第25話 来訪者
河越夜戦を景虎の活躍で歴史を変え勝利へと導いたことで、関東管領家から景虎の活躍を讃える感状が届いていた。
越後守護代長尾晴景のところには、関東管領上杉憲政からは、景虎の活躍を讃え今後とも力を貸してほしいとの書状も届いていた。
このことが知れ渡るとさらに多くのものが、常備兵に応募。
間も無く2万になろうとしていることも越後国衆に驚きを与えていた。
そんな驚きが駆け巡った越後国春日山城に3人の男がやって来た。
一人は医聖との呼び声の高い田代三喜の直弟子である曲直瀬道三。
医聖田代三喜亡き後、田代三喜の医術の全てを受け継ぐ人物である。
景虎から兄晴景を診察して欲しいと依頼したところ、朝廷と将軍家より京に招聘されているとのことであったため、途中でも良いので立ち寄り診察して欲しいと要望していた。
その願いに応えて、越後府中春日山城にわざわざ立ち寄ってくれたのだ。
景虎は、別室に曲直瀬道三を呼び寄せ、残りの二人は広間にて待ってもらうことにした。
別室に家臣に案内された曲直瀬道三がやって来た。
曲直瀬道三は、兄晴景よりも二つ年上で今年四十に届く年齢らしい。
「越後守護代長尾晴景に代わり、守護代を代行しております弟の長尾景虎と申します」
「曲直瀬道三と申します」
「曲直瀬殿、朝廷と将軍家に呼ばれているのに、わざわざ越後に立ち寄っていただき申し訳ない。我が兄で越後守護代である長尾晴景をぜひ診察していただきたい」
「承知いたしました。我が師である田代殿から受け継いだ医術。役立つなら喜んで診察させていただきます。それと、様子を見ながら使う薬を決めていく必要がございます。しばらく日数がかかるかと思います」
「承知いたしました。兄をよろしくお願いいたします」
曲直瀬道三は、家臣の案内で奥の部屋にいる長尾晴景の診察に向かった。
長尾景虎は、曲直瀬道三を見送ると残る二人と話をするために広間に向かう。
広間には、すでに二人の人物が座り待っていた。
一人の男は京の都からやってきた若い彫金師。
足利将軍家お抱え彫金師である後藤家。
その分家の末弟であり名を光徳と言う。
庶子でもあるため後藤の名は名乗っていないとのことだ。
しかし、彫金師としての腕は確かと聞いていた。
彫金師とは、刀剣を装飾する金具全般を扱う職人であり、細かな細工の技術が要求される職人である。
もう一人は、越後国頸城郡三条にある鋳物師の座である大崎鋳物座の差配役。
三十を少し超えたように見える男で名は源蔵と名乗っている。
大崎鋳物師は、寺の梵鐘や鰐口を多く手がけ、他にも鉄鍋なども手がけている鋳物職人たちの集団。
遥か昔に、河内国の鋳物職人が移住してきて技術を伝えたの始まりと聞いている。
それ以降、技術を継承して多くの職人たちに技術を伝えて来ているとのことだ。
「二人ともよく来てくれた。儂が兄に代わり守護代を代行している長尾景虎である」
「彫金師の光徳と申します」
「大崎鋳物座の源蔵と申します」
「来てもらったのは、重要な仕事を頼みたいからだ」
「どの様な仕事でございますか」
光徳が尋ねてきた。
「銭だ」
「銭?」
「そうだ。銭だ。これからやってもらう仕事は新しい銭を作ることだ」
「新しい銭でございますか」
「大崎の鋳物師たちが、鋳物の技術を用いて同じ形と重さで金や銀の板を作る。それを彫金師が極印や紋様を刻み込んでいくことで新しい銭を作る」
「金と銀の銭でございますか」
「何種類か作るが、銭として通用するように金と銀の銭の表面に京目壹両や京目壹分と刻みその価値があることを示す。示すだけではなくその価値あるように金銀の質を維持することも重要だ」
京目とは室町幕府が定める金や銀の価値のことを言う。
京目に対して田舎目がある。
田舎目は京目よりも高い質を求め、金や銀の含有率の高いものを指している。
大名によっては田舎目を使うことを禁止して、従わないものを処罰するなども行われていたが、幕府に力が無いため徹底できないでいた。
「今までやったこともございませんが、やることは金属の細工であれば刀装具の細工と同じでございますから、問題はないかと」
「我ら大崎鋳物師も使う金属が鉄から金銀に変わるだけでございますから、最初は多少試行錯誤は必要かと思いますが出来るかと思います」
「扱うものが重要な金と銀であるから、鋳物師たちも越後府中に移り住んでもらう必要があるから,屋敷と工房は全てこちらで用意する。ここ越後府中で全て作業行い完成させる」
「「承知いたしいました」」
