第18話 美緒が浩介を好きな理由②
その配信の後、美緒はすぐに霧谷 コウのアカウントをフォローした。
プロフィールを見ると、彼も普段配信をしているようである。
(コウさん……きっとあのとき、わたしのこと助けてくれたんだよね)
今まで霧谷 コウという視聴者はコメントは少なめで静かに配信を聴いてくれている印象だった。
それでいて美緒がリスナーに話しかけたり、自分の話をしたりした際には、必ず相槌や優しい言葉でコメントをしてくれていた。
案外相槌ひとつでもなかったりするだけで、ライバーは誰も自分の話に興味無いのかなと思ったりして寂しくなってしまうものである。しかし彼女はコウのコメントのおかげで配信中にそういった思いをすることがほとんど無かった。
だからこそ今までのことも含めて感謝を伝えたいという気持ちがあった。
美緒はコウの配信が開始したら通知が来るように設定し、すぐに枠に入れるようにした。
その夜、美緒のスマートフォンに通知が来る。
『霧谷 コウが配信を開始しました』
その文字を見て、美緒はすぐにアプリを開いた。迷わず霧谷 コウの枠に入る。すぐに入ったためか、配信を視聴しているのは美緒ひとりだけだった。
『コナツさん、こんばんは。遊びに来てくれてありがとう』
(えっ、めっちゃいい声……しかもイメージ通り優しそうだ)
<朝日奈 コナツ>こんばんは! 今日は助けてくれて本当にありがとう。
コナツがコメントを打ち込むと、コウはそれを読みあげて返答をする。
『全然! 大したことしてないよ。ギフトならいつも楽しい配信を聴かせてもらってるお礼だし……コナツさんは本当に、トップライバーになるくらいのポテンシャルがあると思うから、その応援の気持ちだよ』
<朝日奈 コナツ>ちょっ、そんな褒められたら照れる~!
現在枠内に居るのは美緒だけなため、実質一対一で会話をしているような状態である。それから色々な話をしているうちに、コウとは物事の考え方や趣味も似ており、話すのが楽しくて仕方なくなっていった。
しかし時間が立つと徐々に彼のリスナーたちも枠に入って来る。コウのリスナーはみんないい人ばかりで、非常に居心地がよかった。けれど、2人きりで話せなくなったことに寂しさを覚えていたのは事実だった。
コウの配信後、美緒は彼のSNSをフォローし、ダメもとでDMを送ってみた。
『コウさん、今日は本当にありがとうございました! 配信もすごく楽しかったです』
(うぅ~、やっぱりいきなりDM送るとか気持ち悪かったかな……)
なんどもSNSを開いては、既読がついていないか確認してしまう美緒。やがて数分後に返信が帰って来た。
『こちらこそ遊びに来てくれてありがとうございました! おかげですごく楽しかったです』
彼の返信を見るだけで、美緒は自然に頬がにやけてしまうのを感じるし、胸が熱くなる。今まで、学校の同級生とのチャットではまったく感じたことのない感覚だった。
美緒は無意識的に、コウに異性としての魅力を感じていたのかもしれなかった。
(けどこれ以上返信したらさすがに引かれるよね……スタンプつけて終わりにするかぁ)
そう思ったとき、追加でメッセージが送られて来た。
『今日の配信で話し忘れたことがあって、もし嫌じゃなければチャットか通話で話せますか?』
心臓が高鳴るのを感じた。美緒は逸る気持ちを抑えながら返信し、コウと通話で話すことになった。
『伝え忘れたことなんだけど……配信に変な視聴者来たときとかはアプリにブロック機能があるから、それ使うといいと思う! 視聴者のアイコンをタップすると、その画面が出てくるよ』
「そうだったんだ~。ちょっとやってみる……あっ、ホントだ。あのさ……今日は助けてくれてありがとね。めっちゃ嬉しかったよ」
コウとの通話では、配信でコメントと会話をしているときと同じように、リアルとは違う自分でいられた。
その日から、コウとはよく通話で話す友達のような関係になった。互いに休日の前の日は、朝まで一晩中話したこともあった。
それをきっかけに美緒は徐々に外にも出られるようになり、中学3年のときには同じクラスにいじめをしてきた生徒がいなかったこともあり、無事卒業することができた。
高校は中学までの知り合いが居ない遠くの学校を選び、通える距離に1人暮らしを始めた。
その頃同時に美緒は配信アプリの中で最高ランクのトップライバーになっており、VTuber事務所からのスカウトも来ていた。
(初めてコウさんの配信に遊びに行かせてもらったときに言ってくれた言葉……わたしがトップライバーになれるって、本当だった)
正式に事務所所属のVTuberになり、初めて人生が上手くいき始めていたとき……それは起こってしまった。
入学式の前日、たまたまコンビニに買い物に出たとき……中学で美緒をいじめていた生徒たちに遭遇した。
彼女らは美緒を見つけるなり、バカにするような言葉を投げつけてきた。その恐怖にトラウマが蘇り、呼吸が荒くなる。
(なんで……せっかくここまで来たのに。もし、同じ高校だったら……)
そう思うと美緒は外に出ることも出来なくなり、またしても一日中バーチャルの世界に逃げ込むようになってしまった。
しかしそんなある日、新崎 浩介という同級生がやってきた。彼は間違えなく霧谷 コウだった。
リアルで会えた喜びと、弱い自分を彼に知られたくないという気持ちがない交ぜになる。
しかしそんな中、美緒はコウのあの配信を見た。
今まで活動して来たアカウントを全て連携させ、急上昇ランキングにも乗ったあの配信だ。
(コウさん、配信で言ってた。他の活動を見てくれてるみんなにリアルに近い自分をさらけ出すのは怖かったって)
けど、それでも彼はすべてをさらけ出してあの配信を終えた。
その姿に美緒は心を動かされた。自分の色んな面を隠さずにさらけ出して、正々堂々と立ち向かう姿に。
まるで、今度はおまえの番だと背中を押されてる気がした。
(だから、わたしは……彼に、本当のわたしを見せる。今度はわたしが覚悟を決める番だ)
「あの、小夏さん? 本当に入っちゃっていいの?」
「入ってくださいっ。見て欲しいものがあるから……」
今日もプリントを届けに来てくれた浩介を、美緒は家に招き入れた。
「わたし、朝日奈 コナツなの。ずっとリアルの自分を知られるのが怖くて言えなかった……でも、わたしはもう逃げない。そう決めたから……」
そして、自分のバーチャル上の姿が映されているパソコンの画面を彼に見せた――
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