第7話 鮮魚部新人除霊担当、爆誕
俺にも誰かを救える力があるのなら。今度こそ、除霊の力で誰かの役に立てるなら。
「……ッ、あいつを倒して、みなさんの助けになりたいです!」
「よっしゃ! 新人君のデビュー戦だ!!」
「——行きます!」
高草木さんの声を背に受けて、バンダナを握りしめる。そして素早く左腕に巻き付けた。不器用なためかなり不格好に巻かれたバンダナ。しかし見てくれはどうだっていい。俺の思いに応えるように、青い光がバンダナを包んだ。光は大きくなり、俺の体を包みこんでいく。幻想的な光景に意識が奪われる。呆然とその様子を見ていると、やがて光は少しずつ収束し、バンダナへと吸い込まれていった。青く輝くバンダナ。触れると力が湧いてくる。そしてこの湧いてきた力を——一体どうすれば!?
「魚と共鳴するんだ。あいつを倒すためのとびきりかっこいい魚! 思い浮かべれば応えてくれる!」
「——おい! 魚屋!!」
天使さんの声が聞こえた。ハッとして前を見ると、先ほどの光を察知して反応したのか、悪霊がこちらにやってくるのが見えた。天使さんが加速しながら勢いよく飛んできて、俺の横で急ブレーキする。ひらりと羽が舞い落ちた。俺を見下ろし、青く光るバンダナを認めると不敵に笑う。
「お前、結局戦うことにしたんだな。どうせ八百屋に丸め込まれたんだろ。ラクしたいってずっと言ってたもんな、コイツ」
「はー? 俺は一緒に働いてくれる人が欲しかっただけだし、雨水君は俺たちを守りたかった。利害の一致ですー」
「守るもなにも、お前、別に一人だって——」
「!! お二人とも、危ない!」
突如、悪霊が俺の方へ攻撃を飛ばした。瞬く間に迫る黒。二人は瞬時に回避し、俺も慌てて避けようと左へ跳ぶと、一瞬で体を動かすことができた。余裕たっぷりに難なく回避。数秒間に俺がいた場所にめり込む影を見て冷や汗をかくと同時に安堵していると、違和感を覚えた。俺はこんなに運動神経が良くない。もしかしてこれもバンダナの力か? 思えば高草木さんも人間離れした身体能力で商品棚の上に飛び乗っていた。試しにえいやと跳んでみると、普段の何倍も高く跳ぶことができた。しかし商品棚の上に飛び乗るのは憚られたのでそのまま着地をする。
「おい魚屋なにしてるんだ? 遊んでる場合じゃないぞ」
「え、いや、違くてちょっと色々確かめたかっただけです!」
身体能力がかなり強化されているようだった。再び悪霊が攻撃してくるも、回避。ひらりひらりとステップを踏むように躱していく。隙を伺いながらそうしていると、トン、と背中に商品棚が当たった。誘導されていたらしい。商品棚はすぐ消えてくれるかと思ったが、運悪くその場に留まり続けている。逃げ場がない。まずい。俺の動きが止まった隙を逃さず、悪霊が攻撃を放つ。ビームのように自身の体の一部を飛ばしてきた。咄嗟に腕を顔の前に出し目を瞑った。でもこのまま攻撃を受けたら——!!
