第4話 傲慢なるもの達

越後府中春日山城(現在の新潟県上越市)。

府中長尾氏の居城であり、越後国の政治の中心である。

春日山城は何度も改修工事を加えることで強固な山城に変貌していく城であるが,この頃はそれほど強固な備えをした城ではなかった。

そのため,謙信の父である長尾為景の時代から,春日山城は何度も落城しては,脱出して奪い返すことを繰り返している。

そんな春日山城の広間に越後守護代長尾晴景はいた。

長尾晴景は長尾景虎の異母兄で歳の差が21歳もある。

景虎とは親子と言っていいほどの歳の離れた兄弟であった。

景虎の兄晴景は,武芸より芸事を好む性格であり,そのためか問題解決は出来るだけ話し合いで解決したいと考えている。

ただし、病弱であるために,独立心旺盛で何事にもすぐに揉める傾向の強い越後国衆からは,不満を持たれていて侮られる傾向にあった。

それでもどうにか武力を使わずに、話し合いで越後国をある程度まとめることができそうになったとき,越後守護上杉定実が奥州の伊達稙宗から養子を取り,守護代長尾家の力を削ごうと動き出す。

晴景は奥州伊達稙宗が養子として三男に,多くの精鋭と呼べる家臣を百人以上付けて送り込むとの話を聞き,伊達稙宗による越後乗っ取りであると確信。

伊達稙宗の得意とするやり方は,武力を使わずに自分の息子を養子としてを送り込む,正室や側室に自分の娘を送り込むことで他の大名家を支配下に置くのである。

事実奥州では,多くの名門大名が伊達稙宗との養子縁組で乗っ取られていて,奥州の大名家が事実上伊達稙宗の支配下に置かれ、伊達稙宗は奥州の覇者と呼ばれていた。

晴景は,表向き賛成しながら時間を稼ぎ,父為景の名前で後奈良天皇から‘’敵追討‘’の綸旨を朝廷からもらうことに成功。

この綸旨は,長尾家の敵は全て討伐して良いとの朝廷のお墨付きである。

長尾家の敵は朝廷の敵という意味。

つまり長尾家の敵は朝敵である。

準備を整えた上で伊達稙宗の嫡男であり,養子縁組に反対する伊達晴宗と密かに連絡を取った。

そして,伊達家とは相互不可侵を条件に伊達晴宗と協力。

伊達晴宗も精鋭とも言える多くの家臣を越後に送れば,伊達本家の弱体化を招き,他家から攻められる危険が高まることから反対であり,長尾晴景と利害が一致。

伊達稙宗が最も油断する瞬間を狙い,伊達晴宗が実の父である伊達稙宗を幽閉して,ギリギリのところで伊達稙宗の越後乗っ取りを防いだのだ。

伊達稙宗による越後乗っ取りを防いだが,結果として越後領内は以前にも増して混迷を深める事態となっている。

病弱な体に重くのしかかるプレッシャーとストレス。

さらに越後国衆から恐れられた父為景の死去,晴景の唯一の子である嫡男猿千代の早逝が晴景の苦悩に拍車をかけていた。


「景虎は上手くやってくれたが,全ては上手くいかぬものだ」

体調は回復したが,まだ顔色は良くなかった。

「晴景様」

「実綱か」

広間に直江実綱が入ってきた。

長尾家の重臣である直江実綱は,伊達からの養子縁組を積極的に推進した一人であり,伊達からの養子縁組が頓挫したため表面上は晴景に従っているように見せていた。

その直江実綱の後ろに二人の男がいた。

黒田秀忠。

そして黒田の娘婿になる柿崎景家。

「謀反人が何のようだ」

「謀反などとんでもありません。そのようなつもりは全くございません。長尾平六郎に謀反人を征伐いくと騙され,兵を景虎様に向けてしまったこと誠に申し訳ございません。どうか何卒お許しください」

黒田秀忠の言葉が終わるとすぐに直江実綱が庇うように言葉を並べる。

「晴景様。黒田殿は長尾平六郎に唆され兵を出す羽目になったのでございます。晴景様に敵対する意思はございません」

「実綱。黒田は兵を上げておきながら無実だというのか」

「長尾平六郎に唆されただけでございます」

「まさに死人に口無しか」

「そのようなことはございません。黒田殿はこれより一層晴景様のために忠節を尽くすと言っております」

直江実綱の言い草に怒りが込み上げてくるがグッと堪える晴景。

そこに柿崎景家が口を挟む。

「晴景様。義父殿は長尾平六郎に唆され騙されただけでございます。これより一層晴景様のお役に立ちましょう。何卒お許しください」

口では謙りながら目つきは傲慢不遜。

晴景は怒りを堪えながら越後の情勢を冷静に考える。

確実に味方と言い切れる勢力は少ない。

今の情勢で確実と言えるのは,栃尾城で初陣を飾った景虎と古志長尾家。

春日山城に詰めている弟二人。

魚沼郡を抑える上田長尾家の長尾政景。

混迷を極め今日の味方が明日の敵に変わる越後の情勢。

いつ,どう転ぶか分からん。

長尾晴景は,怒りを抑え冷静に判断を下すことにする。

「いいだろう。此度だけは許そう」

「ありがたきお言葉。この黒田秀忠。粉骨砕身お仕えいたします」

「二度目はないと思え。下がれ」

三人は満足げな表情を浮かべながら,晴景の言葉を受けて広間から出ていった。



入れ替わるように弟の次男長尾景康が入ってきた。

兄晴景より10歳ほど年下で20代半ばの年齢になる。

兄晴景同様、荒事よりも平穏を望む人物であり、晴景の顔を見ると心配そうな表情をする。

「兄上。少し休んだほうがいい」

「大丈夫だ。問題無い」

「何を言っているんだ。病み上がりだろう。無理をするな。顔色がとても悪い。すぐに休んでくれ」

「目まぐるしく変わる越後の情勢がそれを許してくれんよ」

「奴ら父為景の時は,あれだけぺこぺこしておきながら,守護代が兄上に変わり父が死去したら謀反を起こし,謀反が失敗したら無かったことにしろと言うのか。なんと傲慢な態度だ」

「仕方ないさ,奴らの頭の中は,力こそが全てだ。共に手を携えて繁栄するなんて考えは持ち合わせていない連中だ。あるのは自分と自領の繁栄だけだ」

晴景は,疲れた表情で肘掛けに体を預け自重気味に笑う。

「伊達稙宗の越後乗っ取りの謀略を防いだのは,兄上の外交の力だ。戦わずして敵を退けた兄上を武威が無いなどと,どの口が言えるのだ。戦う事しかできん連中に兄上を罵る資格は無い」

怒れる景康の言葉に嬉しそうに笑う晴景。

「儂のために怒ってくれてすまんな」

「兄上」

「計画を早めるか」

「まだ,早い。無理だろう。そもそもできるのですか」

「やるしかないだろう。緊迫する越後の情勢は待ってはくれん。儂の体が動けるうちに決めておかねばならん。力を貸してくれるか」

「分かっているよ。兄上。承知した」

奥州の覇者・伊達稙宗による越後乗っ取りを退けた長尾晴景の策が動き出そうとしていた。

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