第8話




 休み時間。僕は一人うつむき、机を見つめていた。


 何のために学校に通っているのだろう。

 何のために日々勉強し、苦悩し、努力をするのだろう。

 昔は何の疑問も持たずに当然だと取り組んでいたことが、

 もはや今の僕には理解できない事象と化していた。


 未来の自分のため――?


 兄に奪われ、壊され、恐怖して過ごしていく未来に辿り着きたいのか?

 この憎しみを抱えながら苦しみ生き続けることに何の意味がある?


 熱くなる顔。頭に血が上ったのが分かった。

 握り締め、拳を振り上げる。

 そして目の前にただ、それを振り下ろす――。


パシッ


 乾いた音がした。

 僕の右拳は白い手に受け止められていた。

 ハッとなって顔を上げると、花村さんが目の前に立っていた。

 力いっぱい振り下ろした僕の拳を受け止めたのは彼女だったのか。


「は、花村さん! ごめんなさい、僕はなんてことを」

「放課後、ツラ貸せ。逃げるなよ」

「逃げたりなんてしませんよ。それよりも手は……」


 心配して伸ばした手を花村さんは手の甲で跳ねのけてきた。


「ケッ。気安いンだよ」


 そう言って、彼女は自分の席へと向かって行った。

 そして、彼女が席に着くと園田さんがすぐに寄ってきて、

 こちらに目線を向けたら小さく手を振った。


 花村さんや園田さんと関わるようになってから他との関わりが減った。

 学校のみんなは花村さんを恐れている。

 怖い存在、悪い存在として避けている。

 そしてその存在を愛し、受け入れている僕も避けられている――。




 放課後、ツラを貸せと言われたのでついて行ったら、園田さんも一緒だった。

 行先は煌びやかな繁華街の向こう、そういう行為をするホテルだった。

 先陣を切る二人に黙ってついていき、ネオンの眩しい建物の中に入る。

 最後に入った僕が扉を閉めて振り返ると、

 白いワイシャツに隠れた白い胸が迫ってきた。

 僕は到着早々、花村さんに抱きしめられてしまった。


「むぐっ。花村さっ」

「黙ってろ。咲、風呂の準備頼む」

「はぁい。今日は楽しみましょうね、宇賀くん」


 園田さんが部屋の奥へ消えていく。

 彼女の気配が消えたら、花村さんは僕を離して口づけをしてきた。

 しばらくの口づけの後、唇を離して見つめ合った。


「テメェのせいだぞ。テメェが、昔を思い出させるから……」

「昔の、花村さん?」

「ウザいんだよ、クソがッ!」


 花村さんが自分の財布を取り出して、万札を数枚僕に握らせた。


「アタシを慰めろ! アタシだって金を払ってヤる権利はあるだろうが!」

「は、花村さん……」

「テメェ。アタシを好きだって言ったよな! こんなアタシを!

 だったら、アタシの過去も全部、全部受け止めてみろよ!」


 絶叫だった。腹の底から叩き出された花村紫の想いだった。

 胸倉を掴まれて、そのまま引きずられるようにベッドに連れて行かれる。

 ベッドに投げ捨てられると、花村さんは僕の下半身へ手を伸ばした。


「さっさとおっ立てろクソ野郎が! 好きだって言ったのは嘘か!? あァン!?」

「待って、花村さん、落ち着いて」


 今度は僕から花村さんの身体を抱きしめた。

 抵抗されるかと思いきや、彼女は難なく僕の腕の中に納まった。


「花村さんのこと、好きです。あなたの過去も、僕が全部受け止めます。

 あなたに求められたら心から応えます。だから、落ち着いて、信じて下さい」

「くっ……。クソが……っ!」


 悪態はついても彼女は離れない。

 眩しい金髪をそっと撫でると甘い香りが舞った。

 そのとき、バスルームから園田さんが戻ってきた。


「ちょっと、もう始めてるの? あら……紫ったら」

「……さっさとヤるぞ」

「そ、園田さんも嫌じゃなかったらどうですか?」


 片腕を広げると、園田さんも笑顔になってベッドに乗ってきた。


「じゃ、私もお邪魔しちゃおうかな。よろしくね、宇賀くん」

「お、お手柔らかにお願いしますね……」


 こうして、僕と彼女たちの夜が始まった。

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