バシン、と何かがぶつかった音がする。しかし痛みも何かが当たった感覚もない。恐る恐る目を開くと、羽が目の前に見えた。天使さんが攻撃を片手で受け止めている。
「さっきからなにを呑気にしているんだ! 危ないだろう!」
「て、天使さん! 大丈夫ですか!?」
「ボクは影に憑依されない! ボクの心配はいいから、早く!」
天使さんが俺の前で攻撃を止めてくれている間に、やるべきことをやらなければ。先ほど高草木さんが教えてくれたように、目を閉じて頭の中で魚を思い浮かべる。真っ先に浮かんだのは、マグロ。今日切り方を覚えたマグロ。最初はサクの姿を、次にいつか映像で見た市場で売られる姿を、次に雄大な海の中を泳ぐ姿を。想像の中の彼らは素早く、そして悠々自適に青の中を泳いでいく。あのスピードが力を貸してくれれば、力強い。再び力が湧き上がってくるのを感じて目を開けると、バンダナが青く輝きを放っていた。いける。衝動のまま腕を上にあげ、手のひらを空へと向けた。高く高く伸びる天井を仰ぐ。
「マグロさん! お願いします、力を貸してください!」
叫んだ瞬間、バンダナがさらに強く輝いた。光の海に揉まれながら必死に力と共鳴していると、背後に気配を感じた。振り向くと、先ほどまで何もなかった空中に水が浮かんでいる。それは細くたなびき、なにもない空間に紋様を作り出す。魔法陣だ。水でできた魔法陣が描かれていき、それが完成した瞬間、魔法陣が青く輝いた。ぞくりと興奮が背中を伝う。空気の震えるような感触を離すことのないよう必死で力を手繰り寄せていると、ぬらりと魔法陣から何かが出てきた。
黒く光沢を放つその巨体は、まぎれもなくマグロ。いつか水族館で見たものよりも遥かに大きなそれが、少しずつその姿を現す。しかし不思議な力で呼び出した生き物だからなのか、目がくりくりとして体もハリがあり大きく愛嬌のある姿をしている。やがて巨体がその姿を全て現すと、縦横無尽に店内を泳ぎ始めた。真横を通るたびに伝わる迫力。面積が何倍にもなった異空間の店の中を、楽しそうに泳いでいる。悪霊もそのスピードに翻弄されているのか、攻撃を放つ様子はない。俺は悪霊のことを忘れてただマグロを見ていた。——君に乗ることができれば。
俺の思いを感じ取ったのか、マグロがこちらへと向かってくる。少しずつ減速しながらやってくる彼から、信頼を感じた。俺が彼の力を使うことを許可されている。ならば俺は全力で向き合わなければならない。足に力を込めて一気に跳躍。ふわりと空中にわずかな間とどまり、そして落下する瞬間、マグロが真下を通った。素早くその背に着地してそっと手を当てる。
「俺に力を貸してください。この店と、高草木さんたちの助けになりたいんです!」
背に当てた手に力を込める。青い光が俺たちを包み、マグロさんは大きく旋回した後一直線に影へと突っ込んでいく。背にしがみついていると、水のリングが出現して俺とマグロさんを繋ぐように腰に巻き付いた。
「突っ込め!」
悪霊がその目を閉じるよりも早く、弾丸のような巨体が影を貫いた。煩わしいノイズのような叫び声が至近距離から上がる。そのうるささで耳鳴りがした。思わず顔をしかめながら様子を確認すると、影の中心に大穴が空いている。今俺、悪霊の体の中突っ切ったのか。いまいち実感のないまま様子を伺う。目玉が、痛みを表すかのようにしきりに瞬きをしている。しかし倒れている様子はない。ダメージは与えたと思うのだが、まだ足りないのか。
もう一度攻撃をするために、一度距離を取り姿勢を整えていると、高草木さんの姿が眼下に見えた。左の手のひらをそっと開いている。
「かぼちゃく~ん援護して」
彼の声に反応して、手のひらの上に緑色の魔法陣が現れた。草が紡ぐその魔法陣は、次第に大きく展開していく。勢いよく高草木さんが手のひらを頭上に掲げると、魔法陣は一瞬で彼の手のひらの何倍もの大きさになった。マグロの上からその様子を固唾を飲んで見守っていると、魔法陣から射出されるように巨大な何かが飛び出す。深い緑色をした、球体——にしては歪んだ形。ごつごつとしたそれは、かぼちゃだった。ドスン、とかぼちゃが着地した瞬間、その衝撃で高草木さんがふらりとよろけたのが見えた。同じく悪霊もバランスを崩してふらりと揺れている。
「高草木さーん! 大丈夫ですか!」
「平気平気~慣れてるから!」
高草木さんは俺に向けてピースサインをした後、左腕をかぼちゃに向ける。「行っちゃって!」
その言葉を受けかぼちゃが動く。ふるりと震えたかと思うと、突然六等分にその実が割れた。美味しそうなオレンジ色の中身が輝いている。美しく切られたかぼちゃは浮き上がり、影の元へと一直線に飛んでいく。そして未だ混乱している悪霊の周囲を好機とばかりに取り囲むと、壁を作るように周囲に着地した。かぼちゃの包囲網である。そして六等分になったかぼちゃは元の形を取り戻すようにくっついていく。悪霊を飲み込むように包囲が完成していく。
グギャアァアアアァ!!!
