第11話 苦渋の選択
越後国内では、景虎が黒田秀忠を討ち取ったことで、景虎の武勇が越後中に知れ渡り、国衆たちに景虎が守護代を継ぐことになる将来への期待が高まっていた。
そんな中でも、魚沼郡に本拠を置く上田長尾家の長尾政景は、景虎には頭を下げないと公言している。
守護代であり景虎の兄である長尾晴景は、盟友とも言える上田長尾家に対して、景虎に仕えるように説得を試みたが全て拒否されてしまっていた。
長尾政景からしたら、長尾晴景の母は越後上杉家の一族である上条氏出身であり、正室は現在の守護上杉定実の娘であり、血筋からしても長尾晴景は主家である上杉家の一族と言えるため、臣下として支えているのである。
しかし、景虎の母は古志長尾家の出身にすぎない。
長尾政景から見たら、景虎は同格である古志長尾家の人間であり、同格の相手に簡単に頭を下げる訳にはいかないとも考えていた。
そして何よりも若すぎると考えているからである。
長尾政景の強硬な姿勢に長尾晴景は困り果てていた。
「どうしたものか」
晴景の呟きは同じ部屋にいた景虎に聞こえた。
「兄上、どうしたのです」
「上田長尾家だ」
「長尾政景の上田長尾家としての意地の問題でしょうから、圧倒的な力の差を見せるしかないと思います」
「圧倒的な差か」
「常備兵を増やし、国衆に頼らずとも戦えることを示せば良いかと思います。国衆に全面的に頼る戦いでは、奴ら国衆は我らの足下を見て傲慢な要求をしてきます」
上田長尾家を従えるために戦は仕方ないが、青苧の一大拠点である宇賀地の土地に関わる事態は避けなければいけない。
生まれ変わる前は、一部の国衆を味方につけるために三奉行が勝手に動いて痛い目を見ている。
「確かにそうだな。国衆の中には青苧の重要拠点である宇賀地をよこせなどと抜かす輩も出てくるだろう。あそこは多くの国衆の領地が複雑に入り組み、下手に手出しすると収拾が付かないことになる。景虎。決して宇賀地には触れるなよ」
「承知しました」
そんな中、着々と景虎直属の常備兵は集まってきていた。
貧しい日々の暮らしは領民も国衆たちも同じであり、そんな生活を抜けたいと考える家督を継げない国衆の子弟たちは、景虎の活躍もあり常備兵の募集に続々と応募してきていた。
秋の刈り入れも終わるとさらに応募者が増えてきた。
冬を前に既に予定の5千を超えて7千近くにまで膨れ上がっていた。
「景虎。兵はいつまで集めるのだ」
「間もなく冬ですので、ここで一旦打ち切りで良いかと思います。そして雪解けの3月に上田長尾攻めを行いたいと思います」
「上田長尾を攻めるか」
「首を取る気はありません。我らの力を見せつけるのが目的。兄上か守護様が程々で仲裁に入り、上田長尾家の長尾政景に臣従を認めさせるようにしていただけたらと思います。春になればまた兵も集まるでしょうから、兵力は問題ないかと思います」
「分かった。もしかしたらその頃には、佐渡がきな臭くなっている可能性がある」
「佐渡ですか」
「佐渡は本間家が支配していて、幾つもの分家が乱立している。長尾家と似たようなものだ。その中で、河原田本間と
景虎は、兄・晴景の言葉に疑問を感じた。
生まれ変わる前のこの時期に佐渡雑太本間家から援軍要請を受けていなかったし、それほど大きな諍いは無かったはず。もしかしたら自分が生まれ変わった影響で歴史が変わり始めているのかも知れない。
どのみち守護代である兄の命であれば佐渡に向かうだけだと考えていた。
「承知いたしました」
ーーーーー
天文14年2月下旬(1545年)
佐渡国主であり本間惣領家、
佐渡北部を支配する佐渡最大勢力の河原田本間家の本間貞兼、南佐渡を支配する羽茂本間家の本間高信らの圧迫で、惣領家としての権威と力は急速に衰えて、本間惣領家としての姿は既に見る影も無い。
そんな状況の中で、鶴子銀山と最近発見された銀山の支配権をめぐり河原田本間と羽茂本間の戦いが始まっていた。
本間有泰は元々戦が上手い訳では無い。
小競り合い程度の手勢しか指揮したことがないからだ。
そんな中で銀山を巡る戦いの火の手が突如上がり、激しい戦いの巻き添えを食う形で双方から攻められていた。
雑太本間家は戦いに巻き込まれ双方から領地を削られ、雑太本間家はもはや風前の灯火となっている。
居城の
「父上。河原田と羽茂の戦はますます酷くなっております。奴らはお互いの戦いの隙を見て我らの領地までも奪い取ろうと攻め寄せております。今はまだどうにか領地を守り持ち堪えていますが、このままではそう遠くないうちに我らは全てを失います」
腕を組み考え込む顔には苦悶の表情が見て取れる。
「越後国守護代殿に正式に援軍を頼むしかあるまい」
「で・ですが要求される見返りが尋常ではありませんぞ。どうにかできないのですか」
父の決断に驚く本間泰高は、まだ20代後半の若き武将。
泰高は、自分の力でどうにかしたいと考えていたが、力のない状況では河原田や羽茂に勝てるはずも無く、領地を守ることで精一杯の状況であることは分かっていた。
本間有泰は、河原田本間と羽茂本間の衝突が確実と見た先月、海が穏やかな時を狙い越後守護代長尾晴景に支援を要請していた。
その時の要求された見返りは驚くべき内容であった。
河原田本間と羽茂本間を駆逐して島外追放として、雑太本間の所領を安堵する。その見返りに佐渡国主は景虎に譲り、佐渡領内の鉱山の支配権は全て長尾家に渡す。
事実上、長尾家の支配下に入ることを要求されたのである。
答えを保留していたが、既に先延ばしにしている状況には無く、もはや覚悟を決めるしかなかった。
「泰高。もはや我らに情勢を変えるだけの力は無い。河原田本間のように銀山を持っていない。羽茂本間のように砂金山を持っていない。佐渡国主であっても力も銭も無い儂の言うことは誰も聞かない。越後守護代長尾晴景様に援軍要請の使者を出せ。条件は全て飲むと伝えよ」
「よろしいのですか」
「もはやそんなことを論議している場合では無い。我らが滅ぶか生き残るかの話だ。越後守護代様の助けがなければ、どのみち全てを奪われ我らは滅ぶことになる」
「で・ですが・」
「守護代長尾晴景殿は、信義を守る方だ。後継となる弟の景虎殿は為景殿のような武威を示したと聞き及んでいる。必ずや我らを助けてくれるはずだ。急げ、遅れれば間に合わなくなり我らは滅ぶことになるぞ」
「承知いたしました」
雑太本間家から越後守護代家長尾晴景に援軍要請の使者が送られることとなった。
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