第28話 宿泊施設に到着する。

「――小笠原さん?」


 麗奈はぼうっと過去のことを思い出しながら窓の外を眺めていたが、朱音に呼ばれて我に返った。


 現在、麗奈は宿泊施設の一室いる。いくらキャンプとはいえ、テントを張って寝るわけではなく宿が設けられている。


 もちろん、ただ宿泊施設に泊まって終わりというわけではなく、夜にはバーベキューやレクリエーションといったイベントもあるようだ。


 麗奈が泊まる部屋のメンバーは同じグループになった朱音と美緒だ。


「わたしたちコウ――新崎くんたちの部屋に行こうと思うんだけど、小笠原さんも行く?」


 荷物がまとめ終わったのか、美緒が問いかけてくる。現在は自由時間だ。


「えぇ、わたしも行きます」


 3人は部屋に鍵をかけ、浩介たちのいる部屋へと向かう。


「えーと、コウく――新崎くんたちの部屋は……」


 朱音は浩介から送られて来たらしい部屋の番号を見ながら部屋を探す。


 ふと、麗奈は思った。


 自分も含めてみんな何かしら浩介との関係を隠している。結局それはこの宿泊施設までのウォーキングでは明らかにならなかった。けれど、これから一泊するというのに名前の呼び方まで誤魔化し合うのは気疲れするだけではないか、と。


「あの……ちょっと提案があるんですけど」


 麗奈が呼びかけると、朱音と美緒が振り返って首をかしげる。


「わたしも含め、みんなが新崎くんと何らかの特別な関係にあることはわかりました。なら、それを明かさないにせよ、もう関係性を無理に隠す必要もないのではないですか?」


「……そうだね。新崎く……いや、コウさんも多分その方がやりやすいと思うし。少なくともわたしたち3人の間では気にしないことにしよっか」


「うんうん。それならさ、せっかく同じ班になったわけだし、2人のことも名前で呼びたいな……美緒ちゃん麗奈ちゃん」


「わっ、わたしも賛成……朱音ちゃん麗奈ちゃん」


「はわっ……!」


 普段冷静な麗奈だが、突然の出来事にそんな声をもらしてしまう。同年代の女子から名前を呼ばれることなど今までなかったため、照れくさくなってしまったのだ。


 彼女は母親の教育による悪影響があり、いつも同年代と馴染めず、苗字にさん付けで呼ばれるのが常だった。友達と呼べる存在だってできたことがない。


 だからつい、どう反応したらいいかわからず言葉を失ってしまった。


「あっ、ごめん……もしかして嫌だった?」


 うつむいてしまった麗奈に、朱音と美緒が不安そうに近づいて来る。


「ううん……嫌じゃないです。わたし、嬉しいの……今まで名前で呼び合える友達なんていなかったから」


 そう言うと麗奈は、不器用ながらも2人に微笑みかけた。

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