第41話 訪問者

天文17年9月

2年に渡り、医聖と呼ばれる曲直瀬道三のもとで、医術を学んでいた景虎の家臣三人が越後に帰ってきた。

「一人も欠けること無く、よく戻って来てくれた」

景虎が労いの言葉をかける。

「師である曲直瀬道三の教えを受ける機会を与えてくださり感謝しております」

三人を代表して年配の男が感謝の言葉を述べた。

「三人には兄の容態を日々見てやって欲しい。それと後進の育成をやって欲しい」

「晴景様の診察と後進の育成でございますか」

「そうだ。兄上は今のところ体調は良いように見えるが元々が病弱な方だ。日々用心する必要がある。それと、曲直瀬殿の医術を知るものを増やして行くことが、越後の発展につながる重要なことだと考えている」

「承知いたしました。我らで力を合わせ景虎様のお役に立たせていただきます」

「期待しているぞ」

景虎は控えていた直江実綱を呼ぶ。

「実綱」

「はっ」

「医師の育成を行い、医師の数を増やしていくため、医師を育成する塾を作ることとする。三人と協議して準備を手伝え。必要な銭は長尾家で持つ」

「承知いたしました」

「景虎様」

三人の医師が出ていくと同時に近習の家臣が声をかけてきた。

「どうした」

「真田幸綱殿がお見えです」

「幸綱だと、分かった。通せ」

しばらくすると真田幸綱が一人の人物を連れて入ってきた。

白髪姿の地侍のような雰囲気に見える。

「幸綱。善光寺平城の築城が順調に進んでいて何よりだ」

「景虎様のお陰で順調に進んでおります。北信濃の国衆達も皆協力してくれております」

「かなり築城が早く進んでいるようだな」

「おそらく年内には主要な部分は完成して、わずかな部分を残すのみになるかと思います」

真田幸綱が年内に善光寺平城がほぼ完成すると言ったことに景虎は驚きの表情をする。

「それは随分と早いな。それで此度、急に春日山に来たのは如何なる要件だ」

景虎は、真田幸綱の背後に控えている人物に視線を向ける。

「これなる人物を景虎様に引き合わせたく参上いたしました」

「ホォ〜、その者は如何なる人物なのだ」

「こちらが戸隠の忍を取りまとめている頭領の乗堯殿でございます」

「戸隠の忍びか」

景虎は戸隠の忍びと聞いて驚いた。

戸隠の忍びは、伊賀・甲賀に次ぐと噂されている忍びで、武田晴信が信濃を制圧するとその多くが武田に仕えることになる忍び達だ。

放っておけばやがて武田晴信に多くが仕えることになり、信濃での武田の影響力を削ぐことが難しくなるため、先に手に入れようと考え以前から声を掛けていたが、なかなか応じてくれず半ば諦めていたところであった。

越後との国境に近い戸隠を本拠地とする戸隠の忍び達は、交易や山伏などを通じて越後との関係もあることから越後領内に入りやすい。

景虎は、前世における越中での謀反・揚北での謀反に、武田晴信の指示で戸隠の忍びが暗躍していたと考えていた。

そのため、武田晴信の謀略を防ぎながら、武田晴信の力を削ぐには戸隠を味方につけることが重要だと考えていた。

信濃国には意外と忍びに関わる国衆が多くいる。

小県郡の真田の忍び。

佐久郡には甲賀忍びの筆頭望月家の本家がある。

近江国甲賀郡の望月家は佐久郡の望月家の支流。

戸隠の忍びは、北信濃の戸隠山周辺に隠れ里を持つと言われ、戸隠修験道の山伏にも多く紛れ込んでいるとも言われているが実態は全て闇の中。

「戸隠忍びの乗堯と申します」

「ここに来てくれたということは、この景虎に仕えてくれると受け取って良いのだな」

「我ら戸隠の忍びは全て長尾景虎様にお仕えいたします」

戸隠の忍び達は景虎からの要請があっても、すぐには動かずに冷静に情勢を見て分析していた。

越後の戦いの行方・兵の士気・財力、そして自分たちの能力を最も高く買ってくれる相手は誰なのか。

戸隠の里で何度も協議を重ねた結果、要請を受け入れて越後の長尾景虎に仕えることを決め、真田幸綱と共に春日山にやって来たのだ。

「よくぞ申してくれた。戸隠が儂に仕えてくれて嬉しく思うぞ」

景虎は、戸隠の忍びをおさえることができてホッとしていた。

真田幸綱と戸隠の忍びを手に入れたことで、越後と信濃の国境の警戒を万全にでき、信濃国の情報を握り、武田晴信の信濃制圧を跳ね返せる可能性が見えてきたからであった。

「ならばさっそく乗堯に聞こう」

「はっ、何なりと」

「甲斐国武田晴信はどう動こうとしているか分かるか」

「武田晴信は、再び村上義清を攻めるために準備を進めております」

「上田原で大敗し、多くの重臣を失いかなりの損害を出したと聞いたが、それでも攻めると言うのか」

「異形の軍師を使い策を練り、村上義清の足元を切り崩さんと暗躍しております」

「異形の軍師とはなんだ」

「武田晴信が父である武田信虎を駿河に追放して、武田家の家督を奪い取った後に新たに雇い入れた者です。駿河国の生まれで、兵法を学ぶため10年ほど諸国を巡り、肌の色は浅黒く,片目の隻眼,片足が不自由,手の指に欠損があり,身体中に数え切れぬほどの無数の傷跡。常に自信たっぷりに自らの策の素晴らしさを語るため、甲斐武田家中にはその男のことを大言壮語の大法螺吹きと揶揄する者達もおります」

「ホォ〜、大言壮語の大法螺吹きか。そんな軍師がいるのか。その男の名は」

「その男は山本勘助と呼ばれております」

「山本勘助」

景虎はその名に聞き覚えがあった。

前世で妻女山に陣を構えたとき,上杉の軍勢を妻女山から追い落として挟み撃ちにするべく,武田の別動隊が妻女山の背後に動いた。

景虎がその策を見破ったが,後日その策を考えた男が山本勘助という男だとだけ聞いていた。

「その男は、武田晴信に近い考えを持っているようで、勝つためには手段を選ばぬ男とのこと。武田晴信が同盟相手の諏訪頼重を攻めたときに偽の和睦を結ばせ、手打ちと称して諏訪頼重を甲斐に誘き寄せ、自害させた策を考えた男と聞いております」

「勝つためには手段を選ばぬか、武田晴信にはお似合いの軍師と言う訳だな」

「それ故、油断は禁物かと」

「奴は徹底的に謀略と調略を仕掛けて、勝てる確信がなければ動かん男だ。この先、奴の目と耳となる者たちを潰す必要があるな」

「如何いたしますか」

「今は備えを固め、力を蓄える時だ。情報収集は怠るな」

「承知いたしました」

腕を組み、自信たっぷりに笑みを見せる景虎であった。



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