影が外へ出ようともがいているのか、かぼちゃの内側から何かを殴るような音が断続的に響き始めた。天使さんが空中から警戒するように視線を向けている。
「雨水君! ばっくんやっちゃって!」
高草木さんが楽しそうに腕を振った。何をすればいいのかはてんでわからないが、とにかくマグロに任せてみようと思った。高草木さんに頷きを返し、マグロにしっかりと捕まる。
「マグロさん、いけますか?」
俺の問いかけにマグロが視線を向けてくれた。彼にも頷きを返し、そして衝撃に備える。
「お願いします!」
そこからは目まぐるしかった。狙いを定めたマグロが一気に加速する。悪霊はかぼちゃから抜け出そうと攻撃をしているようだが、その緑色のシェルターはびくともしない。標的はあの中だ。そのままぶつかることも厭わずに突っ込む。背びれに強くしがみつき、決して衝撃に振り落とされないようにと踏ん張る。
そしてマグロとかぼちゃがぶつかる数秒前。壁を作っていたかぼちゃが、六等分の状態で一斉に地面に倒れた。巨大なオレンジ色の花びらのように倒れ、その中にいた悪霊は突然開けた視界に何が起こったのかわかっていない様子で立ち尽くしている。あとはあいつを倒すだけ。マグロが大口を開いた。鋭く光る歯、果てしなく広がるその口の中。俺はそっと背びれから手を離し、両の手のひらを緩く開き胸の前に掲げる。そしてマグロと息を合わせて、両手を強く握り合わせた。
「——ばっくん、どうぞ!」
ばくり。
俺の動きに合わせ、巨大な口に影が飲み込まれた。無慈悲に大口は閉じられる。マグロはその興奮を示すように、大きくヒレを動かした。——悪霊を飲み込むことができたようだった。スピードを緩め、ゆっくりと店内を泳ぐマグロの様子におかしなところはない。悪霊の気配もない。——倒した。
「なんとか、なった……?」
「雨水君!」
声が聞こえる。俺はマグロの上でへたりこみながら呆然としていた。今、俺は何をしていたんだっけ。無我夢中で動いていた馬鹿力が尽き、力が抜けたらしい。マグロはゆっくりと店内を泳いでいる。揺らめく商品棚の上を泳ぐその見慣れない景色を見ながら、そっとマグロの背を撫でた。
そうしていると段々頭がクリアになってきた。そうだ、高草木さんは助かったのだろうか。確かめるために下を見ようと身を乗り出すも、力が入らずよろけるだけだった。緊張が一気に解けたからだろうか、一歩も動けそうにない。どうしたものかと思っていると、突然ふわりと体が浮いた。何かに持ち上げられた感覚。何事かと見ると、緑色の蔦が俺の体に巻き付いていた。見覚えがある。高草木さんのものだろう。そう思っている間に、地面にそっと降ろされた。お礼を言おうと振り返ると、六等分されていたかぼちゃが元の形に戻ろうとしていた。その頭から蔦が伸びている。どうやらかぼちゃが蔦で降ろしてくれたようだった。本当に不思議な生き物である。
「あ、ありがとうございます。かぼちゃさん」
お礼を言うと蔦がくるりと目の前で動いた。マグロも俺とかぼちゃの周りを囲むように泳いでいる。そっと背を撫でるとヒレをぱたりと揺らした。かわいい。勝手に呼び出してしまって少し申し訳なく思っていたが、こんなに懐いていただけるとは光栄である。
「雨水君! 大手柄じゃん!」
背後から声が聞こえた。振り返ると、高草木さんと天使さんが並んでこちらへと向かってきていた。いてもたってもいられず駆け出そうとしてずっこけた。「お前何してるんだ?」天使さんの呆れ声が聞こえる。構わずに顔を上げて立ち上がった。
