第5話 朱音が浩介を好きな理由①
美鏡 朱音にとって、浩介はヒーローのような存在だ。
朱音は小さい頃から絵を描くことが好きで、中学に入ってからは本格的にイラストを描いてネット上に投稿することを始めた。
新しい世界に飛び込んだことに対する高揚感と緊張が入り混じる。投稿して数日経ってから、イラストに対して初めてのコメントがついた。
作品を投稿したら反応が欲しいと思うのが創作者の性というものだろう。朱音も初めての反応に胸が高鳴るのを感じた。
しかし、コメントを見た瞬間に胸が締め付けられるような苦しさに支配された。
そのコメントはいわゆる批判で、ここをこうしろなどと偉そうな命令口調で指摘してきた。
その日、朱音は食欲が失せて何も食べられなかった。ペンを握る気にもなれず、寝込んでしまった。
それでも数日後、気持ちを新たにしてもう一度イラストを描くことに挑戦した。
批判にも一理あると考え、指摘されたことを気を付けて次のイラストを仕上げた。
緊張した面持ちで再びネット上に作品を投稿する。前回の作品よりもかなりよくなった自信もある。
しばらくしてついたひとつのコメントに言葉を失う。
前のコメントとは別の人間で、ただ一言『前の方がよかった』と書かれていた。
(そんな……悪いって言われたから直したのに)
匿名で好き勝手言う外野は身勝手だ。言葉で相手を傷付けるかもしれないということも考えず、自分が気持ちよくなるためだけにナイフを突きつける。
安全なところから人の粗を探しては攻撃をして、指摘することで少しでも自分が優れた人間であると錯覚していたいのだ。
朱音がイラストを投稿していたサイトには、特にそういった民度の低いユーザーが多かった。
しかしもちろん、ネットで活動を始めたばかりの朱音はそんなことを知らない。ただただ自分が否定されたことに悲しくなってしまうばかりだ。
けれど、それからも朱音はコメントに負けずに1年近く作品の投稿を続けた。しかし自分勝手に批判や指摘をするコメントは増え続けた。
中には『描くのやめろ』『ウザい』など、ただ中傷をするだけのコメントもあった。
(ただ好きでイラストを描いて投稿してただけなのに……ひどい。なんで顔も知らない相手にそんな酷いことを言えるの? もう、疲れた)
もうイラストを描くこと自体も嫌になり、辞めようかと考え始めていたとき、そのコメントは届いた。
『榎島 アカネさんのイラストを全部見させてもらいました! すごく好きな作風で、これからも見たいのでフォローさせていただきます!』
初めて、自分のイラストを好きと言ってもらえた瞬間だった。
その人物のアカウントを見て見ると、霧谷 コウという名前でイラストの投稿はしていないようだった。名前からなんとなく男の人かなと想像した。
連携されているSNSを見て見ると、彼はボカロ曲を投稿したりWeb小説を書いたりしているようだった。
彼の優しいコメントを見るだけで創作意欲が湧いて来る。朱音はイラストを辞めようと考えていたのが嘘のように、作品を描いて投稿し続けた。
その度、霧谷 コウはイラストの好きな部分をたくさんコメントしてくれた。それが唯一の励みになった。
そんな日々が続いたある日のことだ。
『榎島 アカネさんにお願いしたいことがあるのですが……もしよかったら、楽曲のPV用のイラストを依頼させてくれませんか?』
コウからのメールが届き、朱音は初めて彼の曲のPVイラストを担当することになる。
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