第48話 追撃戦(2)
長尾景虎率いる軍勢が上田原に到着した。
善光寺平から上田原まで行軍の邪魔も無くあっさりと通ることができた。
景虎自身は多少は邪魔が入るかと考えていたが、伏兵もなく拍子抜けである。
戸隠の乗堯からの報告通り、武田勢は上田原に集結していた。
長尾勢から少し離れた正面に武田の軍勢が陣を構えている。
武田の第一陣の軍勢に大量の木の板が見えていた。
「景虎様。武田の陣営に大量の木の板が見えますな。なんとも無駄なことをしている」
斎藤朝信は面白そうに見ていた。
火縄銃の威力を、嫌というほど知り抜いている長尾の武将たちからしたら、木の板では防げないことは当たり前であり、そんな木の板を前面に並べている姿は滑稽であり、哀れでもあった。
「ほぉ〜、木の板を大量にかき集めてきたか。おそらく火縄銃対策であろう」
武田の第一陣の前には多数の木の板を盾代わりにして並べてある。
武田の足軽たちはその木の盾の後ろにいた。
「あの程度の木の板であれば、火縄銃の前には無力。簡単に撃ち抜かれてしまいますぞ」
「仕方のないことだ。諸国の大名や国衆は、まだ火縄銃の本当の恐ろしさと威力を知らない。大名の中には火縄銃の話を聞いた者もいるだろうが、戦いにおける実際の使い方・恐ろしさをしらん。知らぬと言う事は,恐ろしいことだ。敵がまだ火縄銃に慣れないうちに一気に攻め潰してしまうぞ」
景虎は武田の木の盾を目を細めながら見ていた。
前世では火縄銃対策のために竹を束ねた竹束により、火縄銃を防ぐ手立てが考え出されていたが、竹束は扱いやすい口径の小さい火縄銃には効果があるが、口径が大きくなれば竹束でも防ぎ切ることは難しい。
これから先、火縄銃が戦を大きく変えていくことは確実であり、その優位性を徹底的に活かすことこそが勝敗を決することになる。今は前世からのこの知識を生かして、信濃国における武田の力を一気に削ぎ落とし、確実に弱体化をさせることが重要であると考えていた。
時間を与えれば,得意の謀略・調略で対抗してくることは確実。
「景家。火縄銃を使え」
「承知しました。火縄銃、構え!」
柿崎景家が指示を下すと、足軽達が一斉に火縄銃を構える。
「撃て〜!」
指示と同時に火縄銃が一斉に火を吹く。
打ち終わった者達は、すぐさま交代して次々に火縄銃を打ち込んでいく。
上田原に鳴り響く火縄銃の轟音。
さらに戦場には火薬の匂いと煙が充満していく。
武田勢の構える木の盾は次々に打ち砕かれ、後方にいる足軽や武将達を打ち倒していく。
長尾勢の火縄銃は、後年織田信長らが使うものより口径が少し大きな物を使用している。
そのため火薬を多く使う分扱いが難しいが、その代わり射程が長く貫通力も高い。
瞬く間に火縄銃の射撃で崩されていく武田の前線。
長尾の鉄砲隊は徐々に前進しながら火縄銃を撃ち続けている。
大量の火縄銃による攻撃で景虎から見た武田勢は、すでに半壊状態に見えた。
「景虎様。武田はすでに半壊状態にございます」
「朝信。ここ上田原での戦いは、我ら越後長尾の力を信濃国衆と武田勢に見せつけ、我らには絶対に勝てぬと知らしめる必要がある。それ故、真正面から力で押しつ潰し武田を圧倒するぞ」
「はっ、当然でございます」
「朝信。埴科と更科の国衆を出せ」
「はっ」
長尾の本陣から法螺貝の音が響き渡る。
すると火縄銃の攻撃が止み、火縄銃を持った足軽がすぐに下がり、埴科と更科の国衆が前線に駆け出していく。
埴科と更科の国衆は必死に鬨の声をあげ己を鼓舞しながら、長槍を手に前へと遮二無二突き進む。
その背後では、長尾の火縄銃が前に向けられいつでも撃てる状態を維持していた。
振り下ろされる長槍が前線に残っている武田勢に振り下ろされる。
僅かに残っていた武田の前線が一気に崩れていく。
村上義清を裏切り、武田を裏切った埴科と更科の国衆が武田の軍勢に必死に立ち向かっている。
手を抜いている、裏切るかもしれないと思われたら、鎧を貫通する威力の火縄銃で背後から撃たれる。
そんな恐怖のため皆必死に戦っていた。
槍を振り回し敵を薙ぎ倒し、槍を突き敵を倒す。
近い敵には刀を振り敵を斬り倒す。
埴科と更科の国衆の死に物狂いの戦いにより、長尾の攻めが武田の陣中深くまで届き始めた。
「よし。朝信。一気に攻めつぶすぞ。乱れ龍の旗を掲げよ」
「はっ、承知しました」
太鼓の音が鳴り響くと共に長尾陣営に白地に黒く龍の文字が書かれた大きな旗が掲げられた。
長尾の武将達、足軽達は、太鼓の音を聞き乱れ龍を旗を見ると、全員が一斉に戦場を駆け始める。
「行くぞ。遅れた者は置いていくぞ」
長尾景虎の声が戦場に響き渡る。
長尾景虎を中心に越後長尾勢が、まるで巨大な龍のごとく一体となって一斉に武田勢に襲いかかった。
「我こそは毘沙門天・長尾景虎。推して参る」
白馬にまたがる長尾景虎が右手に刀を掲げ戦場を駆け抜けていく。
近寄る敵に刀を振り下ろし蹴散らしていく。
長尾景虎配下の武将達も景虎に遅れまいと全力で駆ける。
そんな景虎たち長尾勢の中でも真田幸綱と真田一党は、誰よりも先に飛び出してすでに武田本陣へと斬り込んでいた。
武田本陣は真田勢の斬り込みですでに大混乱となっている。
すでに武田の軍勢は総崩れとなり無理矢理徴用された足軽達が逃げ出し始めた。
そんな混乱状態の武田本陣の中から一際大きな声がした。
「武田の大将・春日虎綱をこの真田幸綱が打ち取ったり!」
誰よりも早く武田本陣へ飛び込んだ真田幸綱が、敵将春日虎綱を討ち取った。
それをきっかけにギリギリ持ち堪えていた武田勢は一気に敗走。
佐久郡へと逃げて行った。
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