第32話 風流踊り

夏の暑い日差しが照りつける中、長尾景虎は春日山城城下町の中にある代官所にいた。

兄である長尾晴景が皆で風流踊りをやると言い出し、そのための準備を行なっていた。

畿内ではその昔、時宗の念仏踊りを盂蘭盆で踊っており、それがやがて、五穀豊穣や雨乞いなどを名目にして、それぞれが趣向を凝らした身なりで集団で太鼓や笛・かねを鳴らして踊るように変化していき、場所によっては小歌をいくつか組み合わせて歌として歌うことも行われるよになった。

さらに畿内では場所にもよるが、大掛かりな作り物や被り物まで登場するところもある。

京の都の朝廷や幕府に出向いて帰って来た者達や商人達の話から、風流踊りを聞いた長尾晴景がその気になって始めることになった。

すでに家臣・領民にも広く告知して誰でも踊ってかまわんとの触れを出している。

そのため晴景・景康・景房・景虎の兄弟も仮装して踊ることになったのだ。

「姉上。本当にこの姿でやるのですか・・・」

長尾景虎はすっかり困り果てていた。

「フフフ・・・よく似合いますよ」

晴景の正室であり、景虎の義姉である志乃は景虎の姿に満足そうに笑顔を見せていた。

「景虎の支度はできたか」

景虎の兄である長尾晴景が部屋に入ってきた。

「兄上、その姿は」

「強そうであろう。武蔵坊弁慶だ」

白い頭巾を被り黒地の着物を着た僧兵のような身なりで木製の薙刀を片手に持っている。

「ならば私のこの姿は」

「弁慶がいれば、当然、源九郎義経に決まっているだろう」

景虎は、公家の幼子が着るような衣装に近いものを着せられていた。

「義経記で清水寺での戦いに出てくる、源九郎義経様を考えてこの衣装にいたしました。この姿を見せられたら全ての女子は景虎殿に惚れてしまいそうですよ」

南北朝時代に書かれた義経記では、義経と弁慶が五条大橋では無く清水寺で戦ったとある。

「姉上が嬉しそうにしてくれるのは嬉しいのですが、源九郎義経様ですか・・・見た目をもう少しどうにかできませんか。もう少し見た目が強そうな姿をしたものの方が良いかと思うのですけど・・見た目に武士としての威厳というか・強さが足りないかと思うのですけど、やはりここは守護代としての威厳を見せるべきかと思うのです」

景虎自身としては、もう少し強そうな姿にしてほしかったのだが、志乃からの要望を拒否できずに、まさに着せ替え人形。

志乃の意向で取っ替え引っ替え衣装を変えて現在の衣装に落ちついたのだ。

そんな景虎を見つめる志乃は、自分の子供のように景虎を扱い、とても満足そうであった。

「いいえ!!!景虎殿にはこれがぴったりです。これ以外には考えられません。それに景虎殿。まだ出来上がっていません。少しじっとしていてください」

志乃は景虎の顔に白粉と紅を塗っていく。

「できました」

景虎は鏡を見る。

白粉が塗られた顔に紅でいくつもの線が引かれていた。

江戸時代に始まる歌舞伎の隈取りに似ている。

「これは一体どういう意味が」

「特に意味はないですよ。このほうが強そうでしょうし、目立ちますから」

「どうしてもですか・・他のものにしませんか」

「よくお似合いですよ。このままいきましょうね」

大満足の笑顔で話す志乃の言葉を拒否できずに渋々受け入れる景虎。

「兄上。どうにかできませんか」

「ハハハハ・・・景虎、諦めろ。志乃は言い出したら曲げないぞ。それによく似合っている」

「ハァ〜」

さらにそこに残る二人の兄も仮装してやってきた。

次男の長尾景康は黒鬼の姿。

三男の長尾景房は鷲に扮していた。

「兄上達は強そうでいいですね」

自分の身なりがあまり強そうに見えないため、強そうな姿をする兄達が羨ましい景虎。

「これは盛り上がりそうね」

景康、景房の姿を見た志乃がますます嬉しそうにする。

街中からは賑やかなかねや太鼓・笛の音が聞こえてきていた。

「準備はできたな、行くぞ」

兄晴景を先頭に長尾四兄弟は街中へと向かう。


街中では、すでに多くの人々が集まっていた。

初めての風流踊りに誰もが興味津々であり、続々と人々がやってくる。

風流踊りを盛り上げるために、晴景の指示で先に神社の神輿が練り歩いていた。

大通りに現れた長尾四兄弟の仮装を見て、家臣や領民達からより一際大きな歓声が上がる。

その声に応えるように長尾晴景が前に出た。

「これより、都で流行っているという風流踊りを行う。誰でも踊ってかまわん。踊り方は自由だ。どんなふうに踊ってもかまわん。五穀豊穣、天下泰平を願い皆で賑やかに踊ろうぞ。さあ、太鼓を鳴らせ、鉦を叩け、笛を吹け。賑やかに踊れ」

長尾晴景の指示で踊りが始まる。

賑やかに鉦や太鼓・笛の音が鳴り始める。

景虎は横笛を手に持って構え、笛を吹きながら踊り始めた。

武蔵坊弁慶の晴景が力強く舞い。

赤鬼姿の景康が踊る。

鷲の姿の景房も負けじと踊っている。

源九郎義経役の景虎は、軽やかに舞いながら目抜通りを進んでいく。

特に決められたルールも無く、踊り方は自由であり、多くの家臣・領民が踊りの輪に加わり踊っている。

剣舞を模した動きをするもの。

両手を高く掲げて激しく踊るもの。

手拍子をしながら踊るもの。

酔っ払いながらも踊るもの。

誰もが自由に思い思いの形で踊っていた。

そして、その賑やかな踊りの輪は街中に広がっていき、踊りの熱狂が春日山城城下町を包み込んでいった。

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