第4話 悪魔祓い

「……で、ここはどこ。あなたは誰。まだ色々聞きたいことあるけどとりあえずこれだけお願い」

やっと平静を取り戻した雪穂は、目の前の青年に向き直り、質問をする。

「ここは悪魔祓いが所属する修道院の一つで、君が寝ていたのはその休憩室だ。僕の名前は雨宮尊。好きに呼んでくれて構わない」

アマミヤ、ミコト。自分を助けてくれた青年の名を、雪穂は頭の中で何度も復唱する。なんだか神秘的な印象を受けるその響きは、やけに綺麗な顔立ちをした青年と、よく似合っている気がした。


「まだ引っかかる所はあるけど、雨宮さん、はその悪魔祓いっていうことでいいの?」

「僕はそう説明したはずだが」

「いや言ってなかったと思うけどね!?」

「…そうか。説明不足はよく言われるものでな。僕も直そうとは思っているんだが、すまない」

「いいってそんな謝らないでも。あたしが勝手に怒っちゃったみたいじゃん」

「確かに顔を赤くして怒ってたな」

「そこは冷静に分析せんでいいわ!!で、その悪魔祓いとかなんとかって言ってたけど」

色々と頭が追いつかない。そして、雪穂の頭には急にある心配事が浮かんでいた。

いったい自分は、このままちゃんと家に帰れるのだろうかと。

この修道院とやらの場所もよくわかっていない。もし家から遠い場所だったら、仮に帰らされた所で無事に家に辿り着けるのかどうか……。


「けど、どうしたんだ」

「いや、質問したいことはいっぱいあるんだけどさ。とりあえずその、悪魔祓いっていうことは悪魔っていうのがいる、って認識でいいんだよね?」

「逆にそうじゃないとしたらどうなんだ」

「そうじゃないとしたら何なんでしょうねぇ!?」

言われて確かに、と思ったが、そこで納得してしまうのは、なんだか少し憚られてしまうので、言わないことにした。

「それで、本題なんだが」

と尊が口を開いたところで、乱暴にドアを叩く音が聞こえる。


「おい!てめぇ鍵閉めてんじゃねえぞ!おい!おい尊コラ!!!」

少し高めの少年の声だ。声変わりはしているだろうが、雪穂には随分とそれが若々しい声質のように思えた。

「あの…なんか怒ってるみたいなんだけど…これ大丈夫!!??」

「ああ、大丈夫。いつものことだ」

だが、あくまでも尊は冷静だった。その様子に明らかに違和感しかない雪穂だったが、あまりにも真顔だったので、次第にそれもそんなものかと受け入れていく。

やがてドアを叩く音はガチャガチャと乱暴に鍵を動かすであろう音へと変化していき、バンという音とともに一人の人物が姿を表した。


「お前後で呼ばれてんだから早く来いや馬鹿野郎!!!!」

大声で叫んだその人物は、一見すると少女のようにも見えた。やや癖っ毛な長い髪と、右目につけたおしゃれな眼帯。しかし、明らかにその口調と声は、10代半ば程の少年のもので、そのちぐはぐな外見に、雪穂は思わず困惑して何度もその人物の姿を見る。

「おいそこの奴、あんまオレの方何回も見てんじゃねーよ。見る気持ちはわかるけどな。あんま気分良いもんじゃねえ」

「あ、ごめん!それでところなんだけど…君ってやっぱり」

「お察しの通り生物学的には男性だ。よく見たらわかると思うが」

「あたしには見ただけではわかんないかな……」

少年は足で強引に部屋のドアを閉じると、尊の方へと向き直った。


「それで、その女の様子はどうだった?軽く様子見たらこっちに戻るって話だっただろ。だから呼びに来たんだが?」

「君がせっかちなだけだろう」

「喧嘩売ってんのかテメェ……!まあいい。とりあえず、その女の様子はどうなんだ?」

「特に異常はないように見える。悪魔が憑いている可能性はあるから、ちゃんと調べてから帰そう。というわけで、こっちに来てくれるか」

「……えっあたし?」

雪穂は突然呼ばれて、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

「君しかいないが」

「デスヨネー……」


尊に促され、雪穂は建物の中を歩き始める。修道院と言っていたと思うが、確かに彼女が想像する、映画やドラマなどで見た修道院そのものだ。

「君にも紹介しておこう。彼の名前は桐野伊織という」

「…これから会うこともないだろうに、わざわざ名前言う必要なんてあるのかぁ?」

「名前がないと不便じゃないか?できれば、君の方も教えて欲しい」

「…うん。八坂雪穂。そんな特徴ある名前じゃないでしょ?」

不便だろう、という理由ではあるが、こうやって名前を聞かれること自体は、雪穂もあまり気分が悪いものではなかったので、素直に答えることにする。

「特徴がありすぎる名前もそれはそれで困ると思うが」

「そういう話してんじゃないけどね?」


「さて、今から君に対して大事な話をしなくてはいけない」

「……うん」

真剣な尊の表情と、低いトーンの声に、緩んでいた空気が一気に引き締まる。

「もし君に悪魔が憑いているとしたら、君は少し苦しむことになる。僕達の仕事は悪魔祓いというものだが、悪魔祓いにはこういったものを使うことになる。…ほら、伊織。見せてやってくれ」

「はいはい」

嫌々ながら、伊織は懐から何かを取り出した。刃がキザキザになっている、少し曲がった刃物だった。雪穂はれを見て、頬に嫌な汗が伝うのを感じた。

明らかに、対象を傷付けるために存在しているナイフだ。野菜や果物を切るためのナイフなどではない。


「この武器は人間に傷をつけることは出来ない。だが……悪魔…正確には悪魔に憑かれた人間はこいつで傷をつけられれば悶え苦しむ」

伊織の声のトーンが低くなる。重苦しい空気が場を支配した。雪穂はここで何故か"逃げ出したい"気分になった。

だが、視線がどうしても、伊織が持つナイフへと吸い寄せられる。少しでも視線を逸らせば、その刃で自分の身が傷付けられるという想像が、頭をよぎる。

「悪魔というのは実体のない存在だ。故に人に取り憑いて活動する。…君、どうした?」

「あ、いや。その…それ見てたらちょっと怖くなっちゃって」

怖い。それを口に出した途端、更に実感として頭にプレッシャーがのしかかってくる。自分の方を見る伊織の視線からも、目が離せない。


「ところで尊。お前ちゃんと説明したんだろうな?」

「何をだ?」


「あいつにもし傷痕があるなら、そこから悪魔が入ってるかもしれねえってことだよ」

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