第40話 信濃川分水
梅雨時は河川の氾濫が起きやすい。
信濃川の下流域は低地が多く、さらに信濃川が数年おきに大氾濫を繰り返していた。
そのため信濃川流域に住む領民達は、少し小高い丘や砂丘などの上に集落を築くか、集落を土手で囲んでさらに小舟を用意して信濃川の氾濫に備えていた。
信濃川はとても長いため、下流で雨が降らなくても上流で大量に降れば、たちまち水位が上昇して危険な状態になってしまう川である。
長梅雨の雨が降り続いているため信濃川の水位は急激に上昇していた。
集落を土手で囲う集落では、人々が心配そうに空を見上げている。
「いっこうに雨が止まねえな」
「信濃川の水がだいぶ増えてきているようだ」
「集落の土手は大丈夫か」
「庄屋様たちが水を見に行ったが大丈夫だろうか」
「土手が切れなきゃいいが」
集落の人々が噂をしているところ、水の様子を見に行っていた庄屋が慌てて走ってくる。
「土手が切れるぞ、水が押し寄せてくる。逃げろ。舟に乗れ!」
集落の人々は慌てて用意してある小舟にへと急ぐ。
同時に濁流が集落を飲み込んでいった。
ーーーーー
越後国の米を始めとする穀物類の生産量は,越後府中を除くとまだまだ低かった。
広大な国内にいくつもの暴れ川を持っているため、多くが湿地や潟で田畑に出来ない土地ばかりであった。
越後府中は、居城春日山城の足元であることから、積極的に新田開発に取り組んでいて、森を切り開き、沼地や潟の水を抜き埋め立て流ことで新田開発を進めていた。
景虎は、越後国全体の作物の生産量を増やすため、この工事を越後府中以外の地域に広げることを考え、兄晴景と協議をしていた。
「まず、どこから優先するべきなのかが問題ですが。兄上。沼地や潟が多いところから開拓を実施していくことで良いのではないでしょうか」
「いや、まずは景虎の足元を強化することが大切だ」
「足元の強化ですか」
「府中長尾家の直接支配地の中で越後府中は、新田開発や河川改修が進んでいるから現状のまま開発を進めることでいい。次にするなら古志長尾家の古志郡(長岡)、府中長尾家の残りの支配地がある三条にするべきだ。ここの生産量が上がればそれはそのまま景虎の力を底上げすることに直接つながることになる」
「なるほど」
部屋の外から景虎の名を呼ぶ声がした。
「景虎様」
直江実綱であった。
「どうした」
「蒲原郡代三条城主・山吉正久殿がお目通り願っております」
「蒲原郡代の山吉殿か、分かった。ここへ通せ」
山吉正久は父為景の頃から長尾家の重臣であり、五十を過ぎた頃であろう。
老臣が二人の人物を引き連れ入ってきた。
「三条城主・山吉正久にございます」
「久しいな、山吉殿。今日は如何した」
「はっ、本日はお願いしたきことがあり参上いたしました」
「それは一体なんだ」
「ご存知かと思いますが、越後平野を流れる信濃川は大変な暴れ川でございます。一度暴れたら川筋が半里動くこともございます。川筋が動くだけでなく、溢れた川の水が多くの領民を飲み込み多くの者が命を失います。一度洪水が起きれば田畑は水に浸かり、さらに水が簡単には引かないため、作物は腐り使いものならなくなります。その上、川の周辺には田畑にならない湿地も多く困り果てております。そのため領民達は僅かな高台に集落を作り、集落の周りを土手で囲い、万が一の場合に備え舟まで用意しております。ですが、越後府中では景虎様の指示の下で河川改修工事が行われかなりの成果を出していると聞きました。ぜひ、そのお力で暴れ川である信濃川を治めていただきたく、お願いに参上いたしました」
日本一の大河である信濃川は、信濃国に源を発して長さは367kmにもなる。
信濃川本流には多くの河川が流れ込み、その流域面積は越後国の広さと等しく広大であった。
古志郡から北の下流域では低地が多く、一度洪水が起きたら簡単には水が引かず、長期間に渡り水に浸かったままとなり、水に浸かった作物は腐り、洪水に飲み込まれた人々や動物の死体が腐敗して疫病を発生させることもあった。
「そこまで酷いのか」
「古志郡から北の下流域では2年から3年に一度大洪水に襲われております。つい最近も大洪水に襲われたばかりでございます」
「信濃川か・・かなりの暴れ川と聞いている。う〜ん。しかし、どこから手をつければいいやら」
「それに関して、後ろに控える二人から案がございます」
「その二人は」
「寺泊の商人で本間屋惣左衛門、庄屋の河合宗弥門にございます」
「案というのはなんだ」
「本間屋、河合。説明いたせ」
「それでは、本間が説明させていただきます。河川の増水を防ぐには、堤防を高く築く、もしくは支流を新たに作り本流の水を減らすことと考えます。信濃川が度々氾濫するのは、流れる水が多すぎることが原因ではないかと考えております」
「すると流れる水を減らすということか」
「はい、信濃川から寺泊に流れる支流を、新たに人の手で作りだし、信濃川の水を一部減らすことで、三条周辺から下流の洪水を減らせると考えます」
「人の手で信濃川の支流を作る・・何年かかる」
「おそらく・・・20年程度。さらに莫大な銭がかかります」
「20年か、とてつも無いほどの時がかかるな。仮にその支流が完成したらどうなる」
「現在、信濃川の三条周辺にある多くの土地は湿地や潟で田畑になりませんが、その湿地や潟である広大な土地が田畑に変わり多くの作物を生み出すでしょう。また洪水が減ることで間違いなく多くの領民が救われます」
「果たして出来るのか」
腕を組み悩む景虎。
「悩むなら、思い切ってやってみればいいではないか」
兄晴景の言葉に驚く。
「ですが、完成するかどうかも分からないのですよ」
「やることで少しでも被害が減るなら、やる価値はあるだろう。農民達の暇な時期の出稼ぎにもなる」
「分かりました。ならば作事奉行を決めねばなりません」
「それなら、景康と景房を任命すればいい。槍働きが苦手な二人も活躍の場が欲しかろう」
晴景は、弟の次男・長尾景康と三男・長尾景房を作事奉行に推薦してきた。
「よろしいのですか」
「かまわんよ。儂から話しておく。間違いなく二人とも喜んでやってくれるはずだ」
兄晴景の後押しもあり、信濃川分水路と新田開発が進められることとなった。
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