第33話 善光寺平へ

天文16年8月下旬

信濃国の高梨政頼が北信濃の国衆らとともに急遽春日山城にやってきた。

北信濃飯山から中野を拠点する高梨政頼は,越後と信濃の国境を抑える重要な役割を持っていて,北信濃における最も信頼できる国衆である。

そして,政頼の母は景虎の祖父・長尾能景ながおよしかげの娘。

父為景・兄晴景も幾度も高梨家に助けられている。

景虎は、兄晴景と共に高梨政頼と会うことにした。

高梨政頼は、兄の一つ年上で景虎の越後守護就任の時も祝いにやって来ていた。

「政頼殿、久しぶりだな」

長尾晴景は、高梨政頼の顔を見ると嬉しそうに言葉を交わす。

「晴景殿、体調は良さそうで何よりだ。景虎殿は、春先に関東で大活躍だったそうではないか」

「叔父上。私だけの手柄ではありません。関東管領様や関東の諸大名の協力の賜物ですよ」

「景虎殿がこれほどの武勇を示せば、越後は安泰だな」

「ところで叔父上、此度は急に来られて何がありました」

高梨政頼は表情を引き締める。

「信濃佐久郡が甲斐国武田晴信に完全に制圧された」

「信濃佐久郡が武田の手に落ちたのですか」

「最後まで抵抗した志賀城の笠原殿への仕打ちがあまりに酷い」

高梨政頼の表情に厳しさが増す。

「それほどまでに酷いのですか」

「関東管領殿から三千の援軍が向かったのだが、その援軍が罠にかけられ小田井原で一人残らず殺され、その三千の首を志賀城の城門前に並べたのだ」

「なんと三千もの首をですか」

「それだけでは無い。降伏した笠原一族・家臣とその家族は、男たちは皆殺しにされ、女子供は奴隷として売り払われた」

「降伏した相手にそのような非道を行ったのですか」

「佐久の者たち・・いや、信濃の者たちへの恫喝だ。逆らえばお前たちもこうなると言う」

「武田晴信は、どこまで非道な行いをするのだ。甲斐の実権を握るために実の父を騙して追放。諏訪でも同盟していた諏訪家を攻め、和睦したのちに騙し討ちにした。此度も佐久で非道な行い。許せない」

「武田晴信は野心の塊だ。諦めると言うことを知らない。一度狙ったらどこまでも狙い続ける。この先が心配だ」

「叔父上。わざわざ越後府中にまで来られたと言うことは、何か考えがあってのことでしょう。それは何です」

「支援をしてほしい。今のままなら村上義清との争いにも押されていくことになる」

景虎はしばらく考え込む。

考え込む景虎を見ていた晴景が声をかける。

「景虎。難しく考えることは無い。周辺国衆がどう出るとか、村上がどう反応するとか考えないくてもいいではないか。身内同然の高梨が助けを求めている。ならば、助けるのが道理。この際だ、信濃善光寺平(長野盆地)に城を築いてしまえ」

「善光寺平に城ですか、ですが善光寺平は村上と高梨で争っている土地。村上が黙っているとは思えません」

「争っているなら高梨の土地と言ってもいいわけだ。高梨の土地だと言い張り、高梨の要請で城を作っていることにしてしまえ。幸い銭と兵は大量にある。表向きは高梨の城ということにして作ってしまい、実際に城に詰めているのは景虎の旗本衆である常備兵でいいのでは無いか」

「善光寺平ですか」

確かに善光寺平に先に城を作っておけば、何かと都合がいい。

対武田を考えても確かにほしいところだ。

このまま放置しておけば、前世のように武田晴信の重臣が、北信濃に城を築いて居座ることになる。そうなって仕舞えば、そんな状況を変えるのは難しくなってしまう。

そういえば生まれ変わる前,この頃に甘粕景持に命じて信濃国善光寺平へ向かう要衝である髻山もとどりやま(現在の長野県飯綱町)に山城を築かせていたことを思い出していた。

