第23話 河越夜戦(2)
関東管領上杉憲政による河越城包囲戦が始まり七ヶ月目の天文15年4月20日。
関東の趨勢を決める運命の一日が始まろうとしていた。
北条は弱いとの噂が関東管領の軍勢の中で流れ、関東管領軍に集ったほぼ全ての者達がその噂を信じてしまっており、そのことに北条氏康は自信を深めていた。
関東を牛耳る山内上杉と扇谷上杉を打ち倒すための策が効いていることを確信。
噂という猛毒が十分に回った今こそ、上野国山内上杉家・武蔵国扇谷上杉家を倒せると確信にも近い自信。
関東管領上杉憲政が8万を超える大軍勢で河越城を包囲した時は、北条氏康も流石に慌てた。
軍勢が河越城に攻めかからぬ様に、北条寄りである関東の国衆や諸大名に働きかけ、そして戦を引きのばすため、北条よりの国衆を経由して大量の酒を陣中に送り込み、遊女を送り込み戦う気概を奪う。
さらに北条氏康は、4回に渡り包囲する軍勢に戦を仕掛け、わざと負けて退却すことを繰り返していた。
そして、戦う気が無いと見せるため幾度となく関東管領に偽りの降伏申し出て、詫び状を出し、従うと言ってみたり、河越城を渡すと言ってみたりして、徹底的に戦を引き延ばしている。
河越城から離れた所にある武蔵国府中。
北条氏康の本陣は、武蔵国府中に置かれ8千の軍勢が本陣を守っていた。
河越城の3千を除けば、この8千の兵力が北条家が河越城のために動かせる全兵力である。
そしてその本陣の中では、北条氏康とその叔父である北条幻庵が今後の動きを話し合っていた。
「氏康殿。関東管領殿の陣中はかなり緩んできている様ですな」
北条氏康の叔父である北条幻庵は、氏康の策が上手く動いていることに嬉しそうに話している。
「叔父上のお陰です。叔父上の助言がなければここまで上手く敵を騙すことはできませんよ」
「どんな策であっても、それを実行できるかどうかは別の話。ここまで敵を完璧に騙して見せる氏康殿は見事だ」
「我ら北条の数が大きく劣る以上、勝つには奇襲しかない。ならば、徹底的に敵の油断を誘うしか勝つ道がないから必死で動いた結果です」
「その結果、北条は戦に弱いとの評判が敵の陣中に蔓延して、北条はとても楽な相手であると信じ込み完全に緩み切っている」
「噂と言う猛毒がかなり効いてきています。そろそろ敵を叩きのめして河越城に籠城している者たちを救い出すとしますか」
「そうだな。いつまでも舐められたふりは良くないだろう。我らの恐ろしさを見せつけてやらねばならんな」
「今夜、いよいよ奴らを叩き潰します」
北条氏康は夜戦の準備を指示していた。
日が沈みあたりが暗くなる。
北条氏康は8千の軍勢を4隊に分け、このうちの1隊を多目元忠に預け後詰めとして、氏康は残る3隊を率いて戦うことにする。
「皆よく聞け。我らは8千の軍勢で10倍の敵を倒さねばならん。いかに早く動くかが大切だ。大将首以外はいらん。そんな暇があれば一人でも多く斬り倒せ。そして、奴ら関東管領に与するものたちをかき回して同仕打ちをするくらいに混乱させよ。敵陣の中で関東管領の上杉憲政が討たれたと、わざと声高に叫べ。それと重い鎧兜は不要だ。動きが遅くなる。全員、鎧兜を外せ」
皆重い鎧兜を外し身軽となる。
「もうすぐ子の刻(23時〜1時)になる頃だ。奴らが油断し切って寝ている頃であろう。奴らに引導を渡してやる。行くぞ」
北条氏康率いる軍勢は夜陰に紛れて、河越城へと向かう。
暗い夜道をひたすら河越城へと走る。
最初の狙いは、武蔵国を北条と争っている扇谷上杉家の軍勢。
扇谷上杉の多くの国衆は既に北条に与するものが多くなっている。
あとは扇谷上杉家当主である
闇夜を進む北条氏康の目に、やがて扇谷上杉家の陣が見えてきた。
篝火がいくつか見えるが見張りたちの姿が見えない。
見張り達も寝てしまっているようだ。
風に乗って酒の匂いがしてくる。
「敵ではあるが油断もここまでくると、哀れに思えてくる。どんなに平穏であってもここは戦場だ。戦場であることを忘れていたら死ぬというのにな」
北条氏康は一言つぶやく。
「行け」
その言葉を受け、北条の軍勢は扇谷上杉の陣へと殺到していく。
寝ていた扇谷上杉の者達が次々に討たれていく。
「敵・敵襲・北条が攻めてきたぞ」
ようやく、声が上がるが既に陣中深く北条勢が入り込んでいるため、もはや敵味方の見分けがつかず同士討ちも起き始めていた。
「上杉憲政様が北条に討たれたぞ」
「憲政様が討たれた」
「管領様が討たれたぞ」
北条勢による撹乱の声が上がり、それを聞いた扇谷上杉の家臣達に動揺が走る。
「憲政様が打たれただと」
「そんな馬鹿な」
「もう終わりだ」
「逃げろ」
そんな中、上杉朝定は酒に酔ってふらつきながらも馬に乗り逃げ出そうとしていた。
「いたぞ。上杉朝定があそこにいるぞ」
北条の足軽達の声が響き渡った。
上杉朝定は太刀を抜いて北条の足軽を斬りすて、なんとかして逃げ出そうとしていたが、酒に酔った状態で上手く馬に乗ることができない。
「クッソ・・寄るな。下郎の分際で」
上杉朝定は馬に乗ることを諦め、再び太刀を抜いて振るうが、酒に酔っているため太刀を振ると体がふらつく。
「その首もらった」
北条の足軽達の槍が胸を突き刺し、太刀が首を切っていた。
「上杉朝定を討ちとったぞ」
「扇谷上杉の上杉朝定を北条が討ちとったぞ」
扇谷上杉家当主上杉朝定が討たれたとの声で、扇谷上杉の軍勢は一気に崩れ完全に崩壊した。
北条氏康はそのまま軍勢を関東管領上杉憲政の陣へ向けるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます