第5話
宇賀達也を慰めようと思ったのは単純に同情したからではない。
多くの生徒たちを虐めてきた私が誰かを憐れむなんてありえないことだ。
そう、ありえないこと。
だけど、あの目は。
虚ろな、あの目は。
「クソがッ」
近くにあった金属製のポールを思い切り蹴り飛ばした。
ガァンと情けない音を立てて、僅かに震えるだけだった。
「なぁに荒れてるの。せっかくの美人がもったいないじゃない」
夜の帳が下りた公園。
一仕事終えた私と咲は帰り道にある公園を訪れて一休みしていた。
荒れる私をよそに、大人びた余裕のある振る舞いで咲が続けた。
「宇賀くんとシたんでしょ? それから様子が変よ」
「その宇賀が頭にチラついて落ち着かねェ」
「まあ」
あの目は――。
昔の私が、鏡で見た目にそっくりだったから。
「慰めるなんて紫らしくないわ。お金はもらったんでしょうね?」
「もちろんだ、タダでなんて絶対にさせるかよ」
「それなのに落ち着かないの?」
「ああ、落ち着かねェ」
脳裏に浮かび上がってくる宇賀達也の目。
同時に呼び起こされる忌々しい自分勝手な男たち。
この身を堕とすことを決心した過去が、
乗り越えたと、割り切ったと思った過去があの時の感情と一緒に蘇ってくる。
激しい閃光と共に、頭と心に弾けては消える。
「……アタシが中学の時にクソ野郎に犯されたって話はしたよな」
「お母さんの再婚相手の連れ子でお兄さん」
「そう、それだ。親の方も自分勝手でテメェの息子ばかり庇いやがって」
「それと宇賀くんと何か関係あるの?」
咲の疑問はもっともだった。
宇賀達也がチラついて落ち着かないのに、
気がつけば自分の過去が呼び起こされて憤っている。
咲の問いかけに少し冷静になった私はベンチに腰を下ろして、
買ってきたホットココアを一口飲んだ。
「宇賀の兄貴、弟の恋人寝取ってるわけだろ」
「そうねえ。紫のお兄さんとダブる?」
「そう、クズさがダブるんだ。あんなの兄貴じゃあねェ。ただのクズだ」
ホットココアの缶を脇に置き、頭を抱えてうなだれる。
ド屑なところもダブる。過去を思い出させるから気に入らない。
それもそうだけど、宇賀達也の見せた目が一番――。
――一番、つらいんだ。
「死にてェ」
気に入らない生徒を虐め抜いてきたこの私が死を望むのか。
バカバカしい。過去を理由にしたところで逃避でしかない。
人々は決して私を救おうとはしないだろう。いや、しなかった。
呟いた声が枯れた木々の向こうへ飛んでいく。
ふと、咲がうなだれる私を抱き寄せて頬に口づけをした。
「ダメよ紫。紫がいなくなったら私はどうしたらいいの」
「…………」
「一緒に身を堕として、生きようって決めたじゃない」
「そう、だな……」
深いため息と共に肯定の言葉が漏れた。
咲の身体は温かかった。
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