景虎は、甲州金同様に金銀の重さを表す両や分を銭の単位として使う方が、商人たちも価値を判断しやすくなり積極的に使ってくれると判断して、それぞれの表面に京目壹両・京目壹分と刻むことにした。
「必要な道具は用意させる申し出てくれ。それと重要な金と銀を扱う。不正など起きぬように細心の注意を払ってくれ。銭座奉行として蔵田五郎左衛門をあてる。指示にはしっかり従ってくれ」
「極印はどのようなものをお考えですか」
「光徳殿。それぞれの価値を示す京目壹両・京目壹分は当然入れる。この他に越後を示す‘’越‘’、儂が信仰する毘沙門天を示す梵字一文字を入れたい。可能なら長尾家の九曜巴も入れたいな。表裏両方使ってかまわん」
「一両銭であれば可能ですが、一分銭ですと小さいので全ては難しいかと思います」
「ならば、いくつか試作して決めるとしよう。いくつか試作してみてくれ」
2週間ほどして大崎鋳物師たちが越後府中にやってきて、銭座の工房でさっそく試作品作りが始まった。
彫金師と鋳物師が協力しての銭作り。
鋳物師たちが鋳型で作り出し、まだ極印の無い金と銀の銭。
それぞれの銭には鋳型で京目壹両、京目壹分と入るように作られている。
他には金の10両大判と銀の小銭として1朱銀を作っていた。
彫金師である光徳が極印を刻み込んでいく。
金の十両大判と金一両と銀一両には、景虎の要望した極印が全て刻まれている。
景虎はそれを手に取り満足そうな笑顔を見せていた。
一分銭には表に京目壹分、裏に極印、一朱銀は表に壹朱、裏に極印を刻んでいる。
景虎とともに試作品を眺める銭座奉行の蔵田五郎左衛門は、銭を手に取り表裏ともにじっくりと眺める。
「十両大判と一両銭はこのままで宜しいかと思います。一分銭や一朱銭に関しては一つだけの極印です。九曜紋は使う大名もそれなりにおります。梵字も宗派によっては揉める可能性もございます。この二つは単独で刻むのは避けた方がよろしいかと」
「そうなると‘’越‘’の文字か」
「一分銭や一朱銭であれば問題ないと思います」
「分かった。一分銭や一朱銭の裏には‘’越‘’の文字を極印するものとする」
この日から越後府中の銭座は本格始動が始まり、大量の金銀の銭を生み出していく事になる。
銭の話が終わると軒猿の猿倉宗弦から報告があるとのことで、春日山城の広間へと向かう。
銭座を出るとすぐに猿倉宗弦が待っていた。
「宗弦。如何した」
「先ほど真田幸綱殿とその一族をお連れいたしました」
「そうか。ようやく来てくれたか」
「真田幸綱殿と嫡男の源太郎殿を広間に待たせております。その他の者達には用意しておいた城下の屋敷へ案内しておきました。それと河越の戦いの後,甲斐の武田から接触があったそうですが,当家が早いうちに高禄で声をかけてくれたため,当家を優先してくれた様です」
「分かった。急ぐとしよう」
広間へと急ぐ景虎。
景虎が広間に入ると広間中央に二人の人物が座っている。
景虎は上座中央に腰を下ろした。
「儂が長尾景虎である」
「真田幸綱と申します。これなるは嫡男の源太郎にございます」
「よくぞこの越後まで来てくれた。礼を言う」
「縁もゆかりも無い身でありながら,高禄にて召し抱えていただき,さらに広い屋敷まで与えていただき,ありがたき幸せに存じます」
「喜んでもらえて何よりだ。この先,信濃国での騒乱が激しくなってくれば真田殿の力が必ず必要になってくるであろう」
「信濃国で騒乱が激しくなるのですか」
真田幸綱は,長尾景虎の言葉に多少驚いている。
「これから甲斐の武田晴信と信濃国衆の村上義清の争いが激化するであろう。そうなった場合,少なくとも北信濃を我らの勢力下に置けるかどうかが越後の命運を握ることになる。村上義清は最初のうちは有利であるが,やがて武田晴信の謀略により追い込まれていくと見ている」
「我ら真田家は海野一族でございます。我ら海野一族は,信濃国小県を領地として代々生きて参りました。5年前に村上義清に信濃国小県を奪われ,惣領家を含め多くの者達が死にました。信濃国小県を取り返すことが我らの悲願」
「上野国でも話したが真田家の先祖代々の地が信濃国小県であれば,今すぐは無理でも将来取り返すことを約束しよう」
「承知いたしました。ならばそのお言葉を信じ,この真田幸綱と我ら真田一族。長尾景虎様を全力で支えさせていただきます」
「分かった。期待しているぞ」
長尾景虎は生まれ変わる前は敵であり,そして信濃国を知り尽くした真田幸綱を味方に引き入れることに成功するのであった。
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