「高草木さん、あの、腕は!」
「無事だよ。おかげさまでね。いやあ、本当に雨水君のおかげだよ。一命をとりとめた~」
明るく笑う高草木さんの腕に、あの時に見た影はない。後遺症もないことを示すように、ひらりと腕を振っている。その様子を見て、本当に倒すことができたんだと実感が湧いてきた。ほっとする俺の横に天使さんがやってくる。
「一命をとりとめたも何も、お前あの後普通に戦ってたじゃないか。ぶりっ子するな」
「はあ~? テキトーなこと言わないでよ。俺だって死ぬんじゃないかと思ってヒヤヒヤしてましたー。っていうか、俺に文句言うより先に雨水君にお礼言いなよ。君だけだったらアイツ倒せてないでしょ」
「…………初めてにしては、まあ、よかったんじゃないか」
「お礼じゃないし」
天使さんに褒められた。依然表情は真顔ではあったが、少しだけ俺に対する警戒心が和らいでいるように見えた。
「あ、ありがとうございます……でも天使さんのおかげです。天使さんが、俺のことを引っ張り出してくれたから……色々とご迷惑をおかけしました」
彼が俺のことを叩き起こしてくれなかったら、俺は一生後悔することになっただろう。改めて天使さんに感謝を伝えると、彼は俺の顔をじっと見て口を開いた。
「結局、戦うことを選んだんだな。お前がボクの戦う様に見惚れている姿を見るのも悪くないとは思ったが……まあ、結果的に助かった」
彼は顔を歪めてふいと目をそらす。そしてふわりと羽ばたき、俺を見下ろした。
「ボクの攻撃が当たらなかったところ、見ただろう」
「あ、えっと……」
「先ほども言ったが、あいつらの本体は目玉。だから、目玉を攻撃しない限り倒せない。……ボクの攻撃は速さと攻撃範囲ともに不足しているから、あいつらに避けられる確率が高い」
ふと高草木さんが指を振る。と、目の前にかぼちゃがドシンと降って来た。振動で体が揺れる。そろそろ店が壊れるのではないか。倒れないよう踏ん張っていると、高草木さんが再び指を振った。それに反応してかぼちゃががぱりと口を開ける。中央を裂くように現れた口の中で牙が光っている。
「だから厄介なんだけど、でもこうやって食べてもらえば問題なし! 一撃ノックアウト。俺たちの攻撃は有効ってわけ」
バクン、とかぼちゃの口が勢いよく閉じられた。口が無くなればもうただのかぼちゃにしか見えなくなる。その様子を見ながら、天使さんが静かにため息を吐いた。
「正直、お前が戦力になってくれるのであれば心強い。ボクもやつの攻撃を防ぐことは簡単にできるから、そこは任せてくれ」
「基本ノーダメージで攻撃防げるもんね」
高草木さんが再び指を振ると、かぼちゃの下に緑色の魔法陣が出現した。魔法陣に飲み込まれるようにかぼちゃが消えていく。姿が見えなくなるまで、蔦をにょろりと出して俺たちに向けて揺らしていた。手を振っているのだろうか。かわいらしい姿に顔がほころぶ。
「今日もありがとうねー、助かったよ。……あ、雨水君もほら、マグロ君帰してあげたら」
マグロは俺たちの周りを穏やかに泳いでいた。どうすればいいのかわからなかったので、高草木さんの真似をして指を振ってみる。
「マグロさん、もう大丈夫です! ありがとうございました!」
