第59話 越後名物
景虎は、
多くの店が軒を並べるように立ち並び、そして多くの人が行き交う城下町。
安東愛季はあらゆる物が物珍しい様子であり、店を覗いては次々に質問をしてきていた。
「この笹の葉に包まれたものは何です」
目の前の店に笹の葉に包まれ、井草の紐で縛られた俵型の物が山と積まれてあった。
長さ7〜8センチほどの大きさの俵形で両端を縛ってある。
「そいつは笹団子と言って、中にヨモギの餅が入っている」
「ヨモギの餅ですか」
「そのヨモギの餅の中に鰹節を削ったおかかや、ひじき・あらめの煮物が入っている。あんこもあるが砂糖が高価だから米飴を使ったあんこを使うことが多い。何も入れずにヨモギの餅だけの時もある」
あらめとは、海藻の一種でありワカメやひじきとは違った食感が特徴であった。
「どうして笹の葉なんですか」
「笹の葉で包むと長持ちするからだ。先人の知恵というやつだ」
「ほぉ〜、餅が長持ちするんですか。それは知らなかった」
「長持ちするから戦の時には兵糧としても便利だぞ」
「兵糧としても確かに便利ですね」
景虎はいくつか買うと安東愛季とその供回りに渡す。
「食べてみろ」
安東愛季は受け取った笹団子をそのまま食べようとする。
それを見た景虎が慌てて止める。
「待て待て、そのままでは食えんぞ。笹の葉をむいて食べろ」
「笹の葉をむくのですか」
「当たり前だ。いくら何でも笹の葉は食えんだろう」
景虎に指摘され、笹の葉をむくと緑色をしたヨモギの団子が出てきた。
安東愛季は、緑の団子を一口食べる。
「おかかとひじきですか、これは美味い。これだけでも飯の代わりになります」
「そうだろう。こっちも食べてみろ」
景虎が別の笹団子を渡す。
渡された笹団子を今度は最初から笹の葉をむいて食べる。
「これは甘い。中身はあんこですか」
「そうだ。米飴を使ったあんこだ。京の都と違いなかなか甘味の食べ物は無いだろう。儂はこれが一番美味いと思っているぞ」
砂糖はこの時代とても高価であり、全て琉球や明国からの輸入に頼っていたため、米と麦芽を使って作られる米飴が甘味料として使われていた。
米飴は砂糖ほどの強い甘味は無く、薄い甘味であるが貴重な甘味料である。
「出羽に帰るときにぜひ持ち帰りたいです」
「心配するな。食べきれんほど持たせてやる」
通りには様々な物がある。
甲冑、刀、酒、野菜、干物、生魚。
「着物の反物まであるのですか」
目の前の店には色とりどりの反物が置かれている。
「ああ、それは青苧を使った越後上布だ」
「これが越後上布ですか。かなり高級品であり、京の公家衆や幕府の方々がこぞって欲しがると聞いております。確か幕府の礼装である
しばらく越後上布の反物を見ている。
「気に入ったなら、越後上布もいくつか土産にやろう」
「いいのですか」
「かまわんよ。安東家とは長い付き合いになる。向こうで周囲の者達に越後上布の良さ教えてやってくれ」
「ありがとうございます。分かりました。必ず皆に越後上布の良さを教えましょう」
一行はまたしばらく城下をゆっくりと歩き始めた。
しばらくして安東愛季がある建物の前で立ち止まる。
入口の横に大きな表札があり、施薬院と書かれている。
「景虎様。この施薬院とは何ですか」
「この施薬院は、薬草の栽培とその薬草を使った薬の調合。そして医師の育成をしている」
「薬草の栽培と薬。医師の育成ですか」
「そうだ。明国の最新医術を身に付けた曲直瀬道三殿に教えを受けた者達が、体系的に次の医師を育てている。さらにそれだけでは無く、実際に領民の診察・治療も行なっている」
「他にもこのようなものがあるのですか」
「越後国内ではここだけだ。年々教えを受けたい者が増えてきている。今後は少し抑える必要がありそうなほどだ」
「普通はどこかの医師に弟子入りしなくては教えて貰えないはずです」
「そんなことをしていたら医師が増えない。時間がかかりすぎる」
「それはそうですが」
「次に行くぞ。まだ見るべきものはある」
景虎はどんどん先に行く。
慌てて後を追う安東愛季は再び立ち止まる。
「景虎殿」
「どうされた」
「この大きな屋敷は何です」
目の前に建築途中で完成間近の一際大きな屋敷があった。
屋敷の入口の上には、義の一文字が書かれた額が掲げられている。
「ここか。ここは学校だ」
「学校?」
「そうだ。ここに関東の足利学校を越える学校を作るつもりだ」
この当時、関東の下野国足利荘にある足利学校は、関東における最高学府とも言われており、南蛮人達からは日本最高学府と言われていた。
その高い教育により全国から生徒が集まってきている学校であった。
「あの足利学校を越えるものをここに作るのですか」
「そのつもりだ。しばらく越後国衆の嫡男や儂の旗本衆全員が対象。学校の体制が確立したら、越後以外からも生徒を受け入れるつもりだ。教えるのは四書五経、特に儒教を中心に教える。すでに教える僧侶や公家衆は確保してある。間も無く、京からこの越後府中にやってくる手筈だ」
景虎は、儒教の教えによって国衆に忠誠心を教え込んで行くことを、越後国内をまとめ上げる手段の一つとして考え、実行に移そうとしていた。
「それはまた壮大な試みです」
「強い国作りは人材が必要だ。ただ単に腕っぷしが強いだけでは単なる損得勘定だけで動く。それではダメだ。損得勘定ではなく仁と義によって動く人材が必要だ。それをこの学校で生み出す」
「この学校の名は何と言うのですか」
「義心館と付けようと考えている。あの入口の上にある義と書かれた額は儂が書いたものだ」
「あの額は景虎殿が書かれたのですか。義の文字から凄い迫力が滲み出ています」
景虎は在京雑掌である
学識のある僧侶や公家衆達は、戦の絶えない京にいるよりは越後国にいくことに魅力を感じていた。
今の越後国の認識は、武勇に秀でて越後国内をほぼまとめ上げつつある景虎が治める国であり、将軍足利義藤からその武勇に関して大いに注目を受けている。
越後国内の戦乱の収束に伴い、豊富な財力で急激な発展を始めており、とても豊かな国に生まれ変わりつつある国。
越後の情勢を知り景虎から誘いを受けた者達は、戦乱の絶えない京よりも,戦の可能性の少ない越後に行くことをすでに快諾しており、近いうちに学校が動き出そうとしていた。
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