第39話 二虎競食の計(2)

村上義清は苛立ちを隠せずにいた。

居城である葛尾城の中で苦い表情をしている。

「クッ・・・武田の奴ら、許せん」

村上義清が支配する信濃国小県郡で、盗賊が出没して多くの村を襲撃する事件が頻発していた。

収穫物は奪われ、村々は荒らされ多くの被害が出ていた。

「殿。確かに怪しいですが武田と決まったわけではありませんぞ」

「この北信濃の儂の領地でそんな真似をするのは、武田以外にいるか」

「殿。小県で盗賊に襲われ商売品を投げ捨てて命からがら逃げて無事であった行商人がおります。ここに呼んでおりますので、話を聞いてみてからでも良いのではありませんか」

「よかろう。ここに呼べ」

「承知いたしました。お待ちください」

しばらくすると二人の見窄らしい身なりの男が入ってきた。

浅黒く日焼けしており、どこにでもいる貧相な感じがする男だ。

「村上義清である。何があったかありのままに話せ。嘘を申せばタダでは済まさぬぞ」

男達は床に土下座をすると一人が話し始めた。

「へぇ・・小県で行商をしている風介と言います」

「それで何があった」

「数日前小県で行商をしておりましたら突然盗賊に襲われ、商いの商品を投げ捨てて逃げることで命を拾いました。その代わりほとんどの財産を失いましたが、あれは間違いなく甲斐国の奴らだ」

「なぜ、甲斐国の奴らだと言える」

「奴らの言葉が甲斐訛りがあった」

「なぜ分かる」

「商いで付き合いのある中に,甲斐の生まれで諏訪に住むものがいます。そいつの話す言葉にそっくりだ。あれは諏訪の訛りじゃ無い。甲斐の訛りだ。間違いない」

その話を聞いた村上義清は無言のまま少し考え込んでいた。

「あの〜」

「おお・少し考えごとをしていた。そうか分かった。手間を取らせな,下がっていいぞ」

「へぇ・・」

男達は葛尾城を出ると出るとゆっくりと小県郡へ向かう。

やがて周辺に人の気配がないことを確認すると、風介と名乗った男がもう一人の男に小声で話しかけた。

「上手くかかったようだ。村上義清は武田の仕業と思い、武田への強い敵愾心を募らせることだろう」

「頭。小県から集めた農作物や銭はどうします」

「我ら真田を信用して協力してくれた小県の領民達のものだ。村上にバレないようにこっそりと上手く返してやってくれ」

「承知いたしました。頭はこれからどこへ」

「予定通り、佐久郡へ行く。小県は任せるぞ」

「お任せを」

男達はやがて姿を消した。


ーーーーー


佐久郡内山城

城代である小山田虎満は、主君である武田晴信から佐久郡の1日も早い掌握を命じられていた。

そのため佐久郡の安定を最優先にして領内の運営に臨んでいる。

そんな小山田虎満は家臣達からの報告に驚いていた。

以前から佐久郡内で盗賊が横行していると報告が上がって来ており、その対策で佐久郡内での見回りを強化していたにもかかわらず、盗賊の横行を防げずにいた。

「小山田様、佐久郡内で村々や行商人が襲われる被害が多数出ております」

「盗賊だと、警戒して見回りを強化していたはずであろう」

小山田虎満の表情に怒りが見える。

「そうなのですが、なぜか我らの警戒の裏をつくかのように現れて、荒らすだけ荒らして姿を消してしまいます」

「我らの裏をかくなどとは一体何者なのだ」

「ここ内山城に商いにくる諏訪の商人がおりますが、そのものも先日盗賊に襲われ、持っていた行商の品や銭を放り出して逃げることで、命拾いしたものがおります。その商人の話では、どうやら盗賊の中に村上義清の家臣がいたようでございます」

「なんだと、その者は今どこにいる」

「直接話しを聞こうと呼んでおります」

「儂も直接聞こう、ここに呼べ」

「承知いたしました。すぐに連れて参ります」

しばらくすると一人の貧しい身なりの男が入ってきた。

入るとすぐに床に這いつくばり頭を下げている。

「小山田虎満である。その方、名はなんと言う」

「風介と言うしがない商人でございます」

「そのほうが盗賊に襲われ逃げ切った者か」

「は・はい、諏訪から佐久に行商に来ましたら山中の街道で盗賊に襲われ、行商の商品や銭を投げ捨てて危うく難を逃れました」

「災難であったな」

「商品や銭を損しましたが、死ぬよりはマシです」

「盗賊の中に村上の手の者を見たと聞いたが」

「は・はい。あれは確かに村上様の家中の者かと思います」

「なぜ、そう言い切れる」

「以前、小県郡に商売で向かった時です。いくつかの城で商売させていただきましたが、城での商売に対応してくれていた人達に、そっくりな男達が盗賊におりました」

「そっくりな男達か・・・」

「はい、間違いありません」

「そうか、分かった。下がっていいぞ」

「は・はい、ありがとうございます」

商人の男は、内山城を出ると諏訪に向かう。

人気配が無い山中で立ち止まった。

そこに見窄らしい身なりの男が一人現れた。

「頭。準備が整いました」

「予定通り夕暮れに武田の見回りの奴らに矢を射かけてやれ。射かけたらすぐに逃げろ。ただし忘れるな。我らの役割はあくまでも村上と武田をぶつけることだ」

「はっ、それでは現場に何を残しておきますか」

「村上の旗印ではわざとらしいな。村上の家紋入りの印籠でも一つ落としておくか」

印籠とは薬などを入れて持ち歩くもので、腰に下げておく小さな物入れであった。

「承知」

男は姿を消し、街道には風介を名乗る男がいるだけであった。

「クククク・・これで幸綱様の狙い通り村上と武田の激突は早まることになる」

男の忍び笑いが無人の街道に響いていく。

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