第3話 栃尾城の戦い(2)

深夜,長尾景虎の命を受けた5百人の兵は、長尾平六郎・黒田秀忠たちの敵本陣を背後から突くため密かに城を出た。

あとは,深夜明け方近くに敵の軍勢に背後から味方が襲いかかるのに合わせて,景虎自ら全軍を率いて城から打って出るだけである。

長尾景虎は,星々が輝く空を見つめ考え込んでいた。

夜空に北斗七星と北極星が輝いている。

生まれ変わる前,なぜ自分が守護代家である府中長尾家当主になるしかなかったのか思い返していた。

栃尾城の戦いで勝利して兄晴景から褒められ,翌年に黒田秀忠の謀反により三人の兄のうち二人を失った。

兄晴景と同じく正室の子である次男の長尾景康。側室の子である三男の長尾景房。

自分は古志長尾に養子に出た身。

武家の後継は,正室の子が家を継ぐことになる。次が側室。自分のように他家に養子に入ったものは,本家の血筋が絶えることがない限りどんなに武勇があろうと継ぐことは無いのが普通だ。

もしその順番を変えるなら,武力による下剋上と同じことになる。

兄晴景の嫡男である猿千代は,我が父為景と同じ頃に亡くなっている。

ならば,国衆に不満があり当主を変えたいなら次男景康になる。

兄二人が亡くなったことが原因の一つかもしれない。

「そういえば,その原因を作ることになる黒田秀忠が敵本陣にいる。本来この戦いにいるはずの無い黒田秀忠。奴をこのまま放置すれば、歴史の通り来年の秋には再び謀反を起こし春日山城に攻め込み、景康、景房の二人の兄を失うことになる。考えようによっては、これは絶好の機会だ。ここで奴を討ち取れば兄二人を失うことはなくなる。兄弟四人で力を合わせれば,この難局をを乗り越え越後をまとめることができるかもしれん」

景虎は小声で自分の考えを呟いていた。

「それに、ここで黒田秀忠を討ち取れば,自分が守護代家を継ぐ必要がなくなる。そうなれば我儘で面倒なことこの上ない越後国衆の相手をしなくても良くなる。水利権やら領地の境やら年がら年中揉める奴らの仲裁なんぞしなくて,古志長尾家当主としてのんびりできるかもしれん」

景虎から見た越後国衆は,揉めるためのネタを探してきて,わざと年がら年中揉めているようにしか見えない。心底うんざりする者達でもあった。

あまりにしつこいため全てを投げ出して高野山へ逃げ出したら,関山で直江実綱に追いつかれてしまい,さらに武田晴信に唆された大熊朝秀が謀反を起こしたと聞き、春日山に戻るハメになってしまった。

景虎が独り言を呟きながら考え事をしていると城外が騒がしくなってきた。

本庄実乃ほんじょうさねよりが走り寄ってきた。

「景虎様。味方の5百人が敵本陣の背後を急襲に成功したしました。敵本陣は乱れ,敵は混乱状態にございます」

「分かった。いくぞ,実乃」

景虎はその言葉聞いて立ち上がると軍勢の待つ城の武者溜まりに向かう。

武者溜まりの軍勢は,入ってきた景虎の姿を見ると噂話をしていた口を閉じた。

騒がしかった武者溜まりが静寂に包まれ,男達が景虎に注目する。

「皆,よく聞け!!!」

景虎は城内の武者溜まりに控えていた全ての軍勢に向かって声を上げる。

景虎の声が武者溜まりに響き渡る。

「我らはこれより敵本陣に向かって討って出る。敵は長尾平六郎・黒田秀忠である。それ以外の首はいらん。特に黒田秀忠は逃すな。黒田を討ち取った者には50貫文の褒美をやろう」

1貫文は1000文であり,1文100円とすると500万。

足軽の年収がせいぜい2貫文,下級武士で年50貫文と言われる時代である。

軍勢の目の色が変わる。特に足軽達の気合いの入り方が違う。

「黒田とかいう奴の首をとれば当分何もしなくいいぞ」

「俺が,その黒田とかいう奴を討ち取ってやる」

「数年は遊んで暮らせるぞ」

「かかあにうまいもん食わせてやれる」

景虎は,軍勢の端から端までを見渡す。

「いくぞ〜!儂に付いて参れ!出陣!」

軍勢からは,地の底から湧き上がって来るかのような鬨の声が上がる。

景虎は馬に乗り,槍を構える。

城門が開かれると景虎は馬に乗り先陣を切って城を飛び出した。

栃尾城の軍勢が景虎に遅れまいと全力で後を追う。

景虎は馬上で一際大きな槍を振り回し,栃尾城攻めの軍の中に飛び込んでいく。

立ち塞がる敵兵を槍を振るい次々に討ち倒しながら、寝ぼけて狼狽えている敵の中を駆け抜けていく。

「急げ,景虎様において行かれぞ!行け」

本庄実乃が声を上げ,周囲の軍勢を鼓舞しながら景虎の後を追う。

景虎と栃尾城の軍勢の猛烈な勢いに,栃尾城を包囲をしていた軍勢がたちまち蹴散らされ,敵本陣への道が開いていく。

「死にたくない奴は退け〜」

景虎の鬼神の如き勢いに恐れ慄き逃げ惑う敵兵。

寝ていたところを叩き起こされ逃げ惑う敵兵。

敵兵が左右に逃げ軍勢が崩れて行くことで、次々に敵本陣への道が開かれる。

馬を駆ける景虎の視線の先に敵本陣が見えてきた。

敵本陣は味方の奇襲攻撃により既に軍勢の体をなしていない。

夜明けが近くなり薄暗くなってきた空の下、乱戦となっている中から逃げ出して遠ざかる一団が見えた。

その中に一際立派な甲冑を身につけているものが二人いる。

「逃げて行くぞ!逃すな」

景虎はその一団を追いかけ始める。

本庄実乃たち側近が必死に景虎の後を追う。

「長尾平六郎!黒田秀忠!逃さんぞ」

数人の武者が立ち塞がろうとするが本庄実乃達側近が、敵を景虎に近寄らせずに討ち取って行く。

「おのれ〜為景の小倅のくせに,この長尾平六郎が貴様の首を討ち取ってくれる」

栃尾城攻めの首謀者の一人長尾平六郎が馬の向きを変えて景虎に迫ってきた。

「謀反人の遠吠え!笑止千万」

二つの槍が交差してすれ違って通り過ぎる。

お互いの槍が甲冑を掠める。

再び馬の向きを変え再び槍を構えて馬を走らせる。

「ウォォォォ〜」

景虎が雄叫びを上げる。

再び二つの槍が交差した時,景虎の槍が長尾平六郎の腹に刺さり,長尾平六郎が馬から落ちた。

そこに本庄実乃たち側近が駆け寄ってきた。

素早く長尾平六郎の生死を確認する。

「景虎様。長尾平六郎を討ち取られました。実にお見事でございます」

だが,景虎は渋い表情である。

「クソッ・・黒田に逃げられた」

「何を言われます。これほどの完勝でさらに,御自ら敵将を討ち取る。これほどのことは,あり得ないほどでございますぞ。きっと守護代長尾晴景様もお喜びになられるでしょう」

「兄上は,喜んでくれるか」

「間違いなく」

「そうか」

栃尾城の戦いは,長尾景虎の圧勝。

これにより,長尾景虎の武勇が越後国に知れ渡ることになる。

だが,討ち漏らした黒田秀忠を今後どうするか,悩むことになる景虎であった。

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