第15話 河原田本間

佐渡国河原田城は、河原田本間家の居城であり、小高い台地に建てられ周囲を川と堀・水田に囲われた城であり、佐渡においては天然の要害と言われていた。

川と堀・水田に囲まれ、水田は深田であり容易に近づけない

城主は河原田本間家当主である本間貞兼。

佐渡を河原田本間家でまとめ上げる野望に燃える若き当主である。

鶴子つるし銀山の発見により、その銀を使い佐渡北部をまとめ上げ、さらに鶴子銀山の後に見つかった新穂銀山も手に入れていた。

そして、これから羽茂本間を倒すか飲み込むなどして西三川の砂金山を手に入れたうえで、圧倒的な力を背景に雑太本間に佐渡国主を禅譲させ、これから佐渡国を支配しようと考えていたところであった。

佐渡を全て支配したら、会津の蘆名と手を組んで越後に進出することを夢見ている。


「くそっ・・長尾晴景の奴、戦も碌に出来ない軟弱者がいい気になりおって。儂に従えなどと書状を送りつけただけでは無く、儂の庭先に兵を送り込んでくるとは、ふざけおって」

本間貞兼は、怒りのあまり右手の扇子をへし折ってしまう。

伝令に出ていた家臣が慌てて戻ってきた。

「殿。一大事にございます。どうやら沢根本間は長尾に従うようです」

「なんだと、沢根の奴ら儂がわざわざ銀山の管理役にしてやったというのに儂を裏切るのか」

「沢根の連中は、長尾家とは戦わないと申しております。久知本間と新穂本間は殿の指示に従い援軍を送ってくるとのこと」

「よし、ならば数は劣るがやり方次第では、これならどうにか戦えるだろう。軟弱者の長尾晴景の指示で来る兵なんぞ弱兵に決まっておる。長尾晴景は越後でも軟弱者と蔑まれていると聞く。そんな奴の指示で佐渡遠征に虎の子の精鋭を出す国衆なんぞいない。所詮、無理やりかき集めた寄せ集めの兵にすぎん。長尾の連中は全て海の叩き込んでくれる」

慌ただしく駆け込んでくる足音がしてきた。

「殿。長尾の第一陣と思われる八百の軍勢と久知と新穂からの援軍が戦い。久知・新穂の援軍が敗れ、長尾の軍勢がこちらに向かっております」

「何、久知と新穂が敗れただと、何かの間違いであろう。軟弱者である晴景の送り込んできた弱兵だけの長尾の軍勢が強いはずが無い」

「久知・新穂の軍勢は散々に討ち破られ敗走。長尾勢はほぼ無傷との事。長尾勢は逃げる久知・新穂の兵は追わずにこちらに向かっております」

「そんなはずは・・羽茂の方はどうなっている」

「こちらと同数の長尾勢が向かっております」

「同数だと、羽茂にも八百の軍勢が向かっているのか」

「はい、長尾勢の第一陣は二千。後続の本隊を受け入れるため四百が上陸場所に残り、八百づつ我らの方と羽茂に向かったようです」

「第一陣だけで合計二千だと、それで羽茂の方はどうなった」

「長尾とは戦わずに逃亡しました」

「何・・」

羽茂本間の本間高茂が戦わずに逃亡したと聞いて、そのことが理解できず思わず聞き返す。

「なぜだ、なぜ逃げた」

「どうやら、羽茂本間の本間高信は事前に越後府内に人を送り込み、佐渡侵攻軍の兵数を調べていたようです。送り込んだもの達から長尾勢本隊の数に関しての情報を入手した途端、船に積めるだけの砂金を積みこみ出羽国に逃げたそうです」

西三川の砂金山は、羽茂本間の支配地にあり、砂金の産出量はかなりの量であった。


「長尾晴景はどれだけの兵を送り込んで来るのだ」

「長尾勢の本隊。その数は五千とのことです」

本間貞兼は長尾景虎の率いる数を聞き動揺を隠せなかった。

「五・・五千だと、第一陣と合わせ七千ではないか・・間違いないのか」

本間貞兼が右手でへし折った扇子が床に落ちる音がした。

「はっ・・羽茂に残っていた者達からの話でございます。間違いないかと思われます」

そこに他の家臣が慌ただしく走り込んでくる。

「久知・新穂の軍勢を討ち破った長尾の軍勢が城の目の前にて陣を築いております」

「もう来たのか、早すぎるぞ」

本間貞兼は、慌てて城の外を見る。

小高い台地の上にある城から見ると、少し離れたところで城を取り囲み監視するような様子を見せている軍勢が見えた。

その軍勢は紺地に朱色で‘’龍‘’とだけ書かれたの旗印を掲げている。

いくつもの朱色の‘’龍‘’の旗印が風に靡いているのが河原田城からも見えていた。

「あの朱色の‘’龍‘’の旗印は何だ。越後勢で朱色の‘’龍‘’の旗印は聞いたことが無いぞ」

「おそらく、噂に聞く長尾景虎直属の軍勢を示す旗印のようです」

「あれが噂に聞く長尾景虎の直属の旗本・・常備軍なのか」

「話では全て農民では無い為、年中季節を問わず戦える軍勢で総勢七千と聞いております」

「もしや佐渡にくる軍勢は・・」

「おそらく、全て長尾景虎の直属の軍勢。数も合います」

再び、家臣達からの報告が入った。

「‘’毘‘’の旗印と朱色の‘’龍‘’の旗印を掲げた軍勢が佐渡上陸後、雑太本間の軍勢と合流。その後こちらに向かって進軍を開始しました」

‘’毘‘’の旗印と聞いて表情が強張る本間貞兼。

「長尾景虎が黒田秀忠と戦い打ち破ったとき、‘’毘‘’の旗印を掲げたと聞いた。間違いない。長尾景虎だ。ここに来た長尾勢の総大将は長尾景虎に間違いない」

長尾景虎の噂は佐渡にまで届いていた。

越後国衆を恐れさせた長尾為景の四男であり、現越後守護代長尾晴景の弟で、数年のうちに越後守護代になる事が約束された男。

栃尾城での鮮やかな初陣と勝利。

その初陣で自ら先陣を切って戦い、自ら敵将を討ち取った事。

黒田秀忠を計略で討ち倒してみせた武将としての才覚。

そのため、長尾為景の息子達の中で最も色濃く為景の武勇を受け継いでいると噂されている。

そんな武将が圧倒的多数の軍勢を引き連れて、間も無く目の前に現れようとしていることを知り、本間貞兼の表情からは傲慢とも言えた余裕が失われていた。

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