第20話 関東出兵と火縄銃

黄金色の稲穂が風に揺れている。

梅雨の雨は、暴れ川を溢れさせるまでは降らず、どうにか暮らしていけるだけの実りをもたらしてくれた。

農民達は笑顔を見せながら刈り入れに精を出している。

春日山城では長尾晴景と景虎の関東情勢についての話し合いが行われていた。

「景虎。関東管領上杉憲政様が8万もの大軍を集めて、北条の支配する武蔵国の河越城を包囲したそうだ」

「8万ですか」

「過去の経緯は水に流すので、我ら越後勢も参陣してほしいと求められたが、国内の情勢不穏のためと言って断った」

「断ったのは国内の国衆のせいですか」

「いや、どうも嫌な予感がするので断った」

「嫌な予感ですか」

「大軍の数に酔いしれているように思える」

「8万もの大軍ですよ」

「普通ならば勝つだろうな。だが今までも北条はあの手この手でしぶとく生き残ってきている。数の力は大きいが絶対では無い」

「8万の軍勢で負けると思われるのですか」

「戦いは大将の采配しだいだ。敵の大将が戦上手ならひっくり返ることもあり得る。あまり言いたくないが上杉憲政殿は戦上手では無い。わずか3千の兵が籠城する城だ。皆大軍の数に酔いしれ相手を侮り命懸けで戦わないだろう。短期で一気に蹴りをつけられないようなら危うい」

