第34話 善光寺平城

長尾景虎は、高梨政頼と井上惣領家の井上清政ら北信濃国衆に築城に伴う資材を依頼していた。

拠出では無く全て長尾家が買い取ることを条件につけてあるため、髻山と善光寺平に城を築ことで北信濃の国衆に大金が転がり込むことになり、少しでも多く銭を得るために積極的に資材の用意に動いている。

さらに刈り入れが終わった農民たちを築城の人足として雇い銭を払うことも約束していた。

数日先に甘粕景持が髻山麓に到着して,先に髻山城築城の準備にかかっている。

数日して真田幸綱が1万の軍勢を率いて善光寺平に到着。

三千の兵に警戒を命じ、残り七千の者たちを使い築城に取り掛かった。

到着と同時に北信濃国衆から続々と築城の資材が届き始める。

長期になるため、守りの備えと長屋も同時に作る必要がある。

真田幸綱はすぐに守りを固め、兵士たちを休ませることができるようにするため、まず、大きな砦を作ることにしていた。

さらに、砦を最短で作るために、事前に材木を切って加工しておき、組み合わるだけですぐさま柵として使え、壁として使えるように準備をして、ある程度の材料を軍勢に運ばせていた。

到着すると事前に申し渡してあった通りに、すぐさま外周となる部分の柵を築き始める。

「幸綱殿、これはまた壮観だな」

宇佐美定満は一斉に作業に取り掛かる軍勢の姿に嬉しそうな顔をする。

「景虎様の旗本衆はよく訓練されております」

「日頃から、新田開発や春日山城改修、河川改修に従事しているからなお手のものだろう」

「それは心強い限り、それならば早く出来上がりそうですな」

「しかし、城の総構えがニ里(約8km)にもなる平城を作るつもりとは、驚くばかりだ」

総構えは城の外周部分であり、時には城下町を含むところもあり、改修を続けた北条家の小田原城は約二里少々、豊臣秀吉の大阪城は二里と言われていた。

「景虎様からは、村上義清も武田晴信も腰を抜かすほどの城を作れとのご指示ですから」

真田幸綱は、大きさで敵を圧倒する城を作ろうと考えており、少なくとも1年は籠城できる平城を作るつもりである。

平地で川の横なら、武田の金山衆により井戸の水を抜かれるも不可能と考え、この場所に決めたのであった。

「ハハハハ・・確かに、宇佐美殿の申す通り、この城が出来上がったら確かに腰を抜かすことでしょうな。それと、景虎様から言われて試してみたいことがございますから、それを見たらさらに驚くでしょうな」

「ほぉ〜それは一体」

「それはそのうち分かります」

「ならば後の楽しみにとっておこうか」

「おや、どうやらお客が来たようですな」

犀川の向こう岸の川中島方面に500人ほどの軍勢が現れた。

川を渡らずにこちらの様子を見ている。

長尾家の軍勢には、こちらから戦を仕掛けるなと厳命してあるため、こちらから攻めかかることは無かった。

やがて、向こう岸から一人の騎馬武者が川の浅瀬を渡ってくる。

犀川を渡り終えると名乗りをあげた。

「村上義清が家臣。屋代正国と申す。総大将と話がしたい」

すると真田幸綱が屋代正国の前に出ていく。

「越後国守護代長尾景虎様に仕える真田幸綱と申す。儂がこの軍勢を預かっている。話があるなら聞こう。それと、貴殿を害するつもりは無い。安心されよ」

その場ですぐさま床几が用意される。

真田幸綱はさっさと床几に座る。

「屋代殿も座られよ」

屋代正国はゆっくりと馬を降り、指示された床几に座る。

「真田殿。この軍勢は何の真似だ」

「村上殿と戦うつもりはござらん」

「ならば何だというのだ」

「甲斐国の武田晴信が信濃に攻め込んできているのはご存知であろう。しかも、武士にあるまじき残虐な振る舞いと騙し討ち。そのため高梨殿や井上殿をはじめとした北信濃の国衆が不安に思っており、どうにかして欲しいとの訴えが長尾景虎様の元に届いた。それゆえ、北信濃の国衆を安心させるために、我らがここに城を築くことになった」

「ここは村上家のものだ」

「我らは高梨家の土地と聞いておりますぞ。高梨殿からも快く許可をいただきましたから問題無いと思っております」

「何を寝ぼけたことを」

「ならば村上家が最初からここに城を置けばよかったのでは」

「何だと」

「ここには常時1万を超える軍勢がおります。農繁期であろうが関係なくです。村上殿と戦うつもりはありませんぞ・・そちらが攻めてこない限り」

「北信濃の全ての国衆が越後についた訳ではないぞ」

「我らは全ての北信濃の国衆とは仲良くやっております。後ろに山と積まれた木材などは、全て北信濃の国衆から買い取っておりますから、北信濃国衆の懐はかなり潤っていると思いますぞ」

「そんなはずがあるか、強要させているはずだろう」

「井上殿」

真田幸綱が井上清政の名を呼ぶ。

柵の内側から北信濃国衆の一人、井上清政が出てきた。

「お〜、これは屋代殿久し振りであるな」

「井上殿、お主も越後につくのか、そのために築城の木材を渡しているのか」

「何か勘違いしているようだ。渡しているのではなく、売っているのだ。長尾景虎様は、かなり良い値で買ってくれているぞ。おかげで儲かってたまらん。こんなに銭が手に入るのは初めてだ」

「何だと」

「そうだ。屋代殿。お主も材木や築城の材料を売ったどうだ。儲かるぞ」

「村上を裏切るわけにはいかん」

「ハハハ・・真田殿が村上を攻めないと言っているはずだ。お主は村上殿に仕えながら、こっそりと人を通じて売ってくれれば、良い稼ぎになるだろう。村上殿に咎められない程度に売ってくれればいい。なんなら、収穫が終わったこれからの季節、お主の領内の百姓たちが人足として稼ぎにきてくれてもいいぞ。大いに歓迎するぞ」

「だが・・」

「今日は我らが村上家と戦うつもりが無いことを知ってくれればいい。稼ぎたいなら後でこっそりと儂のところに使いをくれ。悪いようにせん。上手く稼がせてやるぞ」

屋代正国は柵の向こうを見ると、他にもよく知る信濃国衆の笑顔が多く見えていた。

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