第36話 浩介が麗奈を助ける。そしてあの男が活躍する。

 夜、浩介たちのクラスの学級委員長である池井 恵人は鬱々とした気分で自分の部屋を抜け出した。


「あぁ~くそがっ! うぜぇんだよあいつら!!」


 そして部屋を出るなり叫び、廊下の壁を蹴りつける。


 恵人はこのキャンプの班決めの際、クラスの3大美女と同じ班になるべく浩介の弱みに付け込もうとしたがカウンターを喰らい、クラスで一番目立たないグループに人数合わせで入っていた。


 夜、消灯時間が過ぎても恵人の同じグループの陰キャ男子は2人、クラスの女子の誰と付き合いたいかなんて話で盛り上がっていた。


 イライラしていた恵人は限界を迎え、部屋を出て来たのだった。


(クソ陰キャどもが低レベルな恋バナしやがって。しかも部屋を出るときこの俺を哀れむような目で見やがってふざけんじゃねぇぞ? 俺はイケメンで天才なクラスの学級委員長様だぞ? 本来なら朱音も美緒も麗奈も今頃俺のものになってるはずだったんだ……!)


 生き場のない怒りをまき散らすように大股で歩いて宿泊施設の外に出る。


 ブラブラと行く当てもなく歩いていたときのことだ。恵人はその現場を目撃した。


 2人の人物が向かい合っており、なにやら揉めているような雰囲気だ。


 しかもその1人は同じクラスで恵人が狙っている女子のうちの1人でもある小笠原 麗奈。


(もうひとりは……なんか知らないおばさんだな)


 もちろん恵人は知る由もないが、麗奈と向かい合っているのは彼女の母親……いや元母親とでもいうべきか、麗奈を散々苦しめた毒親の小笠原 真知子である。


 真知子は現在、麗奈たちが止まっている施設と同じ場所でキャンプをしている学校で担任を務めている。


 もちろんそんな事情など知りもしない恵人はこれをチャンスと見て行動することにした。


(なんかよくわかんねぇけど揉めてるみたいだな。ってことは、あのババアからピンチの麗奈を助けたら……ひひっ、イイ感じになっちゃうんじゃね? てか俺惚れられちゃうんじゃね?)


 そんな下心を躍らせながら彼女たちに近づいていく恵人。


「まぁまぁ、ちょっと落ち着けよおばさん。何があったのか知らないけど――ぐへぇっ!」


 まずは仲裁に入ろうとした恵人だが、すぐに真知子がぶん投げた椅子が直撃して一撃で気を失った。


 恵人は知る由もないが今の真知子は常識の通じるような人間ではない。


 麗奈が家を出る前まではさっぱり切りそろえていた髪はダラダラと伸び、元々鋭かった目つきはより凶悪につり上がっている。


「なんで……なんであんたがここに……」


 麗奈は彼女の人生における最大のトラウマを目の前にしてパニック状態に陥っていた。


 約1時間前、今日1日みんなと過ごした時間が楽しくて、眠れなくて興奮を冷まそうと部屋を出た。


 自販機で水を買い、外のベンチで心地よい風を浴びる。昔の自分だったら、こんな冒険しなかっただろうな……なんて思いながら。


(ずいぶんゆっくりしてしまった……もし目を覚ましたらみんな心配するかもしれないし、そろそろ戻ろうかな)


 そんなことを思ったとき、真知子は麗奈の前に現れたのだ――


 ◇


「レイナ、こんな時間になにしてるの? 夜遅くに外に出るんじゃないって……散々言いましたよね?」


 真知子が狂ったように虚ろな表情で近づいて来る。もはや区別が出来ていないようだ。麗奈が完全に縁を切った現在と、過去の関係が。


「いやっ、来ないで……!」


(いやだいやだいやだ……せっかくこの悪魔のような女から逃げられたのに……。お願い助けて、コウ――)


「ホラ、早く、一緒に帰りましょう」


 真知子の手が麗奈に向かって伸びてくる。麗奈は逃げようとするがなぜか体が動かない。まるで悪夢を見ているかのようだ。思うように体が動かない恐い夢……。このまま麗奈は彼女にとらわれ――


「レイっ!」


 と、真知子の手が麗奈に触れる寸前、彼女は気が付けば抱きかかえられていた。


 目を開くと、そこには麗奈が寸前に助けを求めた人の姿があった。新崎 浩介……いや、今の彼女にとっては霧谷 コウというべきか。


「コウ……また助けに来てくれたんだ」


「探すのが大変だったよ、あのときみたいに」


 むろん浩介がいうあのときというのは、小説投稿サイトから麗奈が消えた時のことだろう。


「は? レイナ……なんでそんな幸せそうな顔してるの? 私といるときは……一度もそんな顔、したことなかったのに……」


 その光景を見て、真知子は狂ったようにブツブツと呟く。自分が完璧な教育を施して来たと思っている彼女にとって、その光景は最大の屈辱だったことだろう。


「ふざけんなふぜけんなふざけんな……!!!!」


 真知子は近くにあった椅子を両手で振りかざし、浩介と麗奈に振りかざしてくる。


 近くまでたどり着いていた朱音と美緒が同時に彼らを助けようと近づいて来る。しかし間に合わない。絶体絶命だと思われたその瞬間――


「うおおおおおおおおおおおおぉぉ!」


 その場に唐突に乱入して来たのは、彼らの担任である阿島 義男だった。


「ぐあああああぁ!」


「阿島先生……!」


 浩介が叫ぶ。阿島は真知子が振り下ろした椅子が直撃し、その場に倒れ込んでしまう。それでも、痛む身体を起きあげて、浩介と麗奈の前に立った。


「阿島先生……どうして?」


 麗奈が問いかける。もちろん浩介も、朱音も美緒も驚いていた。そんな彼らに、阿島は振り返って笑みを浮かべる。


「まぁ……せめてものケジメかな。ははっ、わかっているよ……私は頼りにならない役立たずの教師だってね。けど……腐っても君たちの担任なんだ。担任が……生徒を守れなくてなにが担任だぁ……!」


 そう叫んで、阿島は真知子が武器にしている椅子に飛びかかった。

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中学までは嫌われ者だった陰キャぼっちオタク、高校には彼に救われたネット友達(美少女)たちが全員集まっててモテまくってる件。 踊る標識 @odoru_hyousiki

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