第12話 佐渡へ

天文14年3月中旬(1545年)

景虎の兄で現在の越後守護代長尾晴景は、佐渡国主であり雑太城さわだじょう主である本間有泰の要請に応じて、長尾景虎を総大将とする軍勢を佐渡に送ることにした。

景虎は麾下である常備兵7千と志願者だけを率いて佐渡に渡ることを決める。

佐渡攻めは初めての経験であり、生まれ変わる前も佐渡を攻めた事は無かったため、佐渡に渡る前に春日山城で兄晴景と詳細を詰めていた。


「景虎。此度は雑太本間家を助けて河原田本間・羽茂本間とそれに与する者達を掃討。降伏してきた者達は島外追放処分とする。ただし、事前に降伏して来た相手に関しては景虎の判断で所領縮小の上で安堵でも良い」

「承知しました。河原田・羽茂の両家には、事前に降伏して長尾家の配下に下るように勧告をいたしますか」

「勧告に関しては既に行なってある。河原田・羽茂は勿論、沢根本間・潟上本間・久知本間など本間分家にも勧告をしているが拒否してきている」

「拒否ですか」

「うむ。それゆえ遠慮する必要は無い」

「もし、河原田本間・羽茂本間が戦わずに降伏しましたら、島外追放ではなく城を破棄させ、領地の一部没収では済ますのはどうでしょう」

「最終判断は景虎に任せるが、甘い判断は禍根を残すぞ。後々問題が起こらぬようにせよ」

「承知しました。助けを求めてきた雑太本間はいかがします」

「雑太本間家の領地は安堵。そして、河原田・羽茂の領地から一部を与える。佐渡国内の鉱山の支配権は全て長尾家が握る。そして、佐渡国主を景虎に譲ること」

「私が佐渡国主ですか」

「そうだ。佐渡国主を景虎に譲ること、佐渡国内の鉱山の支配権をすべて長尾家が握ることは、本間惣領家当主である本間有泰は全て承知している。佐渡上陸したら西三川の砂金と鶴子つるし銀山・新穂銀山は、必ず確保せよ」

「承知しました」

「我らには圧倒的な戦力がある。おそらく1週間もかからずに我らの勝利で決着するであろう。そうなれば、佐渡を切り取ったことが景虎の大きな実績となり、日和見の国衆も景虎に従うことになるだろう」

「そうであればいいですが」

「父為景でさえ、佐渡を切り取ることができずに諦めたのだ。佐渡国主になることができれば、景虎は父為景を超えたことになる。佐渡国主の肩書を手に入れれば、国衆も景虎の実力を認め従うしか無いだろう」

「父を越えるですか」

「そうだ。景虎が父為景を越える日がやって来るぞ」

景虎自身は父為景を越えるなどとは考えたことも無かった。

兄晴景からそのように言われたことが不思議な気持ちであった。


ーーーーー


この佐渡への遠征軍は、越後国衆の兵力は呼ばず、常備兵と一部の志願者のみである。

先発隊として二千名が先に佐渡に上陸して、後続部隊の上陸場所の確保と周辺の敵兵力を掃討する手筈。

そんな先発隊に柿崎景家と宇佐美定満が志願してきていた。

景虎は、先発隊の指揮を柿崎景家と宇佐美定満に任せることにして、自らは本隊五千を率いることにした。

柿崎景家は、上杉謙信配下の武将の中でも屈指の戦上手と言われ、戦いでは常に先鋒を務めその猛将ぶりから、名前を聞いただけで敵が逃げ出すと将来言われることになる猛将である。

黒田秀忠との戦は、義父に刃は向けられないと参陣しなかったため、今回はその分を挽回するため気合が入っていた。

宇佐美定満は、二十代後半になる嫡男定勝を伴って参陣することを決めた。

これからの越後は景虎を中心に動いていくことは間違いないと考え、景虎と定勝の信頼関係を築かせ関係強化をしておこうとの考えであった。

先発隊は柏崎湊を百艘を上回る多くの船で佐渡に向けて出港。

佐渡国の石高は約2万石ほどと言われていて、石高から動員可能な兵力を計算すれば、佐渡全体で五百〜六百程度であり、かなり無理をしても千人ほどである。

この時点で既に長尾側の先発隊兵力は、佐渡国の兵力の2倍〜4倍。

柿崎景家と宇佐美定満率いる先発隊二千名は、佐渡中部西側海岸のかつて国府が置かれたと言われる海岸付近から上陸する。

雑太本間家の居城雑太城から近い海岸であり、付近には多くの寺院が立ち並んでいた。

上陸地点には雑太本間家の本間有泰が手勢五十を率いて待っていた。

そんな本間有泰の前に二人の武将が近づいてくる。

「お待ちしておりました。雑太本間家本間有泰と申します」

「柿崎景家と申します」

「宇佐美定満と申します」

「確か先発隊と聞いておりますが、この兵力は・・」

「少なくてご心配でしょう。しかし、皆一騎当千のツワモノどもです」

柿崎景家は少ないと正直な感想を言っているが、本間有泰は二千もの大軍勢を目にするのは初めてであった。

本間有泰からしたら、先発隊だけでかなりの大軍。

既に先発隊だけで決着がつきそうなほどである。

「間も無く景虎様が五千の本隊を率いて参ります。我らに負けはあり得ません。安心して戦いを見ていただければよろしいでしょう」

「つまり合わせて七千の軍勢ですか、まさかそれほど多くの越後国衆が来られるとは思ってもいませんでした」

「七千の軍勢のほとんどが景虎様の直属の旗本衆です。越後国衆ではありません」

「えっ・七千人のほとんどが直属旗本衆ですと!」

ここまでの規模になるともはや本間有泰には想像もつかない。

同時に長尾家の力をまざまざと見せつけられている思いだ。

直臣旗本の常備兵が七千人もいる。

つまり国衆の力を借りずとも直臣達だけである程度長期間戦える。

しかも、農作業に縛られずに年中戦える兵が七千。

長尾家に楯突けば今度は自分たちが危うくなり、河原田本間家や羽茂本間家がこれから辿る運命を自分たちも辿ることになる。

本間有泰は長尾家に従った判断が間違っていなかったと思い安堵していた。

「柿崎殿、景虎様が来られるまで少し時間がある。ここの守りは儂の倅に任せ、儂と柿崎殿で二手に別れ、河原田と羽茂を攻めてはどうだ」

宇佐美定満の言葉を聞いて、柿崎景家は笑みを見せた。

「そうだな、景虎様が来られるまで少し時間がある。ここに四百騎残し、八百騎づつ率いて行くことでどうだ」

「問題無い。深い追いはせずに一当てと行くか。定勝。儂と柿崎殿で周辺を綺麗に掃除をしてくる。その間、四百騎でここを守れ、良いな」

「承知しました。父上、私の活躍する場を残しておいてくださいよ。父上達が張り切り過ぎると戦そのものが終わってしまい、私が手柄を上げる機会がなくなりますから、程々にお願いします」

「定勝。それは分からんな。儂らの一当てで終わってしまうかもしれんぞ。ハハハ・・・」

雑太本間家の家臣達の道案内で、柿崎景家が八百騎を率いて河原田城へ向かい、宇佐美定満は八百騎を率いて羽茂城へ向かった。

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