第63話 仇討ち

「景虎様」

景虎が政務の処理をしていると軒猿の猿倉宗弦の声がした。

「どうした」

「揚北の本庄家で戦いがあったようです」

「揚北の本庄家だと、千代猪丸のところか」

「はい、その千代猪丸が父親の仇である小川長資を討ち果たしたそうでございます」

「ほぉ〜、千代猪丸が敵討を果たしたか。それでどの様な状況で敵討を果たしたのだ」

「はっ。千代猪丸は、亡き父である本庄房長の法要を営むことを理由に、小川長資をおびき寄せて小川長資を討ち取ったそうでございます」

軒猿からの報告にしばらく考え込む。

想定よりも早い敵討。本来歴史通りであれば来年に起こるはずの出来事。

景虎は、自ら動き手立てを講じれば、歴史が大きく変わることを実感していた。

「わずかではあるが渡した軍資金が功を奏したのかもしれない」

「その可能性はあるかと」

「揚北の他の国衆の動きはどうなっている」

「今回の本庄家の出来事に関しては、あくまでも本庄家内部の問題であるとして、静観の構えのようです」

「小川長資の本庄家乗っ取りに手を貸した国衆も動かんと言うわけか」

「大葉沢城主鮎川清長は、動かぬつもりのようです。小川長資が生きていれば手を貸すかもしれませぬが、すでに千代猪丸に討たれております。どうやら景虎様が千代猪丸を呼び寄せ謁見したことで、下手に手出しすれば景虎様に攻め込まれると考えているようです。それに、これ以上手出しすれば本庄家の家臣団の猛反発を喰らうことを危惧したようです」

「ほぉ〜、儂との謁見が影響しているのか。意外なことが生きてくるものだ」


ーーーーー


時は少し遡り1日前の越後国揚北の耕雲寺。

揚北にある耕雲寺は末寺・孫寺を含めれば傘下に約800近い寺を持つ曹洞宗の大寺院であり、その力は10万石の大名に匹敵する。

耕雲寺において千代猪丸の父である本庄房長の法要が執り行われようとしていた。

本来なら来春に行う予定であったが、千代猪丸の強い意向で年内に行うことになった。

その理由として、景虎様に直臣として仕えることになることを、法要で父の墓前に報告をしたいと言うものであった

千代猪丸は、景虎に謁見してからは景虎に言われたように、ひたすら愚者に徹していた。

敵討を忘れたように見せる為、叔父であり本庄家を乗っ取った小川長資にも笑顔を見せていた。

そんな姿勢を見た本庄家の者や領民達は口々に噂をするようになっていた。


『千代猪丸様はすっかり人が変わったようだ』

『仇であるはずの小川長資に笑顔を見せているぞ』

『あれほど憎んでいた相手だぞ』

『顔を見ただけで怒り狂わんばかりの表情をしていたのにな』

『どうやら、越後国主上杉景虎様から十五になったら越後府中に出仕して、直接仕えることを命じられたからのようだ。それからはすっかり本庄家を取り戻すことを諦めたらしいぞ』

『そいつは本当かよ』

『上杉景虎様といえばすでに佐渡を平定され、信濃半国を抑え、越中国東半分を支配されているお方。その直臣であればかなりの高待遇になるらしいぞ』

『ヘェ〜、それなら小川長資なんぞ目に入らんと言わんばかりだな』

『当たり前だろ。直臣と呼ばれる者達がすでに2万人を超えていると聞く。越後国衆が敵対したら、直臣だけ動かして討伐できると噂に聞くぞ』

『直臣の上役になれば、数千の軍勢を率いる権限が与えられるそうだ』

『そういえば、信濃国真田とかいう人物が小県から佐久までの広大な領地を与えられたときいた。それからは、直臣の中で景虎様への忠誠心が高まっているそうだ』

『千代猪丸様は、直臣の上役を狙っているのか』

『おそらくそうだろう。手柄を立てて本庄の領地よりも大きなものを狙っているに違いないさ』

『そいつは凄えな。ぜひあやかりたいもんだ』


そんな噂話をする領民達が見守る中を耕雲寺に向かう千代猪丸たち一行。

本庄家家臣団の中心でもあり、幼い頃から千代猪丸を支える矢羽幾長南やはぎおさなみは、千代猪丸を守るように側を離れずに進んでいる。

やがて人目もなくなり耕雲寺へと向かう山道に入る。

「長南。準備はできているか」

「景虎様からいただいた軍資金で手勢を揃えることができました。すでに手勢は伏兵として用意しております。後は謀反人である小川長資を討ち果たすのみ」

「奴の動きは」

「物見を放って監視しておりますが、我らの動きを気付かれた様子もなくこちらに向かっております」

「向こうの人数は」

「物見の報告では十人。他について来る者達もおりません」

「小川長資に手を貸した鮎川の動きはどうだ」

「鮎川清長は、居城の大葉沢城から動いておりませんし、鮎川の手勢も動いておりません」

「そうか、これでやっと仇が取れる」

「まだでございます。小川長資を確実に討ち取ってからでございます」

「分かっている」

そこに山林から一人の老人が出てきた。

千代猪丸を我が子のように育ててきた叔父の本庄盛長であった。

「来たか、千代猪丸。全ての準備はできているぞ」

「叔父上。ありがとうございます。長南。ならば、我らも隠れるとするか」

千代猪丸たち一行は伏兵を潜ませている山林へと入り身を潜ませる。


千代猪丸一行が身を潜ませて約四半刻(約30分)ほどすると、やって来る10人ほどの一行が見えてきた。

「千代猪丸様。小川長資です」

「間違いない。奴だ。弓矢を準備せよ」

千代猪丸の指示で二十人の男達が弓に矢をつがえた。

何も知らぬ小川長資一行が近づいてくる。

「放て」

千代猪丸の声に反応して一斉に矢が放たれた。

そして、千代猪丸の配下が一斉に斬りかかる。

小川長資の護衛は、他勢に無勢のため瞬く間に斬り倒され、小川長資は手傷をい動けなくなった。

「叔父上。無様ですな」

槍を片手に構える千代猪丸は、小川長資を見下すような目で見ている。

「千代猪丸。貴様。謀ったな」

「武士らしく、潔く腹を切ることをお勧めしますよ」

「謀反か」

「謀反を起こしたのは叔父上でしょ。父を罠にかけて本庄の城を奪い取った。私は奪われたものを取り返しただけ。本庄の城を奪い返すことは上杉景虎様もお認めになっておられます。謀反人の最後は惨めなものですな」

「なんだと・・・ふざけるな。誰が貴様なんぞに!」

小川長資は千代猪丸に斬りかかろうする。

「この謀反人め」

千代猪丸の槍が小川長資を貫き、小川長資は倒れて動かなくなった。

地面には多くの血が流れ出ている。

「ようやく・・ようやく、この手で父の仇が撃てた」

「お見事でございます」

「これも景虎様のおかげだ。長南、直ちに本庄城を抑えよ。儂は父の墓前にて仇を討ったことを報告する」

「承知いたしました」

宿願を果たせたことで千代猪丸は、晴れやかな表情を浮かべていた。

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