景虎は、しばらく考え込んでいたが、8万もの軍勢が敗れる河越の戦いだと気がついた。

兄の言う通り、北条があの手この手で戦を引き延ばし、軍紀が緩んだところ狙い北条が夜戦を仕掛けて勝った戦だった。

この戦い以降,関東管領の威光に翳りが現れ,坂道を転がり落ちるように急速に勢いを失っていくことになる。

その事を示唆したところで上杉憲政殿は笑うだけだろうから放っておくしかない。

そんことを考えていた時、もう一つ思い出したことがあった。

上杉憲政の陣営に海野一族が加わっているかもしれん。

武田晴信との戦いで見事な働きを見せた武田陣営の武者に,海野一族の真田と言う男がいた。

気になって調べさせたら、故郷信濃国小県を追われた時に上野国箕輪城主である長野業正のところに身を寄せていたこともあったと聞いた。

もし、まだ上野国にいるならば一族丸ごと自分の直臣に貰い受けることにするか、そんなできる男をむざむざ武田晴信にくれてやる訳にはいかんだろう。

河越夜戦の北条の動きは,分かっている。

前世で関東管領を継いだときに,北条の戦い方を知るため河越夜戦を調べていたからだ。

ならば,河越夜戦に介入して関東管領を勝たせれば、関東管領山内上杉家は崩壊しないかもしれん。

「兄上,私が1万の軍勢を率いて関東に赴きましょう。関東管領様との関係もよくなりましょうし、関東の情勢を知る良い機会です」

「何、景虎は本気で行くつもりか」

「兄上、無理いたしません。どうか許可を」

長尾晴景はしばらく景虎を見つめていたが、大きくため息をつく。

「言い出したら聞かんからな、分かった。その代わり上田長尾の長尾政景を連れていけ、何かと頼りになるはずだ」

「兄上、ありがとうございます」



情勢を話し合う二人の下に蔵田五郎左衛門がやってきた。

「五郎左衛門、如何した」

急にやってきた蔵田五郎左衛門に景虎が声をかける。

「以前、景虎様がご依頼されていた物が手に入りました」

蔵田五郎左衛門の家人たちが細長い木箱を持ってきた。

「時間がかかりましたが、ようやく手に入れることができました。九州では火縄銃と呼んでおりました」

木箱の蓋を開けると、5挺の火縄銃が並んでいた。

一つを手に取るとずっしりとした重さが伝わってきた。

鉄でできた銃身が鈍い光を放っている。

「よく手に入れてくれた」

「性能をご覧になりますか」

「よし、見せてくれ、兄上もともに火縄銃の性能を見ましょう」

景虎達は、兄である守護代長尾晴景と共に春日山城の庭に移動する。

離れた場所に標的の甕を置く。

蔵田五郎左衛門の家人が火縄銃を1挺手に取る。

先端から火薬を詰めて押し固め鉛の玉を込め、火皿に着火するための火薬を少量入れる。

火皿を火蓋で蓋をして、火鋏に火のついた火縄をつけ、火縄銃を的に狙いをつけ構えた。

火蓋を外して引き金を引いた。

強烈な轟音が響き渡り、周囲には火薬の煙が立ち込める。

的になった甕は粉々に砕けた。

次に、鉄板を貼ってある甲冑を用意した。

再び、火縄銃で狙いを定めて引き金が引かれた。

甲冑に大きな穴が空いていた。

驚く長尾晴景。

「景虎。これはすごい威力だ」

「兄上、この火縄銃がこれからの戦を変えていくことになります。これは弓のように長い修練は必要ありません。少しの修練ですぐに誰でも使えるようになる強力な武器です」

「遠い異国のものであれば簡単には手に入らんのだろう」

「それゆえ、この越後の地で作るのですよ」

「できるのか」

「腕の良い刀鍛冶師であればできるはずです」

「分かった。景虎に任せよう。好きなようにやってみろ」

景虎の兄である守護代長尾晴景は、景虎に自由にさせることにしていた。

それが全て景虎の経験となり、将来守護代となった時に役に立つと考えるからである。

「ありがとうございます。五郎左衛門。腕の良い刀鍛冶師を集めて火縄銃の量産に取り掛かってくれ」

「承知いたしました。火薬は堺経由で手に入りますので、量産化ができたら定期的に手に入れましょう」

「分かった。それでいいが、火薬は越後内でも作るぞ」

「作れるのでございますか」

「昔、何かで読んだ本にあったのことを覚えている」

生まれ変わる前、上杉謙信として生きていた時に、将軍足利義輝から火薬調合に関する比率を教えてもらっていた。

さらに謙信としての人生の終わり頃、越中の国に人も近寄れぬ山奥で火薬の原料である硝煙(硝石)を生産していた集落があり、その硝石が石山本願寺に送られていたことを知る。

硝煙は水に溶けやすいため、雨の多くて水が豊な日本では硝煙の鉱山が存在していない。

この集落の硝煙が石山本願寺の鉄砲の火薬に使われ、織田信長を苦しめていたことを知ると、すぐさまこの集落での硝煙の製造法を密かに調べ上げていた。

そして、越後領内で硝煙の製造に取り掛かろうとした頃に、謙信としての人生を終えることになったのだ。

火薬に関する知識はすでにある。

「火薬の重要な材料である硝煙はこの日本では取れないが、人の手で作り出せる。そのためには秘密を守れる者達で、人の近寄れない山奥に硝煙を作るための里を作らねばならん」

「ほぉ〜、作れるのであれば景虎に任せる。自由にやれ」

「この景虎にお任せください」

景虎は領内の腕の良い刀鍛冶を集め、購入した火縄銃をすべて与えた上で分解して良いとの許可を与え、火縄銃の製造を指示した。

硝煙製造のための集落も作り、硝煙の生産体制も構築していくことになる。

「景虎様,それとこれはたまたま南蛮人の船員から手に入れた物なのですが」

蔵田五郎左衛門は懐から紙に包まれた物を取り出した。

それを受け取り開くと土の塊があった。

「五郎左衛門。この土の塊は何なのだ」

「景虎様,これは土の塊ではございません。南蛮人達は、‘’パタタ‘’と言っている芋(ジャガイモ)でございます。日本人で南蛮船に乗っていた船乗りがおりましたが、彼らは‘’じゃがたら芋‘’と呼んでいました」

「これが芋だと・・土の塊にしか見えんぞ。何かの間違いではないか」

「南蛮船の船員が言うにはどんな荒地でも育ち,根にたくさんの実をつけるそうでございます。凹みのある部分から芽が出るそうですので食べるときはその部分を削り,皮を剥いて茹でるか蒸すことで美味しく食することができるそうです。栽培するときはこれをそのまま埋めれば良いとのことです」

「ホォ〜,どんな荒地でも育つのならば、春になったら試しに栽培してみるか」

景虎は,興味深そうに土の塊のような芋を見るのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る