第16話 会談
長尾景虎は佐渡の国衆達に対しては、特段悪い感情は持っていなかった。
生まれ変わる前に上杉謙信として生きていた頃、佐渡国衆は謙信の家臣にだったわけではなかったが、それに近いぐらいにとても協力的であった。
佐渡の国衆は、上杉謙信の信義を通す姿勢を評価しており信用していた。
何よりも上杉謙信の持つカリスマ性に惹かれていた部分もあったのだろう。
そのため、上杉謙信には金銀を多く献上して協力的で友好的であろうとしてきた。
その歯車が狂ったのは、謙信が死んで景勝が家督を継いでからだ。
景勝が豊臣秀吉に多くの金銀を献上して取り入るためもあり、佐渡を属国化することを決断した。
佐渡の国衆からしたら景勝からの突然の従属命令は、長年の間、謙信の頃から結んできた信義を壊すもので容認できないものである。
長尾景虎は、謙信として死んだ後の歴史は当然知らないが、それでも長尾景虎は佐渡の国衆には以前のように友好的でありたいと考えていた。
兄・晴景からは厳しい沙汰を下すように言われていたが、そこまで厳しい沙汰を下すつもりはない。
兄も最後は景虎に全て任せると言ってくれている。
長尾勢の本陣で河原田城を見つめる景虎の周囲では、海からの風が白地に‘’毘‘’の旗印と紺地に朱色の‘’龍‘’の旗印を靡かせていた。
「景家」
景虎は柿崎景家を呼ぶ。
「はっ、お呼びでしょうか」
「河原田城主、本間貞兼殿と直接話がしたい。使者を送ってくれ」
「どのような条件といたしますか」
「明日の朝五つの辰の刻(朝8時)、長尾勢陣地と河原田城城門の中間にて双方10名を伴い直接会談をしたいと申し入れよ」
「承知いたしました。直ちに使者を送ります」
長尾景虎からの使者が本間貞兼に送られ、翌朝の朝五つ辰の刻の会談が決まった。
ーーーーー
夜が明けた頃、薄曇りので多少靄が掛かっていたが時間とともに靄が消え、会談の時間が近づくに従って穏やかな陽射しとなってきた。
海からの風はさほど強くは無く、程良い気持ち良さを与えてくれている。
朝五つ辰の刻の少し前。
長尾勢陣地と河原田城城門との中間点付近の少し広くなっている場所を会談場所として、長尾側が先に到着して双方十人分、合計二十人分の床几が並べられた。
長尾景虎は本間有泰を伴い会談場所で床几に座り本間貞兼の到着を待つ。
やがて河原田城から十人の武者たちが近づいてくるのが見えてきた。
景虎の護衛達に緊張感が張り詰める。
そして5間(約9mほど)の距離にまで近づくと景虎は立ち上がった。
「長尾景虎である。越後守護代長尾晴景様の指示で佐渡に参った」
河原田の十人の内から一人の若武者が一歩前に出る。
「河原田本間家当主である本間貞兼と申す」
「まずは座られよ」
景虎は河原田の者達に床几に座る様に勧める。
そして、景虎の背後にいる家臣達にも座る様に指示をした。
河原田本間家側はかなり警戒をしている。
騙し討ちを疑っているのだろう。
先に座ってしまってから斬りかかられることを警戒しているのか、すぐに座ろうとしない。
一度座ってしまった状態で襲われたらどうしても反撃が遅れてしまうためであった。
「心配無用。この場で騙し討ちの様なことはしない。長尾景虎の名にかけてそれは保証する」
「承知した。皆座れ」
本間貞兼が家臣達に座るように指示を出す。
長尾側が座ることを確認してから河原田本間家側が順次座っていく。
「それで、何を話し合いたいのだ」
「河原田本間家は戦う姿勢を示した。それで面子は立つであろう。これ以上の戦いは確実に殲滅戦になる。家臣にも多くの家族がある。城内にも多くの領民が足軽としていることはわかっている。ここで降りても良いではないか」
「河原田本間家当主として、この本間貞兼は逃げるわけにはいかん」
「逃げるわけでは無いだろう。城に籠城して戦う気概を見せた。十分ではないか」
「噂に聞く毘沙門天は、随分と甘いのだな」
本間貞兼は口元に笑いを浮かべ、敵である長尾景虎に情けをかけられたことを苦笑いするしかなかった。
「無駄な戦はしないだけだ。此度は越後守護代である我が兄である長尾晴景様より雑太本間家を助け、佐渡を平定せよとの命を受けて佐渡に来た。ただそれだけだ。無駄に人を殺すために来た訳では無い」
「それでも戦うと言ったらどうされる」
「この景虎が率いてきた軍勢は、この景虎の直臣の旗本衆七千。それに対して佐渡国が集められる佐渡全体での総兵力は、通常であれば五百。無理をして千人。1年間以上の農作業を放棄する覚悟で千五百〜二千が限界だろう。他国から銭で雇った者達がいれば別だが、いないだろう。当然、農作業を放棄すればやがて島民は飢えることになる。飢えたらどこから食料を手に入れるのだ。最も佐渡に近いのは当然越後国だ。能登や出羽といっても距離がある。簡単では無い。兵力差は圧倒的だ。我らによほどの油断がなければ河原田本間家側に勝ち目は無い。そもそも儂の旗本衆は、普段から厳しく鍛え上げているから油断とは無縁の連中だ」
「普段から厳しく鍛え上げているだと」
「そうだ。儂の直属旗本衆はただの銭雇いの常備兵では無い。普段から剣術の大家や槍の名手を招いて戦うための技術を磨く専門集団。心身ともに鍛え上げている。並の兵では勝つことはできん」
「圧倒的な力の差か・・・」
兵力の差、埋めることのできない力の差を突きつけられて考え込む本間貞兼。
「本間貞兼。お主儂の直臣になれ」
「えっ」
「兄上は河原田・羽茂は完全な島外追放と言っておられるが、儂の直臣となれば話は別だ。ただし、儂の直臣であれば基本銭雇いとなる。今までの領地は大幅に減らすことになるが、多少は領地を残してやろう。年三百貫文でどうだ」
「しかし・・・」
「兄上からは最終的な佐渡の仕置きについては一任されている。守護代家の家臣が嫌なら儂の家臣になれ、儂は本間有泰殿から佐渡国主を譲り受けることになっている。儂の家臣なら越後守護代家の家臣では無く、佐渡国主の家臣となる。問題無いだろう」
驚いた本間貞兼は本間有泰の方を向く。
「貞兼殿。本当のことだ。近日中に幕府に申し入れることになる」
「待ってくれ・・少し待ってほしい」
「急な話だ。戻って考える時間をやろう。1日時間をやる。明日返答してくれ」
会談は終わり、本間貞兼は翌朝景虎の家臣となることを了承したのであった。
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