第26話 麗奈が浩介を好きな理由①
麗奈の母親である小笠原
真知子は絵にかいたように生真面目な人間で、厳格な親の元で育った麗奈は娯楽の一切を禁じられていた。
真知子は娘を自分の操り人形としか思っていない。麗奈の1日のスケジュールから将来の進路まで、すべてを母親が管理しているのだ。
そのため麗奈は学校でクラスメイトとまったく話が合わず、孤立してしまっていた。
勉学は確かに重要だ。娯楽がその妨げになるのなら、ときに制限することも必要なのかもしれない。けれど、その一切を縛り付けた結果対人関係を築けず、コミュニケーションを取れない大人になってしまう。それは本当に正しいことなのか?
今まで麗奈の担任になった教師の多くは彼女の母親と対話をした。
しかし彼女の母親は一切聞く耳を持たなかった。
「娘がクラスメイトと馴染めてない? そもそも害しかない人間との関りが生まれなくてよかったと思いますけどね。いいですか、全てにおいてこの私が正しいのです。私より正しい人間なんてこの世に絶対存在しません。周囲から余計な影響を受けず、私の完璧な教育を受けて育つ娘は世界で1番幸せでしょう」
話の通じない麗奈の母親に、最初は対話を試みていた担任たちもかならず最後は諦めて関わらないことを選ぶのだった。
そんな教育方針に嫌気が差したのか、麗奈の父親は家を出て行ってしまった。
そんな麗奈にとって唯一の生きがいは本を読むことだった。物語の世界に入っているときだけはすべてを忘れられる。
もちろん娯楽小説を読むことは禁じられていたが、ビジネスや自己啓発関連の本を読んでいるふりをしてうまくごまかしていた。そうしてでも読みたいくらい、麗奈にとって本を読むことは大事だった。
やがて自分でも小説を書くようになっていた。小学校高学年の頃には、インターネットを使ってWeb小説を投稿した。
小説を投稿すると感想をもらったり、逆に感想をくれた人の小説を読んだりして、たくさんの作家と交流した。
小説投稿サイトだけが、麗奈にとっての居場所だった。彼女は1日のうちで唯一母親に監視されず1人になれる就寝時間を使って活動した。
その分睡眠が削れてしまっても、サイトでみんなとやり取りをした時間を思い出せば1日を乗り越えられた。
そんな日々がしばらく続いたある日のことだ。
麗奈が1日を終え、パソコンを起動したとき。
『アカウントは存在しません』
小説投稿サイトにログインしようとしたら、そんなメッセージが表示された。
次の日の朝、麗奈が問いかけると母親は言った。
「あんなくだらないものに使う時間など無駄なだけです。私が削除しておきました。まったく、パソコンだって勉学に使うと約束したから与えたというのに」
(くだらないもの……?)
そのとき、麗奈の人生の中で一度も感じたことのない感情が湧き上がって来た。生まれてからずっと洗脳され、考えることすら許されなかった怒りの感情。
きっと、彼女にとって生まれて初めての居場所、そしてそこで得た仲間たちとの思い出も全て消された悲しみがそれを呼び起こしたのだろう。
その日、麗奈は母親に言った。
「わたしはもう、あなたの言いなりにはならない。わたしは小説家になって自立します。だからもう二度と干渉しないで」
「ぷっ、ぷぷ……」
母親に対し真剣に視線をぶつける娘に対し、真知子はバカにするような笑いをもらした。
「あーはっはっはっ! なんて愚かなの? せっかくこの私がこれまでありがたい教育を施してあげたというのに……これも全部、無能な担任や害のあるクラスメイト達による影響に違いないわね」
挙句の果てにそんな責任転嫁をし始める。自分の教育が悪いのだということを絶対に認めたくないのだろう。
「いいでしょう。その代わり中学2年生が終わるまでに結果を出せなかった場合には、私が指定した高校を受験してもらいます。そして24時間監視をつけ、2度と余計なことに手を出させないようにしましょう」
「わかりました」
そのときの麗奈に迷いはなかった。明らかに異常な条件だが、もうやるしかない。きっとやらないという選択をしたとこで、今より状況が好転することはあり得ないのだから。
麗奈はWeb小説からの書籍化を狙うため、再び削除された小説投稿サイトでアカウントを作った。
今後は今までみたいに自分が書きたい作品を書かない。売れるためだけの作品を研究してそのためだけに書く。
もちろん今まで交流があった作者たちとも関わることはないだろう。
(あの頃は好きな作品を書いて、嗜好が共通していたからネット上で友達になれた。けどこれからは違う、人生を賭けた孤独な戦いなんだ)
そう自分に言い聞かせ、闘志を奮い立たせる。
ペンネームは雪凪 レイと名付けた。名付けてすぐに麗奈は苦笑してしまう。
(孤独な戦いなんていいながら、結局こんな名前を付けてしまった)
雪凪というのは、小説投稿サイトで最も仲のよかった作者の姓だからだ。
雪凪 コウ。それが彼の名前だった。
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