輪廻転生~転生した病人は悪を演ずる~

アトラ

第1話 不条理な世界

 誰しも、一度は思ったことがあるだろう。


 もし、死んでしまったらどうなるのだろうか。


 地獄か、天国か、それとも――。


 俺は10歳の時から原因不明、名称不明の病気に陥っていた。具体的な症状としては、突発的な頭痛や腹痛、それに加えて神経痛と熱の発症である。


 これが単体で来るならまだしも、この4つの症状が前触れもなく、決められた規則に従って、同時に襲ってくるというお墨付きだ。


 まさに地獄――。


 この病気の恐ろしさを表すのに、これ以上の名は見当たらないだろう。


 そんなを乗り越え続けて、かれこれ6年の月日が流れた。


 いつものように、ベットの上でのんびり本を読んでいたその時――。


「う゛……ぐっ!」


 突然、心臓を思いっきり握りしめられているかのような衝撃が走り、反射的に胸を抑える。


 今まで感じたことの無い猛烈な痛みに、「これはやばいやつだ」と咄嗟にそう判断した俺は、ナースコールを鳴らそうと手を伸ばそうとする。


 だがしかし、体が言うことを聞いてくれない。


(まずいまずいまずい……どうする……このままじゃ……)


 頭の中が真っ白に染まった途端、それに呼応するかの如く、体の内側から外側にかけて悪寒に襲われ、意識が遠のいていく。


 ――俺がこの世界で最後に見たものは病室の天井であった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「はあ……はあ……」


 心臓の鼓動が加速する中、両目を勢いよく開けた俺は、ベッドの上に横たわっていた。上体をゆっくり起こして、周りを見渡してみると、そこは薄暗く、気味の悪い場所だった。


 ベッドの近くに配置された漆塗りの小さいテーブル。その机上には火の灯ったロウソクがポツンと置かれている。壁際には本棚が立ち並び、芸術的な絵画が飾られていた。


「何だこの部屋……」


 呼吸を整えて気持ちを落ち着かせた後、俺はそう呟く。


 そういえばさっきまで病院にいたよな……もしかしてだけど夢?


 いや、そんなはずは無い。俺は如月翔湊きさらぎかなたという病室で人生の半分以上を犠牲にした悲しき人間だ。


 となると、思い浮かぶのは――


「転生……か」


 それしか考えられなかった。だが、そういうのって普通、赤子からスタートするものではなかろうか。


 うーん……考えれば考える程、頭が混乱してくる。とりあえず今は冷静になって落ち着こう。まずは身の回りの情報収集から……


「ようやく、目を覚まされたようですね」


「ひ……っ!」


 いきなり真横からの冷たい声色にビクッと体が微動し、思わず変な声を出してしまう。


 俺は、ロボットのようにゆっくり振り向くと、黒衣のドレスに包まれた黒髪の少女が座っていた。


「よろしければ、紅茶でもお飲みになられますか?」


「じゃあ……頼む」


「はい、かしこまりました」


 やたら喉が渇いていた俺は即答すると少女はティーカップと紅茶の入ったガラスの容器をどこからか出現させ、その場で注いだ。


 少女がティーカップを取っ手を手放すと宙にゆらゆらと浮きながら、俺の手元に届いた。意味のわからない状況に戸惑いつつも、差し出されたティーカップに手をかけ、静かに飲む。


「美味しい……」


 味はフルーティな甘い紅茶だった。俺はあまりにも喉が渇いていたため、一瞬で飲み干してしまった。


「お気に召されたようで何よりです」


 ここまで暗い表情をしていた少女は、初めて笑顔を見せてくれたのだった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 紅茶を出してくれた少女の名は【アリシア・セレン】。平原で気を失って倒れていた俺を助けてくれたらしい。アリシアが持つ魔力と俺の魔力が反応を示して、直ぐに駆けつけてくれたとの事だ。


 その行動には、過去に大きな背景があった。


 ――約500年前。


 アリシア・セレンはハンブル王国で暮らしていた普通の少女だった。


 そんなある日、両親からおつかいを頼まれ、街を歩いていたアリシアは、目的地であるパン屋で怒号を耳にする。


「今すぐ金をよこせ、早くしろ!」


「あんたなんかに渡すものですか!」


 成人の男は女性の店主に対して、威圧的な態度で恐喝を繰り返す。周りの人々は見て見ぬふりをして去って行く中、アリシアは物陰から見据えていた。


 激しい口論を繰り返した挙句、苛立った男は腰につけていた革のホルダーから小型のナイフを店主に向ける。


 それを目にしたアリシアは、なんの躊躇もなく駆け出した。黒い瞳に涙を浮かべながら、アリシアは、男に飛びつく。


 周りのことを気にする様子もなく、店主と向き合っていた男は、背中を強打し倒れ込む。手に持っていたナイフは地面に転がり落ちていた。


「この、ガキがぁあああああああ!」


 怒りが沸点に達していた男は、雄叫びを上げると拳を強く握りしめ、アリシアの右頬を殴った。


「う゛……!」


 アリシアは、殴られた部分を押さえながら、その場で泣き崩れる。口の中は舌を噛んで、血まみれになっていた。


「クソが、絶対殺してやる……」


 アリシアは、その言葉が自分に向けられているものだとすぐに理解した。


 一度遠ざかった足音は、不自然なリズムを奏でながらこちらへ近づいて来る。


「死ねぇぇええええ……!」


 その瞬間、男はなんの前触れもなく倒れこみ、頭から血を流した。それを見ていたアリシアは、ふと眠気に襲われ目蓋を閉ざした。


 気がつけば、アリシアは薄暗い部屋のソファーに座っていた。目の前にある小さな丸いテーブルの上には赤く灯るロウソクが一本立てられている。ズキズキと傷んでいた頬は、すっかり回復していた。


「私を助けてくれたのはあなたなのですか……?」


 アリシアはテーブルの奥に浮かんでいるに声をかける。


「ああ、君はこの世界を変えられる。そう思ったからね」


 魔力からは、若い青年のような声がした。


「私が……ですか?」


「今から僕のすべてを君に伝える。よく聞いてておいてくれ」


 すると、漆黒の魔力は黒い布に包まれた人間に変化した。そして彼はアリシアに背中を向けながら話し出す。


「僕はもうすぐ死ぬことになる。だが、その500年後復活することだろう。その時、君は僕を救って欲しいんだ」


「でも、寿命が……」


「君が気を失っている間、僕の魔力を分け与えた。頬の傷が治っているのがその証拠だ。その力がある限り、君は永遠と生き続けることが出来る」


「そう……ですか」


「うん。じゃあ、僕はここで身を引かせてもらうよ。後は頼んだよ」


「分かりました。救って頂いたこの借りは絶対に返します」


 彼は初めて振り向き薄らと顔を見せると、頷くと姿を消したのだった。


 数日経つと、色皇魔術師しきおうまじゅつしが一人の男を殺したとの一報が入った。その名はセンバルク・ハンブルといい、黒の色皇魔術師しきおうまじゅつしの能力を持つ人間だったという。


 彼がなぜ殺されたのかは公表されなかった。


 アリシアは、センバルクという男があの時助けてくれた青年だと分かった。渡された自分の中にある魔力の灯火が弱まっていたからである。


 アリシアはセンバルクを殺した色皇魔術師しきおうまじゅつしに復讐を果たすため、500年の間情報を集めつつ、黒の色皇魔術師しきおうまじゅつしの復活を待ち続けた。


 ――それが、今のだったのだ。

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2024年9月20日 18:02

輪廻転生~転生した病人は悪を演ずる~ アトラ @atora58

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