第3話




 喜ぶべきか悲しむべきか。

 両手に花でありながらも怯えて帰る通学路。

 僕が花村さんたちに連れて来られたのは駅前の繁華街だった。


「宇賀ちゃん、毎日彼氏面しててマジで笑えんの」


 花村さんが駅前の公衆トイレの近くにあるベンチに僕を突き飛ばした。

 ベンチに倒れるようにして座ると、その隣に園田さんが座って頭を撫でてきた。


「だって彼氏だし。仕方ないじゃない?」

「笑えねェ冗談だな」


 金髪美人はベンチのそばに立ったまま、

 ポケットから小さな箱を取り出し、白い筒を一本咥えた。

 タバコ――ではない。やはりココアシガレットだった。


「見なよ、彼氏さん。アレがお前のオンナだぜ」


 大勢の人が行き交う中、花村さんが指を差したその先。

 僕は見慣れた後姿を見つけた。

 間違いない。僕の大切な恋人、森川先輩だ。

 でもおかしい。今日は生徒会の仕事があるはずだと――。


「で、アレがもう一人の彼氏さん」


 花村さんの白い指が少し右へ動く。

 人混みから姿を見せた背の高い男は良く知る顔だった。


「兄貴……!? そんな!」


 僕の兄、宇賀将也。

 僕には絶対に見せない柔和な笑顔を森川先輩に向けて、

 兄はそっと先輩の手を取った。

 先輩もそれに応えるように優しい笑顔を向ける。

 それを見て、僕はベンチから立ち上がった。

 今すぐにでも二人の関係を問い詰めようと思った。

 しかし。


「座ってろ」


 花村さんが容赦なく僕の腹に蹴りを入れてきた。

 激痛に思わず呻き、再びベンチに座り込んだ。

 花村さんを見上げると、彼女は僕を冷たい視線で見下ろしていた。


「ど、どうして! 先輩が兄貴に!」

「アタシたちが楽しむためにやってることだ。

 テメェを救う気なんか微塵もねェんだよ」

「だからここで大人しく寝取られるところ見てましょうね」


 隣にいる園田さんが胸を寄せて僕の腕を強く掴んできた。


「待って、放して下さい!」


 必死に抵抗する僕に向かって、花村さんが舌打ちをして顔を寄せてきた。


「鈍いヤツだな。

 ハナからあのオンナの眼中にテメェはいねェんだよ。

 本命はテメェの兄貴さ」

「う、嘘だ……」

「嘘ならどうしてお前に嘘をついたんだろうな?

 生徒会の仕事って、コーヒーショップでオトコとデートすることか?

 おっと――コーヒーショップじゃなさそうだな」


 手を繋いだ二人が繁華街の煌めく街の向こうへ消えていく。

 人波の向こうへ、遠くへと消えていく――。


「あら。二人でイイことしちゃうのかもしれないわね?」


 園田さんが僕の耳元で囁く。

 最悪の想像だった。

 最悪としか言えなかった。

 いくらどんな言葉を並べても表しきれないこの感覚は。

 何かが崩れ落ち、砕かれるような。


 人目も憚らず、大声で叫んだ。

 そして、二人の花は叫ぶ僕を見て大笑いしていた。

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