第47話 追撃戦(1)

火縄銃による攻撃と真田勢による武田本陣強襲により、川中島の戦いは長尾景虎の勝利となった。

犀川と川中島には武田の軍勢で討たれた者達のおびただしい数の骸が残され、長尾景虎の指示で近隣の者達が集められ死者を埋葬していた。

「幸綱。埋葬の手間賃は全て儂が持つ。出してやってくれ」

「よろしいのですか」

「良い。死んでしまえば、武田も長尾も無い。皆、御仏の元にいくのだ」

「承知しました。直ちに手配いたします」

長尾景虎はしばらく一人で経文を上げることにして、数珠を握りしばらくその場で佇んでいた。

元服前は林泉寺に預けられて、名僧・天室光育てんしつこういくの厳しい教えを受けている。

当然、寺にいた以上は経文を上げることは慣れていた。

犀川の河岸で一人経文を上げ続ける。

経文を上げ終わると善光寺平城の広間へと向かう。

既に善光寺平城の広間には、信濃国衆達と長尾景虎麾下の武将達が待っていた。

長尾景虎が上座中央の奥にゆっくりと腰を下ろした。

「皆、待たせた。皆の働きにより川中島での戦いで武田晴信率いる軍勢を打ち破ることができた。だが、信濃国にはまだ甲斐国武田晴信の軍勢が居座っている。これを打ち払わねばならん。いま武田の軍勢は力を大きく落としている。ここで武田の力を一気に削りにかかる」

長尾景虎は居並ぶ信濃国衆、自らの麾下の武将達の顔を見る。

その中で初めて見る者達がいることに気がつく。

「景虎様、埴科郡・更科郡の国衆も来ております」

真田幸綱の言葉を聞き、集まっている顔ぶれをじっくりと見る。

「埴科郡・更科郡の国衆。村上殿の配下であった者達だな。その者達は、今後どうするつもりなのだ」

「景虎様に忠節を尽くすと申しております」

「儂に忠節を尽くすか、儂に忠節を尽くすとは武田と戦うということでいいのだな」

「全員から忠節を誓う起誓文が出されております」

「良かろう。ただし、この先はお主達の働き次第だ。裏切る素振りあればタダでは済まさんぞ」

埴科郡・更科郡の国衆は顔を青くして平伏している。

「これより直ちに武田の追撃戦を行う。宇佐美定満は5千で善光寺平城を守れ」

「はっ、承知いたしました」

長尾景虎は、善光寺平城を宇佐美定満に五千の軍勢を与えて守らせることにして、直ちに追撃戦を行うことを決めた。

元々村上義清の所領であった埴科郡・更科郡からはすでに武田の軍勢はおらず、国衆はすぐに降伏して、長尾家に忠節を誓うため善光寺平城に来ている。

「申しておく。儂に忠節を誓うのは分かった。だが信用したわけでは無いぞ。村上義清殿を裏切り、武田が不利になれば武田を裏切る。信用を得たければ自らの働きで示せ。お主達には小県郡・佐久郡攻めの先鋒を命じる。裏切れば火縄銃の餌食となるぞ」

村上義清を裏切り、武田に付き、そして武田を切り捨て長尾家に忠節を誓った国衆に対して景虎は、小県郡・佐久郡攻めの先陣を命じた。

「幸綱。朝信。景家」

「「「はっ」」」

「埴科・更科の国衆に対して小県郡・佐久郡攻めの先陣を命じた。裏切る素振りあらば背後から火縄銃を打ち込め」

「「「承知いたしました」」」

埴科郡・更科郡の国衆は、川中島で火縄銃の威力見せつけられており、皆厳しい表情をしている。

長尾景虎は村上義清の方を向く。

「村上殿。埴科郡・更科郡の差配はお任せする。ただし、小県郡は真田幸綱に任せることになる」

「承知いたしました。某は武田の侵略により一度全てを失った身でございます。不満はございません」

「乗堯!」

「はっ、ここに」

長尾景虎の背後に戸隠忍びの乗堯が現れた。

「武田の動きは」

「武田勢は小県郡上田原に陣を敷いております」

「上田原か、数は」

「1万2千ほどにございます」

「意外といるな」

「川中島で壊滅的とも言える損害を出したものの、佐久郡・諏訪郡からかなり強引に農民達を徴用したようです。上田原で景虎様を食い止めたいと考えているようです」

「指揮をとっている者は誰だ」

「武田勢上田原の総大将は武田の譜代家老である春日虎綱。軍師として山本勘助なる人物がおります。後詰めとして佐久郡内山城城代・小山田虎満」

「武田晴信はどうした」

「配下の武将達に上田原で越後勢を食い止めるように指示を出し、川中島からそのまま甲斐国に戻ったようです」

「戻ったか・・確実に勝てると思わなければ前には出てこないか」

長尾景虎は腕を組み暫し考え込む。

武田晴信は、基本とても慎重な男だ。

軍勢を動かさずに調略ですめばそれでいいと考える人物でもある。

奴が前線に出てくる時は、勝てる確信があるか、負ける要素が無いと考える時だ。

川中島で大敗を経験すれば、しばらくは甲斐国からは出てこない。

当分の間は甲斐国に閉じこもって、調略の書状をせっせと書いていることだろう。

前世ではその書状に引っかかり、何人もの配下や国衆が武田晴信の援軍を信じて反旗をひるがした。

結果、武田晴信の援軍はくることも無く降伏となるのだ。

武田晴信の調略のやり口は変わる事はないだろう。

奴を甲斐国から引っ張り出すには、なんらかの策が必要になるがそれはまだ先になる。

「ならばこれより佐久まで、武田を追い払うこととする。出陣だ」

長尾景虎は軍勢を率いて武田が待ち構える上田原へ向けて出陣した。

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