第58話 北の斗星

越後国直江津湊。

景虎は、斎藤朝信と護衛の供回りを引き連れ直江津湊を視察していた。

越後上杉家を継いだ景虎は、佐渡から産出される豊富な金銀を使い、越後国内でいくつかの政策を推し進めていた。

領民達から赤龍衆と呼ばれている常備兵の増員と強化。

信濃川を含む暴れ川の河川改修工事による水害対策。

沼地・湿地などの水を抜いて田畑に変える新田工事。

越後府中の城下町としての整備拡大。

もう一つが直江津湊の整備による交易の拡大。

すでに湊の整備と大型船の製造を始めさせている。

多くの金銀もある事から、その金銀を求め直江津にやってくる交易船も増え始めていた。

この時代、陸路による物資の輸送には限界がある。人や馬・牛に頼る輸送では輸送できる物量に限界があり、時間もかかる。

だが海路であれば話は変わる。船の規模や天候にもよるが、多くの物資や人員を一度に大量に早く輸送できる。

経済を活性化させて力をつけるには湊は必須であり、大大名であるほど湊の重要性を理解している。

それを分かっている甲斐国武田晴信は、ひたすら北の越後の海を目指して戦い続けるが、立ちはだかる上杉謙信の壁を破ることができなかった。そのため武田晴信は,今川家との同盟を破棄して自らの後継者であるはずの嫡男を自害に追い込み,駿河に攻め込む道を選ぶことになる。


整備拡大を続ける直江津湊には様々な品が集まり始めている。

最近、特に力を入れているのが蝦夷の昆布。

「景虎様。蝦夷の昆布が入って来ましたな」

目の前の船からは、多くの昆布が荷揚げされている。

「大型船が何隻も入れるように整備しているお陰だ。蝦夷の昆布は貴重だ。京に持ち込めば高値で売れる。さらに琉球や明国相手なら、さらに高く売れる。難点はなかなか蝦夷に住む者達が交易に応じてくれないことだ」

「時間をかけていくしかないかと思います。それにしても、将来は琉球や明国相手に交易でございますか」

斎藤朝信は景虎の言葉に驚く。

「まだ交易路ができていないから、今すぐに琉球や明国と交易できる訳では無いがやってみたいな」

現状は琉球や明国相手に交易は出来ていないが、景虎はやってみたいと考えていた。

しかし、国内のそれぞれの国の沖合は、その地域の水軍衆(通常は海賊衆と呼ばれることが多い)の縄張りであり、根回しがないと簡単には通してもらえない。

「そのためにも水軍衆の整備は欠かせませんぞ」

「そうだな。できるだけ早期に水軍衆の整備に取り掛かりたいな」

「今日会われる方もそのためでございますか」

「今日会う相手は北の海を抑える出羽の水軍衆だ。蝦夷交易を進めていくための相手だ」

「蝦夷交易のために北の海の水軍衆ですか」

やがて一行は直江津湊を管理する代官所にやってきた。

中に入ると蔵田五郎左衛門が出てきた。

「景虎様。お待ちしておりました」

「相手は来ているのか」

「来ておりますが・・想定外の人物が来ております」

「想定外だと」

「相手からは直接景虎様に挨拶したいから、それまで名は伏せてもらいたいと申されまして」

「いいだろう。今は名を聞かずにこのまま会うことにする」

「よろしいのですか」

「かまわん。案内せよ」

「承知しました」

蔵田五郎左衛門は代官所の広間へと一行を案内していく。

景虎が広間に入ると五人の男達がいた。

その中に少年に見える人物がいた。

その少年は少し前に座り、他の四人男達はその少年の少し後ろに座っている。

景虎はその少年が一行の代表であり、それなりの身分の人物であると思った。

景虎は広間上座中央に座る。

「遠路、ようこそ来られた。儂が越後国国主上杉景虎である」

「出羽国檜山安東家嫡男・安東愛季あんどうちかすえと申します」

少年はよく通る声で堂々と自らの名を名乗った。

その名を聞いて驚いた。

この先、北方の雄となる安東愛季であり、後に斗星(北斗七星)に例えられた男。

生まれ変わる前、安東愛季が出羽国北部をまとめ上げてから、自分と海洋交易の海路を確保するためお互いに協力し合うために手を結んだ相手。

直接会うことはなかったが、かなりの人物であったことは確かであった。

だが、今はまだそこまでの力も無く、越後に来る筈の無い人物。

「歳はいくつだ」

「十歳になります」

「元服を済ませたのか」

「景虎様にお会いするのに幼名では良くは無いと考え、父に話して越後にくる直前に元服して参りました」

「父は確か安東清季あんどうきよすえ殿であったな。よく越後まで来たものだ。父の指示か」

「いいえ、私自ら父を説得して越後まで参りました」

「父を説得してだと、なぜわざわざ越後まで来ようと思ったのだ」

「噂をこの目で確かめたく」

「噂?」

「はい、景虎様の武勇とその手腕は出羽国にまで聞こえております。圧倒的な武力と財力。その力によりあっという間に信濃半国を制圧。越後国内においても河川改修・新田開発を推し進め、将来の越後国の石高は今の数倍になると伝え聞いております」

「噂は実際よりも大きく伝えられ、実際はそうでも無いものだ」

「いいえ、この直江津湊の賑わいを見るだけで、噂通りであると確信しております」

「直江津湊の賑わいか」

「はい、昔は我が安東家にもこのような賑わいの湊があったと聞いております。その湊では大陸と直接交易をしていたそうです。しかし、今は衰退して見る影もありません。私は昔のように安東家を・領民達を豊かにしたいのです」

「豊かにしたいか」

「出羽国には、貧しさのあまり米を食うことができぬ者達が多くおります。私はその者達が毎日腹一杯に飯が食えるような国にしたいのです」

「領民が毎日腹一杯に飯が食える国にしたいと言うのか」

景虎は安東愛季の言葉に領民に対する愛情を感じ取っていた。

強さを口にする大名や国衆たちは多けれど、領民が毎日腹一杯に飯が食えるようにしたいと言う男は初めてだった。

「はい、そのために越後国を見て手本にしたいのです」

「そのための道のりはとても険しいぞ」

「覚悟しております」

「確か安東家は分裂していたはず。安東家をまとめ上げる必要がある。当然、多くの血が流れるぞ」

「このままにしておけば皆が貧しいまま、やがて他国の大名に飲み込まれ、より一層貧しさがひどくなるだけです」

「そうか。その歳でそこまで覚悟を決めているか」

景虎はしばらく考えこみ、やがて口を開いた。

「面白い奴だ。越後国を好きなだけ見ていけ。その間の衣食住は儂が全て面倒を見てやる」

「ありがとうございます。我が父からは、交易に関してはぜひ上杉家と手を組みたいと申しております。蝦夷との交易に関しても安東家が出来るだけ手を貸すと申しております」

「その件に関しても承知した」

安東愛季はしばらくの間賓客として越後府中に滞在することとなった。

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