第一章③

「……なにがおかしい」

「なにって、昭和の学園ドラマみたいな会話だったから」

「人が真剣に……」

「〝ただの自己満足だ!〟……ださ」

「おい!」

 声を荒らげたものの、女は引くどころか、天馬に挑発的な視線を向けた。

「だって実際そうじゃん。不毛なことで延々けんして馬鹿みたい。こうやって世の中から離れてコソコソ生きてるから、そういうわけわかんないことで争うんだよ。くだらないっていうか、視野が狭いっていうか」

 聞けば聞く程憎たらしいが、こうもわかりやすいあおりに乗る気にもなれず、天馬は怒りをみ殺す。

 一方、女は満足そうに目を細めて笑うと、さつそうと足を踏み出し天馬の前に立ちはだかり、ゆっくりと口を開いた。

「……ともかく。このおじいちゃんは天霧屋を実力が高い者に渡すって言ってるわけだから、このままいけば私がもらうことになるね。もっと争う感じになるだろうと思ってたけど、なによりお坊ちゃんには全然やる気がないみたいだし、そもそも実力の差は昨日の一件で証明されたわけだし」

「…………」

「なにせ、私に祓えない霊なんていないから」

 正直、返す言葉がなかった。

 むしろ、すべてにおいてこの女の言う通りだと思っていた。

 いきなり現れた素性もわからない女が当主の座につくことには少なからず抵抗があるが、そもそも、正玄が提示した基準が「実力の高い者」の一点であるならば、納得する他に選択肢はない。

 すると、そのとき。

「お前、まさかほっとしてるんじゃないだろうな」

 ふいに、慶士が口を開いた。

 さっきとは打って変わって冷静な声色にはどこかさげすむような響きがあり、天馬の胸がざわめく。

「……なに言ってる」

「改めて思い返してみたんだが……、俺はお前から、天霧屋の跡を継ぎたいなんて話を聞いたことがない。むしろ、こっちからその話題に触れても、いつも適当にかわされていた」

「慶士、それは……」

「お前、本当はずっと嫌だったんじゃないのか。だから、妙な女が登場したことで、自分が重荷を背負わずに済む正当な言い訳ができたとでも考えてるんだろう」

「……おい、勝手な想像で決めつけるな。継ぎたいとか継ぎたくないとかじゃなく、そうなることをとうに受け入れていたからこそ俺は……」

「受け入れるってなんだ? 思うところがありながらも、あきらめて流れに適当に身を任せていただけだろう」

「…………」

「お前はそういう奴だ。意思がない」

 自分の中であいまいにしておきたかった部分を的確に言い当てられ、天馬は動揺を隠すことができなかった。

 そのとき。

「──はいはい、もういいって。こっちは、そういううつとうしいやりとりにちょっと食傷気味だから、続けたいなら後でやって」

 張り詰めた空気に割って入ったのは、やはり女だった。

 ずいぶんな言い草だが、慶士の追及から逃れた天馬はひそかにほっと息をつく。

 しかしそれも束の間、女は天馬との距離をさらに詰めたかと思うと、いきなり胸ぐらをつかんで強引に引き寄せた。

「な……」

 細腕からは想像もできない力に抵抗することもままならない中、女は間近から天馬の目をまっすぐに見つめる。──そして。

「あのさ、一応言っておくけど、もし私が天霧屋の当主になったときには、無駄は全部省くからね」

 威圧的な態度で、そう言い放った。

「……どういう、意味だ」

「そのまんまだよ。無駄に広いこの土地も、使えない門下たちも、全部要らないってこと」

「なに……?」

はらいの仕事は私一人で成り立つし、それなら身ひとつで十分だもの。こうやって大きな拠点を構えて人を育てて……みたいなやり方、面倒だし、そもそも古いし」

 さすがに、看過できない発言だった。

 つまり、この女が当主になった暁には、天霧屋は拠点を失い、残った門下たちは居場所を失うことになる。

 しかし、どんどん門下が減り続ける中でなおとどまっている者たちは、そのほとんどが深い事情を抱えており、他に頼る人間はおらず行き場所もない。

 もちろん全員が祓師としての資質を持つことは確かだが、あくまで修行中の身であるため、〝使えない〟という言葉を否定できる程の実力はない。

 天馬の脳裏をふと、天霧屋の救いのない未来が過った。

 ただ、それと同時に浮かんできたのは、女に対する大きな疑問。

「おい、……門下を育てず拠点も必要ないなら、なぜ天霧屋を狙う。他所よそで勝手に祓屋をやっていればいいだろう」

 疑問とは、まさにその問いの通り。

 結局一人でやっていく気ならば、古いと散々けなしながらも、天霧屋をわざわざ手に入れようと考える理由がわからなかった。

 一方、女にとっては意外な質問だったのか、すっかり脱力した様子で天馬の胸ぐらを放す。

「冗談でしょ……。血統書付きのお坊ちゃんって、そんなこともわかんないの……?」

「どういう意味だ」

「だからさ……、どんなに廃れても、おんみよう系譜の天霧屋って名にはいろいろ特需があるわけ。たとえば悪霊ばらいに高額の報酬を提示してくるような権力者は、そういう家門にこだわって、野良の祓師なんて相手にしないの」

