第17話 美緒が浩介を好きな理由①

 小夏 美緒は現在、事務所所属のVTuber朝日奈 コナツとして活動している。


 しかし元々は事務所所属ではなかった……いや、VTuberですらなかったというべきだろうか。


 最初はスマートフォン1台で配信ができるVライバー専用の配信アプリで配信をしていたのだ。


 始めたきっかけは、ここでなら違う自分になれるかもしれないと思ったからだ。


 その頃――美緒が中学2年生のことである。


 彼女は中学でいじめを受け、不登校になってしまった。いじめを受けた原因を、自分が気持ちを隠してしまい、本音を見せられない性格だからだと美緒は考えていた。


 部屋に引きこもり何もできなくなっている中、美緒は毎日VTuberの配信を見て過ごした。他のことは何も受け付けられないのに、不思議とVTuberの配信だけは見られた。


 やがて自分でも配信をしてみたいと思い、イラストを依頼した。それが、不登校になってから彼女が初めて能動的に起こしたアクションだったかもしれない。


 しかし配信に必要な機材がなかった美緒は、まずはスマートフォン1台でVライバーとして配信ができるアプリを使うことにした。


 よくVTuberの配信を見ていた美緒は、広告で配信アプリの存在を知っていたのだ。


『バーチャル世界で新しい自分になれる、夢のVライバーアプリ!』


 そんなキャッチコピーに心を動かされたのかもしれない。


 依頼したイラストが届いた日、美緒はさっそく配信をすることにした。一枚絵をデータとしてアップロードすると、画面内で自分の口や目の動きに合わせて動く。


「わっ、ホントに動いた……すごい」


 端末の中で動くVの姿、それは本当に自分の分身であるかのようだった。そんな自分の分身に、彼女は朝日奈 コナツと名前を付けた。


 配信を開くと、数名の視聴者が枠に入って来た。配信アプリでは普通のVTuberの配信と違い、画面の右上に枠内に居るリスナーのアイコンが表示される。それにより、現在枠にいる視聴者を把握できる仕組みになっているのだ。


「わっ、いっぱい遊びに来てくれた。ありがと~」


 美緒が視聴者たちに話しかけると、視聴者たちもそれぞれにコメントをし始める。


・初めまして

・声可愛い!

・こんにちは~


「えっ、声可愛い? ありがと、照れるな~」


 配信内で話しているうちに、美緒は気が付く。今ここに、学校で怯えていた自分はいない。本当に、バーチャル世界で新しい自分になれたのだと。


 美緒にはこういった場で能力を発揮できる資質があったのだろう。憑依型とでもいうべきか、バーチャルの世界のまったく違う自分を演じている美緒を、リアルの彼女を知っている人が見ても同一人物だとは思わないかもしれない。


 それほどまでに、美緒はバーチャルの世界では違う自分になっていた。


 それから美緒は毎日配信をし続けた。楽しくて1日があっという間だった。


 しかしある日、いつも通り美緒が配信をしていたときのことだ。枠内に、クマダとかいう初めての視聴者が初見で入って来た。


「クマダさん初めまして~、配信遊びに来てくれてありがとう」


 美緒は初見の視聴者に話しかけるが、クマダはそれを無視していきなりコメントで武勇伝を語り始めた。


・今日学校で説教して来たオッサンに言い返してやったわwww


 いわゆる自語り野郎だ。


「そ、そうなんだ……」


・ちょっとガン飛ばしたらすぐ怯えちまってたぜwww


 美緒が引いているのにも関わらず、クマダは空気を読まずくだらない自分語りを連投する。


 そんな害悪リスナー無視すればいいと思うかもしれない。しかし、そう簡単ではないのが配信アプリだ。


 一般的に有名なVTuberとは違い、枠の中にいるリスナーは少ない。多いライバーでも大抵は同接数20人くらいである。


 有名なVTuberの配信におけるライバーとリスナーの関係を、広いステージ上のアーティストと観客席のオーディエンスと例えるなら、配信アプリのライバーとリスナーはせいぜい狭い教室で教壇に立つ先生と席に座る生徒ほどの関係だ。


 つまり距離感が近い。コメントを無視すると言うのが空気的に難しいのだ。もちろん距離感が近いことで仲良くなれるという点もあるのだが、このような害悪リスナーが湧いた際に枠の空気は一瞬で悪くなる。


 実際、クマダの自語りが始まってから多くのリスナーが枠から離脱してしまっている。


 もちろんそう言った害悪リスナーをブロックしたり、注意したりという手段もあるが、配信を始めたばかりの美緒にそこまでのスキルはなかった。


 そのとき、美緒は学校で周囲に愛想笑いをするだけで何も言えなかった自分を思い出してしまう。いじめを受けるようになり、みんな自分から離れていった。


(やっぱりわたしは、ここでも変われないんだ……)


 そう思った瞬間、クマダのコメントを遮るように画面内にエフェクトが表示された。リスナーの1人がギフトを送ったのだ。


 ギフトは視聴者が配信中にポイントを使って送ることが出来る、いわば投げ銭のようなものである。


 ギフトを送ったリスナーの名前は霧谷 コウとなっていた。しかもそのギフトは課金をしなければ送れない高ポイントのギフトで、画面に表示される時間は長い。


 文字通りコウのギフトは、クマダのコメントを物理的に遮ったのだ。


「わわわっ、コウさん!? こんな高額なギフト送ってもらっちゃっていいの~?」


<霧谷 コウ>いつも楽しい配信を聴かせてもらってるので、そのお礼です!


 コウのコメントを皮切りに、クマダの登場で黙ってしまっていた視聴者たちもコメントをし始める。


・拙者もコウ殿と同じくでござる。

・ワイも応援してるで!

・自語り野郎とかこの枠にいらないぜーw

・流れ変わったな


 この際コメント欄に色々と癖が強いのが多いことは置いておこう。文字通りコウのギフトとコメントの効果により流れは変わったのだ。


 さらにコウが高額のギフトを送ったことで、高ポイントを獲得しているライバーだけが表示されるアプリ内のランキングにも美緒の配信が載る。


 それにより、初見の視聴者たちがたくさん流れ込んできて、彼女の配信はこれまでにない同接数となっていた。


 クマダは完全に枠から姿を消していた。きっと居心地が悪くなり、顔を真っ赤にして逃げ出したのだろう。

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