第35話 築城開始

信濃国埴科郡葛尾城

千曲川を見下ろす葛尾山の山頂に築かれた村上義清の居城である。

葛尾城は深い空堀などを作り、幾つもの支城を備えた要害とも言える城。

その葛尾城の中で城主である村上義清はイラついていた。

「屋代。どうにか出来んのか」

重臣屋代正国からの報告にイラついていたのだ。

善光寺平に居座っている越後長尾の軍勢が1万。

この1万は農民兵では無く常備兵であり、農繁期で減ることも無い。

さらに北信濃の国衆の大半が越後長尾に協力していた。

そんな越後長尾の軍勢達が、村上義清が狙っていた善光寺平に城を築き始めている。

築城の様子からかなりの大きさの平城となりそうであった。

村上義清からすれば看過できない事態であるが、越後国は大国でありそれをほぼまとめ上げてようとしている長尾景虎は、油断できない強敵と見ていた。

「越後長尾の軍勢は単独で1万にもなります。向こうが我らを攻めぬと言っている以上は、下手な手出しはできません。こちらから攻めれば向こうに大義名分を与えることになります。さらに,北信濃の髻山でも築城をしているとの噂が出ております」

「善光寺平は儂が手に入れる土地だ。北信濃は儂のものだ」

「ですが、我らだけで戦慣れした長尾の軍勢相手に、数がモノを言う野戦で戦うことはできませんぞ。しかも北信濃の国衆の多くが長尾側に付いてしまっております。長尾の軍勢と北信濃の国衆を合わせればすぐに1万5千をはるかに上回る軍勢となります」

「クッ・・数に頼る野戦では難しいな」

「長尾の軍勢は犀川を渡りこちらを攻めてくるつもりはないと言っております。それゆえ、こちらの城を攻め寄せてきたところを撃退することもできません。今は対武田を考えるべきかと、対武田には手を貸すと申しております」

「長尾の手を借りるつもりは無い。北信濃の盟主は儂だ。攻めてこないは方便にすぎん。城が出来上がれば、いつの日にか攻めてくる。簡単に他国のものを信用するな。善光寺平にいる長尾の軍勢を率いているのは、小県にいた海野一族の真田幸綱だぞ。小県を取り返すことを考えているはずだ。信用出来るか」

海野一族がいた信濃国小県郡を攻め取ったのは村上義清である。

甲斐の武田信虎、信濃守護小笠原、諏訪郡の諏訪頼重らと共に信濃国佐久郡と小県郡を攻め、その結果村上義清が小県郡を支配していた。

「申し訳ございません」

村上義清の叱責に思わず頭を下げる。

「各配下の者達には備えを厳重にしておけと通達せよ」

「承知いたしました」

屋代正国は急ぎ葛尾城を後にした。


ーーーーー


真田幸綱は北信濃の国衆に依頼して木材だけで無く、大きな石を集めさせていた。

荷台に積まれた石が次々に運び込まれてくる。

それを運び込んでくる者達の中に屋代正国の家来達と領民達もいた。

「真田殿。この大きな石をどうするのだ」

「比叡山の一部では、外壁に石積みを用いて小規模な石垣を作っていると聞きましたので、それを城に応用してみたいと思いましてな。壁の全てを石垣にするわけではなく,場所によっては混凝土も使っていこうと考えております」

「ほ〜、石垣と混凝土か」

「これらを使えばさらに強固な備えとなると思います。一部ではすでに組み上げ始めておりますからこちらへ」

真田幸綱は、宇佐美定満を石垣を組み始めている場所へと案内する。

築城をしている場所は川が近い。

川そのものを天然の堀に見立て、さらに川の水を引き入れ外堀・内堀に利用する予定である。

川が氾濫した場合を考え、多くの土砂が運び込まれ城を築く土地全体の大幅な嵩上げが大急ぎで行われていた。

堀を作った後の土砂も土地の嵩上げに使われることになる。

人夫達が次々に土砂を運び込み、均して突き固めていく。

しばらく歩くと石を積み上げている場所に到着する。

一人の男が指示を出しながら何度も石の向きを確認しながら、慎重に自然の石を積み上げていた。

「あの者が近江国穴太衆の出身の者で、石垣に関して非常に詳しいのです。景虎様から穴太衆の石垣の技を築城に活かせとのことですので、あの者に指示をさせて城の石垣を組んでおります」

「ホォ〜、なかなか器用に積み上げていくものだ。しかし、これほどの高さで崩れんのか」

積み上げていく石は加工しない自然石のままであり、野良積みと呼ばれる手法で積み上げられていく。

「そこは、うまく石を組み合わせ、石が動かないように裏側でしっかりと組み、表面の隙間には間詰め石と呼ばれる小石を詰めて隙間を埋めていくそうです。それでも埋めきれなければ,混凝土で隙間を埋めてしまおうと考えております。そして,石垣の高さは5間(約9m)ほどになるかと思います」

「確かにそれでは手や足を掛けずらいな。石垣の高さは、すでに2間(約3、6m)ほどの高さになっているな。この高さであってもこの上にさらに漆喰の壁を造られ、前側に堀があったらここからは登れん。門からしか入れんことになるな」

「城門から敵が侵入しても一気に本丸に行けないように、回り道をするしか道が無いようにして、さらにところどころ狭くして敵の動きを封じるように作るつもりです」

「なるほど、デカさだけでは無く城門が破られた程度では、落城しないようにと言うわけだな」

「川が近いですから水には困りませんが、用心の為幾つもの深井戸を掘ってあります」

「なかなか用心深いな。ここなら、武田自慢の金堀衆の出番はあるまい」

善光寺平城築城により、周辺国衆の領地にいる多くの領民を人夫として雇い、越後で作られた銭を支払う。

北信濃の領民は、その銭で多くの物を買うようになる。

日々の生活の中で銭の便利さが浸透していき、越後国の貨幣経済に飲み込まれていくことになり、越後国に知らず知らずのうちに従属をすることになっていく。

善光寺平城築城と合わせて,その影響が信濃東部・中部、南部へと広がっていくのは時間の問題であった。

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