この際だ,髻山と善光寺平の両方に城を築いてしまえば良い。

「景虎殿」

高梨政頼が姿勢を正して景虎を見る。

「如何しました」

「景虎殿。高梨家を救い、信濃国を武田晴信から守るために、善光寺平に城を築いてもらいたい。お願い致す」

高梨政頼が頭を下げた。

兄晴景を見るとにこやかに笑みを浮かべている。

「まさか兄上、事前に高梨殿と打ち合わせでもされたのですか」

「何のことかな。景虎は助けを求める高梨殿を救うだけであろう」

「ハァ〜、やれやれ。二人していつの間にそんな話をされたのやら、ならば善光寺平は、我が家臣に治めさせてもよろしいですか」

「そのことであれば承知した。この政頼は文句は言わん」

「承知しました。ならば至急準備をして築城に取り掛かりましょう」

「景虎殿、有難い。助かる」

高梨政頼は顔を挙げるとすでに笑顔であった。


ーーーーー


景虎は、すぐに真田幸綱と甘粕景持を呼んだ。

「甘粕景持お呼びとのことで参上しました」

「真田幸綱お呼びとのことで参上しました」

「急遽、信濃善光寺平に城を築くことになった。真田幸綱は,宇佐美定満らとともに善光寺平に出向き城を築いてもらいたい」

「善光寺平にですか」

「そうだ。甲斐の武田晴信が佐久を制圧した。武田晴信は、佐久で最後まで抵抗した笠原一族と家臣・その家族に対して惨たらしい仕打ちを加えたそうだ。あまりの酷さに信濃国衆や領民が動揺している。北信濃に我らの力を示して安心させる必要がある。そのためには善光寺平に城を築くかねばならん」

「善光寺平ですと村上義清が黙っていないのでは」

「善光寺平は、高梨と村上が領有で衝突しているが、我らの軍勢がいれば簡単に手出しできまい。ただし、向こうが攻めてこない限りこちらからは攻めるな。作る時は高梨の城という名目であるが、出来上がったら幸綱が城代として善光寺平を治めよ。これは高梨政頼殿からも認めてもらった」

城代として善光寺平を治めろとの言葉に真田幸綱は驚いた。

「この幸綱が城代として治めてもよろしいのですか」

「かまわん。敵との最前線になるため,築城に関して赤龍衆1万を貸し与える。完成後は常時3千の兵を詰めることとする。銭は全額儂が持つ。好きなように作れ。村上義清も武田晴信も驚くようなデカイ城を作り,我らの力を見せ付けるようにせよ」

「どのあたりがよろしいですか」

「犀川か千曲川を外堀に利用して、さらにその水で内堀を作り、堀を二重にする。高梨氏館や若槻里城から離れ過ぎない場所がよかろう。高梨氏館や若槻里城が近ければ連携も取れるだろう」

高梨氏館は高梨家の居城であり、若槻里城は高梨氏の一族である若槻家の城であった。

「少なくとも犀川を南の天然の堀にできる。可能なら千曲川を東から東南の堀に使えればさらに良いということですな」

「そうなれば、なお良いな。それと最近雇い入れた赤龍衆の者に近江国の穴太衆あのうしゅうの出身者がいる。石垣を組むことに関して知識がある。築城に使ってみろ」

穴太衆とは、古代古墳建築に携わった石工達の末裔で、石材を扱う職人の集団であり、比叡山などの寺社の石垣を作っていた。

城の石垣が一般化すると全国の築城に引っ張りだこになる職人達である。

「石垣でございますか。承知いたしました。早速取り掛かりましょう」

真田幸綱が信濃善光寺平に城を築くこととなった。


「甘粕景持,お主は北信濃の髻山に善光寺平城の後方支援の城を築け。野尻城・飯山城とともに越後への門番の役割を果たす城になる」

甘粕景持は後年上杉謙信を支える上杉四天王と呼ばれるほどの猛将であり,景虎と年の近い若き武将である。

「髻山でございますね」

「そうだ。重要な城である。善光寺平城同様,かかる銭はすべて儂が持つ。築城の人材も越後から送り込む。赤龍衆2千を貸し与える」

「承知いたしました」

「この二つの城がこれからの信濃政策の重要な城になる。頼んだぞ」

「「はっ」」

武田晴信との対決に向けて先手を打つために,景虎の指示で二つの城が築かれることになった。

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