第27話 麗奈が浩介を好きな理由②

 それから麗奈は書籍化のために小説を書き続けた。


 しかし、なぜかうまく行かない。書籍化どころか、評価は全然伸びないしランキング上位に載ることも出来なかった。


(おかしい、絶対に受ける作品の条件は満たしているはずなのに……わたし、このままあの人の言いなりになるの……?)


 涙がキーボードにこぼれる。彼女はハンカチでキーボードを拭いた。


「そんなの……絶対に嫌っ!」


 眼鏡を外して涙を拭い、再びパソコンのスクリーンに視界を戻したときのことだ。


 キーボードを拭いた際に画面が移動してしまったのかもしれない。麗奈のアカウントをフォローしているユーザーの名前が表示されていた。


 その最新の欄にある名前に、麗奈は目を奪われた。


 霧谷 コウ――そう書かれていた。


<雪凪 レイ>コウ? もしかして、雪凪 コウなの?


 麗奈はあまりの衝撃に冷静さを失い、いきなりダイレクトメールを送ってしまった。するとすぐに返信は来た。


<霧谷 コウ>そうだよ、霧谷 レイ


 拭ったはずの涙が再び流れて来た。


 少し前まで使っていたのになんだか久々に聞いたような響きだ。


 霧谷 レイ。


 それは彼女が消されたアカウントで使っていた名前だ。そして雪凪 コウは麗奈がサイト上で最も仲のよかった作者だ。


<雪凪 レイ>なんで。だってわたし、みんなとの関係を切って、コウを捨ててまでひとりでやっていくことを選んだのに。こんな酷いことしたのになんで


<霧谷 コウ>アカウントを消したのにはきっとなにか理由があるんじゃない? それに、ペンネームに俺の苗字使ってるし、全然捨ててないと思う


「うぅっ! だっ、だって、それは~……んん~~!!」


 麗奈は顔を真っ赤に染めて見悶えた。急に新たなペンネームに彼の苗字を使ったことが恥ずかしくなったのだ。 


<雪凪 レイ>それを言うならコウだって、私の真似して霧谷 コウなんて名前にして、新しいアカウントまで作ってるじゃん!


<霧谷 コウ>だって、俺はもともとレイの小説が好きで、自分も書きたいと思って書き始めたし……


<雪凪 レイ>ちょっとなにそれ。初耳なんだけど……


<霧谷 コウ>あれ、言ってなかったっけ?


「んもうぅ……急になんなのよぅ」


 気が付けばさっきまでの涙は通り雨のように過ぎ去り、麗奈は真っ赤に染めた頬を緩めていた。照れくさいけれどついニヤけてしまうのが止められない。


 コウとの会話で冷静になり、麗奈は再び作品に向き合う決心がつく。


 麗奈はコウに自分の状況を一通り説明した上で、アドバイスを求めてみた。するとすぐに返信が帰って来る。


<霧谷 コウ>なんて言うんだろう……表現が難しいんだけど。今のレイの小説は悲しそうっていうか。今までのレイの小説はすごく生き生きとしてて、楽しそうだったんだよ。


「あっ……」


 抽象的な表現だが、今の麗奈には物凄く腑に落ちる言葉だった。なんで今の今まで気が付かなかったのだろう……と。


 麗奈は新しいアカウントで活動を始めてから、書籍化するためだけの小説を書いて来た。


 ジャンルもコンセプトも展開も……100%読まれるためだけの内容に割り切って。


 自分の好きなものだけを書いていては、それがどれだけいい作品だったとしても……多くのユーザーの目に留まらなければそもそも読まれない。


 逆に言えば、多くのユーザーに読まれる物を書けば作品は伸びる。それは恐らく半分くらい正しい。


 けれど、いくら読まれる条件を詰め込んだだけのものを書いても、それが書き手にとって熱くなれる物じゃなければ、中身は間違えなく空っぽになる。


 きっと、読まれるだけで読者には本当の意味で刺さらないのだ。


「少し考えればわかることなのに、必死になってるうちに忘れてた……」


<霧谷 コウ>あと多分、レイとオレ、逆だったかもしれねェ…


<雪凪 レイ>えっ?


<霧谷 コウ>あっ、ごめん今のなんか予測変換でミスした……


「ふふっ、なにそれ。予測変換ミスとか可愛い」


 麗奈はつい微笑んでしまう。


 このとききっと、すでに麗奈はコウに対して恋愛感情を抱いていたのだ。


 顔も声も知らないネット上の相手に何をと思う人もいるかもしれない。けれど物語の中でシンデレラを連れ出してくれる王子様のように、逃げ場のない自分に光を差し込んでくれた彼に、異性として特別な感情を抱いていた。


<霧谷 コウ>レイは今、異世界ファンタジーを書いてる。多分それは今、異世界恋愛が女性層に受けてるジャンルだからだと思うんだけど、レイはもともと異世界ファンタジーより現代ファンタジーの方が得意なんじゃないかな。


 麗奈は以前のアカウントでは主に現代ファンタジーを書いていた。


 逆にコウは今のアカウントで現代ファンタジーを書いている。きっと男性層に現代ファンタジーのダンジョンモノが流行っているからなのだろう。しかし、彼はもともと異世界ファンタジーの方が得意なのだ。


<雪凪 レイ>逆って、そういうこと


<霧谷 コウ>そう。だからお互いにそれぞれのジャンルの面白さとか、受けるポイントとか、そういう情報を交換するのはどうかな?


 コウの提案を受け、それから麗奈は改めて異世界ファンタジー作品を書き続けた。


 コウと情報を交換しているうちに麗奈は気が付いた。今まで自分は読まれる作品を書いているつもりだったけれど、それは形だけ。


 大衆に受けている作品はなぜそれが面白いのか、どういうポイントに読者は惹かれるのか、その本質を本当の意味で解っていなかったのだ。


 それから時間は経ち、麗奈が中学2年生の頃。


 雪凪 レイの小説は書籍化を果たした。しかも霧谷 コウと同時期に。中学生作家が二人同時にデビューという出来事はネット上で話題となった。


「なっ、そんな、バカな……そんなわけ絶対にない。ありえない!!!」


 きっと麗奈がこの道で成功するとは微塵も思っていなかったのだろう。失敗させて娘を自分の思い通りに操ろうとしていた母親は取り乱してうろたえていた。


「約束しましたよね、わたしが中学2年生になるまでにデビューすることができたら、二度と干渉しないと」


「そんな……クソッ、クソガァッ!!」


 ヒステリックを起こし、自分の部屋を荒らす母親に背を向け、麗奈は家を出た。


 その後、麗奈は1人暮らしを始め、毒親から完全に解放されて生きるのだった。


 一方で母親の真知子はゼンマイの切れた人形のように、廃人となって過ごすこととなった。

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