第21話 関東へ

景虎の考えで急遽、越後勢の関東への出陣準備が始まった。

既に関東管領上杉憲政が関東の国衆と諸大名に檄を飛ばし、8万の軍勢で北条家の支配する武蔵国河越城を包囲していた。

その包囲の輪に加わるためである。

「景虎。準備は順調か」

「兄上。すでに宇佐美定満、柿崎景家、本庄実乃は準備を終えております。長尾政景は我らが魚沼郡に入ったところで合流の予定です」

「くれぐれも無茶はするなよ。おそらく北条は、死んだフリをしながらとことん油断を誘ってくる。他の諸大名の緊張感の無さに飲み込まれるな。後学の為とでも言って少し離れたところに陣を置け、そうだな、後詰めとして参陣すれば良いだろう」

「承知しております。事前に兄上と話し合ったようにして行こうと思います」

長尾晴景と景虎は、事前の情報ですでに河越城を包囲している8万の軍勢に油断が見て取れるとの情報を得ていた。

兄晴景からは、油断の雰囲気に飲み込まれるといざという時に戦えぬと言われ、理由をつけて少し離れたところに陣を置くつもりである。

景虎の率いていく兵は、常備兵7千に長尾政景、宇佐美定満、柿崎景家、本庄実乃らを加え、総勢1万2千。

表向きの目的は、河越城包囲に加わることで関東管領山内上杉家との関係修復を図ることと、関東の情勢に関する情報を集めることである。

景虎の父為景が、前越後守護・上杉房能うえすぎふさよしと前関東管領・上杉顕定うえすぎあきさだの山内上杉家の二人を戦で倒しているため、関東管領山内上杉家とは対立関係にあった。

しかし、北条の脅威に押されつつあるためか、関東管領家は越後国との関係修復を考えており、河越城包囲に誘われたのは、関係修復を望む現れでもあった。



同行してくる者達には言えないが、景虎の本当の狙いは別に二つあった。

一つ目の狙いは、4月末に北条が仕掛ける夜戦である。

夜戦を仕掛けてくる北条に対して、そこを逆に狙い撃ちにして北条の勢力を徹底的に叩く。

夜戦を仕掛けてくる北条氏康本体は8千。

こちらは1万2千。しかも北条の動きを知っている。

夜戦で北条を叩くことにより、関東管領上杉憲政殿の権威の低下を防ぎ、関東管領家の崩壊を防ぐことが目的。

さらに北条家の力を徹底的に削ぎ落とし、当面は身動きできないようにすることである。

こうしておけば、上杉憲政が越後に逃げてくる未来を少しでも変えることができるはずと考えていた。

ここで関東管領上杉憲政の権威と力を落とさすに済めば、信濃国佐久郡に関東管領の力を十分に及ぼすことができることになり、武田晴信の信濃制圧を邪魔できるはず。

二つ目が、信濃国小県郡を追われ上野国箕輪城主長野業正殿のもとに身を寄せた、真田幸綱とその一族を全て雇い入れること。

真田幸綱は、武田晴信の信濃国侵略に大きな役目を果たす人物。

武田晴信の指示で信濃国内で暗躍して、多くの信濃国衆を武田側に引き入れる役割を果たしたと聞いている。

なんとしても長尾家で雇い入れる必要がある。

多少高禄でも雇いれることができたら北信濃を抑えることに大きな力となることは確実であり、武田晴信の信濃攻略に大きな足枷となることは確実と考えていた。

軒猿の調べでは、武田晴信はまだ接触してきていない。

もしも武田側が接触しようとしてきたら、徹底的に邪魔をさせてもらうことになる。

味方につければ、真田幸綱の調略の力で多くの信濃国衆を味方につけることができる可能性がある。

戦いは北条の仕掛ける夜戦ただ一つのためかなり長期間にわたる滞陣となる。

兵糧は多く用意する必要がある。

軒猿の猿倉宗弦には関東・北条・武田の情報を集めるように指示してあり、すでに軒猿は動き出していた。



慌ただしい春日山城に、急遽佐渡から本間有泰がやってきた。

急いで報告することがあるとの事だ。

景虎が広間に入ると本間有泰はかなり急いできたためなのか、どこかそわそわしている。

「景虎様。人払いをお願いいたします」

「ならば、奥の部屋で話そう」

他に人を入れないようにして奥にある部屋に本間有泰を呼ぶ。

「それで有泰殿。そんなに慌てて如何した」

「金山が見つかりました。金ですよ。新たな金が出たんです」

本間有泰は興奮気味に話し始めた。

「景虎様の指示に従い佐渡領内を調べましたら、佐渡に新たな金山が見つかったんですよ」

「金山があったのか」

景虎は、兄・晴景から念のため調べてみたらどうだと言われ、ダメもとで佐渡島内を調べさせていた。

「鶴子銀山のさらに奥の山にありました。相川の集落になります。かなり有望かと思います」

「よくやった。見事だ有泰殿」

景虎の言葉に嬉しそうな表情をする本間有泰。

「ありがたきお言葉、必死に探した甲斐があったというものです。他にも銀山を見つけておりますので、かなりの規模になるかと思います」

「それは嬉しい話だ。採掘の準備は」

「すでに準備を始めております」

「すぐに取り掛かってくれ、必要な物があれば言ってくれ。用意する」

「承知いたしました」

景虎は、新たな金山発見を聞き、新たな試みを行うべきだと考えていた。

やはり金を上手く使ったのは武田晴信。

幾度も死闘を繰り広げた因縁の相手であり、奴のやる事は腹が立つことが多いが、政策能力はとても高いことは分かっている。

そんな武田晴信が、甲斐の金山から得た金を元に作ったのが甲州金と呼ばれた金でできた銭。

佐渡の金山が本格稼働したら、越後で独自に銭を作ることもありなのかもしれんと考えていた。

佐渡からは銀も大量に出ている。

金と銀の銭を作り流通させることで発展させることが可能になるはず。

その銭を使えば、越後の更なる発展を可能にするができ、その銭を国衆の取り込みに使えば効果的になると考える景虎であった。

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