだけで、空気がそちらに流されていくようだった。


「そうだ。彼女はこの後どうするつもりですか?まさか悪魔が憑いたまま帰すというわけにはいかないでしょう」

ここで、今まで黙っていた尊が唐突に口を開いた。唐突に聞こえた低くよく響く声に、伊織はおもわずたじろくが、そのまま黙ることにした。

「ご心配はいりません。もっとも…彼女をどうするかは考えてあります。いえ、今考えました。実に良いアイデアだと思うのですがどうでしょう。できればここの悪魔祓い全員に聞いてから行いたいとは思うのですがね」

やけにもったいぶった言い方をして、大仰にポーズをとってから、黒崎は続ける。


「我々の仲間になってもらうというのは、どうでしょう?」

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