第37話 噂話
天文17年2月中旬
北信濃善光寺平城の築城は着々と進んでいた。
すでに外堀・内堀は作り,石垣は組み終わり,城の建物部分に取り掛かっていた。
石垣は自然石をそのまま使った積み方をしているが、その隙間は石を加工して隙間にはめ込み、手足をかけて登ることができない程度の隙間しかないように作っている。
また,城壁には至る所で混凝土が使われ工期短縮と城壁の強化に一役買っていた。
北信濃の領民達にとって城の工事は,銭を多く稼ぐことができるいい稼ぎ先となっており,最近は北信濃以外の信濃の領民までやって来ている。
やって来る領民達は、出来上がっている石垣を物珍しそうに見ながらも、その高さに驚いていた。
「石でできた壁なんて初めて見たぞ」
「すごいもんだ。こんなに高く石を積み上げて崩れねえのか」
「隙間がありそうに見えるが、たいした隙間がないから登れんな」
「石だから火をつけても燃えないしな」
「ここまで頑丈なら石の壁をぶち破って城内に入るなんてできねえだろう」
この頃の農民は、誰もが武器を持って戦う存在であり、領主が戦を行う時はすぐさま足軽として集められるもの達であり、正式に軍学を学んでいなくとも多少は戦いに関する見識を持っているため、初めてみる石垣の高さに驚いていた。
築城の様子を見ていた真田幸綱の所に宇佐美定満がやって来た。
「真田殿。築城の早さが信じ難いほどなのだが」
宇佐美定満は,善光寺平城の築城の早さに驚いていた。
新しく石垣を使う試みもあり,城の規模もいまだみた事もない大きさであることから3年から4年はかかるのではないかと考えていたのであるが,進み具合が異常に早く感じていた。
「築城を始めてから半年ほど経過しました。開始から遅くとも2年。可能なら1年半ほどを目標に完成させたいと考えております」
「本当にそんなに早く完成するのか」
真田幸綱の回答に宇佐美定満は驚いていた。
築城の常識を大きくこえる早さであったためだ。
「北信濃の国衆達がこぞって協力してくれていることも大きいですし、築城に使う木材は別の場所で加工してからここに持ち込んで組み上げる手立てを準備しております。さらに人夫達をいくつもの組に分け競わせ、優秀な組に報奨金を出してやることで堀や石垣・城壁工事が予定の倍以上の速さで片付きました」
「予定の倍以上の早さとは、恐るべき早さだ」
「1日でも早く作ることで景虎様の力を示すことに繋がり,北信濃の安定に繋がりますから」
築城を任されている真田幸綱の本音としては,完成を急ぐことで主である長尾景虎の力を示すだけでは無く,武田晴信に焦りを呼び起こし村上義清と無理な戦をさせ,それにより村上義清と武田晴信の両者を消耗もしくは共倒れさせようと考えていた。
さらに、商人達と真田の忍びを使い,信濃南部から甲斐国にかけて噂を流していた。
その噂とは,北信濃の長尾家の城は,難攻不落の巨大な城で普通の倍以上の速さで出来上がっていく。完成したら誰にも攻め落とすことは不可能だ。
商人達と真田の忍びは行く先々でこの噂を流していた。
それに加え、村上義清が武田晴信は大したことない、戦下手な奴だと笑っているとの噂も一緒に流していた。
ーーーーー
真田幸綱が流している噂は徐々に広がっていき、甲斐国躑躅ヶ崎館にいる武田晴信の耳にも届き始めていた。
武田晴信の側近達は、その噂の内容が屈辱的で許し難いものであると感じ、武田晴信の耳には入れないようにしていた。
武田家中で今一番困るのは、噂を聞いた武田晴信が怒り無理な戦を起こされることであり、上田原での敗戦の傷が癒えないままでは、危険であるとも考えていたからである。
武田晴信の前には側近達が呼ばれ座っていた。
「儂は上田原での敗戦で、村上義清に戦下手と笑われているそうだ。飯富虎昌。なぜ、このような噂が流れていると報告をしなかった」
「このようなつまらぬ噂は、気にする必要はございません。捨ておけば、つまらぬ噂話はやがて消えていきましょう」
「たとえつまらぬ噂であっても、そのままにしておけば他国から侮られ、攻め込まれる隙を見せることにもつながる」
「我ら武田家が上田原で負った傷が癒えておりませぬ。今は、傷を癒やし静かに力を蓄える時でございます」
「商人や領民達の中に、村上義清が儂のことを笑っている。戦下手な奴だと笑っているとの噂が流れているぞ、これを捨て置く訳にはいかん。力なら十分にある」
「北信濃には越後守護代長尾景虎の勢力下になりつつあります。村上義清が越後守護代長尾景虎と手を組む恐れもございます」
「ならば、より一層今動かねばならん。善光寺平に作られている城の築城の早さが尋常ではない」
「それは単なる噂。そのような噂を信じるべきではございません」
「手のものたちを向かわせ調べたら事実だ。北信濃善光寺平で作られている城は総構えが二里にも及ぶ巨大な平城。そんな巨城が通常の築城の倍以上の速さで作られている。総構えが二里にも及ぶ巨城ならば、少なくとも4年程度かかるはずだが、もしかしたら来年の夏までに完成する可能性が出てきているとの報告が来ている」
越後長尾家が善光寺平に築城している城が、来年の夏までに完成する恐れがあると聞き驚く飯富虎昌。
「流石にそれは無理ではありませぬか。それほどの巨城がわずが2年足らずで完成するはずがありませぬ」
「事実だ。しかも土塁では無く石の壁を高く作り上げる見たことも無い城だと報告にある」
「土塁では無く石の壁でございますか」
「そうだ。それに、今はまだ村上義清は長尾景虎に協力を求めていないが、この先は分からぬ。ならば、儂に勝って慢心している隙を突いて村上を倒し、善光寺平の城が出来上がる前に北信濃を攻めねばならんぞ」
「無理は危険でございますぞ」
「無茶なことは分かっている。だが、動かねばならん時もある。儂の強さを示さねば、ますます侮られ、今川義元や北条氏康らと同盟を組むための障害になりかねん。下手をすれば駿河や相模との国境がきな臭くなる」
「ですが・・・」
「事前に十分に調略をかけ、村上側を切り崩してから動く。無謀な攻めはするつもりはないぞ」
「くれぐれも無理な攻めだけはお控えください」
「直ちに村上の配下でこちらに靡く可能性のあるもの達に調略をかけるぞ。いくら銭や金を使ってもかまわん。徹底的に調略をかけよ」
「承知いたしました」
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