「……それは、つまり」

「財力や太客とのパイプは、家ごともらわないとなかなか手に入らないってこと」

 要は金目当てか、──と。

 なんの誤魔化しもなく語る女の態度に、いっそすがすがしさすら覚えた。

 とはいえ、天霧屋の当主という肩書きが金目的に使われるなんて話はさすがに許容できず、天馬は女をにらみつける。

「そういうことなら、話が変わってくる。やはり、天霧屋をお前に譲るわけにはいかなくなった」

 しかし女はひるみもせず、むしろ大きな目を輝かせた。

「ようやく張り合いが出てきたね。ちなみにだけど、どういうことならよかったの? 現状維持のまま守れって?」

「それ以前に、お前がやろうとしていることは、乗っ取り同然だろ」

「そこのおじいちゃんは、それでもいいって言ってるけど? お坊ちゃんに渡したところでどうせ終わるし、私に託して天霧屋の名前が残る方がまだマシだって考えたんじゃないの?」

「他人のお前が、どうせ終わるなんて決めつけるな」

「自分だって思ってる癖に。それに、昨日の醜態を見ちゃったら、決めつけたくもなるよ」

「確かに、……今の俺は弱い。……が、天霧屋をかねもうけの屋号として残すくらいなら、意地でも阻止する」

「意地だけじゃ阻止できないよ」

「だとしても俺は──」

「──まあ、待て」

 次第に激化する二人の応酬を遮ったのは、正玄だった。

 天馬が壇上に視線を向けると、正玄はゆっくりと口を開く。

「確かに譲るとは言ったが、わしが今すぐに当主を退くというわけではない。実力を基準に、近々結論を出すつもりだ。それまで、存分につぶし合うといい」

 正玄の口から潰し合えなどという言葉が出るなんて思いもせず、天馬はあつに取られていた。

 かたや女は慌てて壇上に上がると、正玄の両肩を揺らす。

「え、噓でしょ、今すぐじゃないの? いつ?」

「そうかすな。儂はもう九十七だ。そう遠い話じゃない」

「え、まさか死ぬまで待てってこと? 見た感じ、あと五十年くらいは生きそうじゃん!」

「それではもはや悪霊と変わらんな」

「……そうなったら祓ってもいいんだよね?」

「──おい、女!」

 我慢ならない会話につい声を上げると、女は振り返り、さも不満げに天馬を睨みつける。──そして。

「っていうか、さっきから女、女って、失礼でしょ。私には、ことっていう名前があるんだけど」

 初めて、天馬の前で名を名乗った。

 強いいらちを抱えている最中だというのに、そのときの天馬の心に浮かんでいたのは、りんとした美しい名だという素直な感想。

 しかしすぐにその考えを振り払い、改めて真琴に視線を向けた。

「……みようは」

「偽名でいいなら、つかはら

「偽名でいいわけがあるか」

「だから、真琴でいいって。そっちは本当だから」

「……さんくさいな」

「よろしくね、お坊ちゃん」

「お前もお坊ちゃんはやめろ。俺の名前は──」

「いい、いい、大丈夫。の名前は覚えない主義だから。だって、覚えてもすぐに死ぬんだもの」

「…………」

 あまりに失礼な物言いに、天馬は怒りを通り越して眩暈めまいを覚える。

 しかし、正玄の演技じみたせきばらいが響き、慌てて姿勢を正した。

 真琴も渋々壇上から降りて天馬の横に座り、あぐらをかいてほおづえをつく。

 あまりにひどい態度だが、これ以上話を中断させるわけにはいかず、天馬は黙って前を向いた。

 やがて本堂が静まり返ると、正玄は田所を近くに呼び寄せ、なにやら分厚い資料を受け取る。

 そして、天馬と真琴に意味深な視線を向けた。

「とにかく、……各々思うところはあるようだが、天霧屋の後継者についての説明は以上とし、お前たちにはこれまで通り悪霊祓いの仕事をしてもらう。天霧屋の次期当主たる実力を見極めるには、それがもっとも手っ取り早いからな。というわけで、ここからは、新たな依頼の説明に移る」

 正直、そう簡単に気持ちを切り替えられるような心境ではなかったけれど、正玄の言葉は絶対であり、天馬は言いたいことを押し殺してうなずく。

 すると、正玄は資料をめくりながら、まるでさっきの衝撃発言などなかったかのように、いつも通り依頼の説明を始めた。

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