第36話 上田原の戦い
村上義清と同様に,越後国守護代長尾景虎が善光寺平に城を築いていることに,苛立っている男がいた。
「越後国守護代長尾家が北信濃善光寺平に城を築いているだと。板垣,間違いないのか」
甲斐国躑躅ヶ崎館で武田晴信は怒りを見せていた。
「はっ,間違いございません。しかも,かなりの規模の平城と聞き及んでおります」
「クソッ・・信濃は儂のものだ。越後国長尾に邪魔はさせん。村上義清はどうしている。奴は,長尾家に何もせんのか」
「面白く無いようですが,善光寺平に1万もの軍勢が常におり,周辺の北信濃の国衆が悉く長尾に協力しているそうで,しかも村上義清側の城に攻めかかることもないため,野戦では分が悪いと見ているようで動くに動けぬようでございます」
「チッ・このままだと北信濃どころか中信濃まで長尾に取られかねんぞ」
「村上義清の家中の者達は,越後長尾家の善光寺平築城にかなり動揺しているようです」
「ならば,その隙をつくか」
「動きますか」
「急がねばならん。長尾側の築城が終わる前に村上義清を倒すしかあるまい。善光寺平の城が出来上がれば,北信濃の制圧がそれだけ厳しくなる。触れを出せ,村上義清を攻める」
「承知いたしました」
躑躅ヶ崎館は慌ただしく動き出した。
ーーーーー
天文16年11月
本来よりも数ヶ月早く上田原の戦いが始まろうとしている。
武田晴信は,五千の軍勢を率いて信濃国上原城に入った。
既に上原城には,板垣信方・甘利虎泰・武田に従う諏訪衆・佐久郡の国衆が集まっている。
武田晴信の軍勢と合わせてると八千の軍勢。
武田晴信が上原城広間に入ると既に国衆達が待っていた。
「皆,大儀である。これより村上義清を討ち果たし,村上義清が支配する小県・埴科・更科に武田の旗を立てるぞ。板垣。村上義清の動きはどうだ」
「はっ,村上義清の軍勢は五千ほどと思われ,埴科郡の葛尾城と小県郡の砥石城を拠点として軍勢を集めております」
「葛尾城と砥石城か」
「どうやら,村上義清はそこから軍勢を南下させ,上田原に陣を構えるようです」
「我らに野戦を挑むとは,村上義清も大した事は無いな」
「まさしく,晴信様の言われる通り,村上義清は大したとこはございません。我らは早々に村上を討ち取り北信濃に向かわねばなりません」
「越後長尾や北信濃国衆の動きはどうだ。援軍に来るのか」
「村上義清は,越後長尾には援軍を頼まないようです」
「信濃国衆だけで我らの相手をするつもりとは,ますます愚かとしか言いようが無い」
「簡単に片付く戦。小田井原での関東管領の軍勢同様,残らず根切りにしてやりましょうぞ。晴信様はのんびりとご覧いただければよろしいかと」
「ハハハハ・・そうか。ならば,板垣と甘利の働きを見せてもらうとするか」
「「お任せください」」
武田晴信の軍勢は,峠を越えて村上義清の支配する小県郡に入った。
やがて,武田晴信の軍勢は村上義清が待ち構える上田原に到着。
川を挟んで睨み合いが始まった。
先に動いたのは武田の先陣を預かる板垣信方であった。
「行け行け〜,村上義清の軍勢なんぞ蹴散らせ,突き崩せ」
板垣信方の檄により一斉に村上義清の軍勢に襲いかかる。
激しい戦いが始まるが,しばらくすると村上義清の軍勢が一斉に逃げ出した。
「敵が逃げ出したぞ。追え!逃すな,一人残らず討ち取れ,行け!」
板垣信方の指示で逃げる村上義清の軍勢を追い始める。
一方的に村上義清の軍勢を打ち崩したためか,余裕を見せる板垣信方は,馬から降りて打ち取った首級を見ながら満足そうにしている。
「やはり,村上義清なんぞ恐るに足りん相手だ」
戦場にいるとは思えないほどのんびりと首級を眺めている。
「敵襲〜。伏兵だ!」
板垣信方の陣中に村上義清の伏兵による奇襲攻撃を知らせる声が響き渡った。
「小癪な,残らず返り討ちにしてくれる。体勢を立て直して敵を討ち取れ」
不意をつかれたことと,村上義清の軍勢を完全に舐め切っていたことで反撃が遅れ,板垣信方の軍勢は大混乱に陥っている。
「何をしている。グズグズするな。村上の弱兵なんぞさっさと討ち払え」
板垣信方がいくら檄を飛ばしても状況は悪化をしていく。
「板垣様。ここは危険です。至急後方にお下がりください」
家臣が危険を知らせてきたため,板垣信方は慌てて馬に乗ろうとした。
しかし,その板垣信方の後方から村上義清の伏兵が襲いかかってくる。
「貴様ら,村上義清の手の者か,返り討ちに・・」
板垣信方の背後に槍が突き刺さった。
「ゴフッ・・・馬鹿な・」
板垣信方は血を吐きながらゆっくりと倒れていった。
「板垣信方を打ち取ったぞ〜」
村上義清側の鬨の声が上がる。
板垣信方が討ち取られたことが知れ渡ると,武田晴信の軍勢に衝撃が走り軍勢が浮き足立つことになった。
その隙を村上義清に狙われ,さらに伏兵が武田晴信の本陣に迫ってくる。
武田本陣の守りも一気に崩され大混乱となる。
「晴信様,危険です。お逃げください」
武田晴信の近習達が必死に守りながら,武田晴信は佐久郡へと引き上げいった。
戦いの結果は,村上側の死者が約300,武田側が700。
この他に武田晴信は重臣である板垣信方・甘利虎泰を失う。
さらに,武田晴信自らも手傷を負い,実質的に負けと言っていい結果であった。
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