そう伝えると、左腕につけたバンダナが光り空中に魔法陣が現れた。マグロは魔法陣へと向かい、そして吸い込まれるようにその中に入っていく。巨体が姿を消すと魔法陣も一緒に消えていった。後に残るのは薄暗い店内のみ。相変わらず商品棚は幻覚のように現れては消え、天井は遥か彼方高く、店の面積もかなり広くなっている。その非現実さに初めは恐怖するばかりだったが、あれだけ縦横無尽に動くことができたのはこの空間のおかげだろう。
「というか……お前たち派手にやったな……」
天使さんの呆れ声につられて店内を見渡すと、真っ先にひびの入った地面が目に入った。崩壊寸前の柱もある。商品棚や商品は幻だろうが、柱はどうなんだ? 思わず顔が引きつった。これはもしかしなくてもクビ案件なのではないか。
「え、こ、これって大丈夫なやつですか? 普通に怒られるやつですか!?」
「ああ、この空間で起こったことは現実に反映されないから、大丈夫。派手に壊しちゃっても平気だよ」
「平気だとしても美しくないだろう。お前たちが帰ったあといちいちボクが直しているんだからな? 面倒ごとを増やすな」
「ええ? 直るんだからいいじゃん。てかいちいちそんなこと気にしてたら判断が鈍るし」
「っは、これだから自分勝手なヤツは」
「あの、け、喧嘩はやめてください」
騒がしい二人に挟まれてため息をついた。賑やかなのはいいのだがどうにも仲が悪いらしい。ひとしきり言い合いをした後、天使さんが「こいつのせいで無駄な時間を過ごすのは業腹だから帰る」と吐き捨てて姿を消した。高草木さんはそんな天使さんをむっとした顔で見送った後、俺を振り返る。その時にはもうケロっとした表情に戻っていた。
「ごめんねー、うるさくて。彼最近機嫌悪いみたいでさあ」
それは高草木さんが煽るからではないのかと思ったが、口には出さないでおいた。
「ああ、いえ。むしろその、なんというか新鮮で楽しかったです」
誰かが言い合いをしている間に入って仲裁することなんて今まで無かったから、新鮮でなんだか楽しかった。それを正直に伝えると、高草木さんは奇妙なものを見るような目で「ええ? まあ雨水君が楽しかったならいいけど……ちょっと変だね雨水君」と言って左に視線を外した。いい意味でも悪い意味でも正直な人である。
「さて。悪霊は倒せてヨシなんだけど……まだ仕事、残ってるじゃん?」
「え? あ、ああ、サク……」
サクの存在を今思い出した。恐らく鮮魚の作業場で中途半端な形で放置されているのだろう。どうすればいいかとオロオロしていると、高草木さんが笑った。
「鮮度は関係ないから放置してたのは問題ないよ。量がたくさんあるわけじゃないし、いけるでしょ。雨水君には頑張って切ってもらわないといけないけど……どう?」
彼へと大きく頷く。「いけます。今なら、大丈夫です!」
作業に戻ろうと鮮魚の売り場へ戻る途中、ふと、バンダナを巻き付けた左腕が目に入った。なんとなく力を込めても、先ほどのようにマグロを呼ぶことはできない。戦いの時に発揮される、不思議な力。俺が高草木さんやこの店の力になることができるのなら、精いっぱい頑張りたかった。迷惑にならないように頑張って、いつか胸を張って誰かの力になれるように。目の前を歩く高草木さんが顔だけで振り返った。
「ねぇ。悪霊退治、どうだった? 特別な仕事も悪くないでしょ?」
「……そうですね。むしろ、念願が叶ったというか……貴重な機会をいただくことができました」
まさかアルバイトで除霊ができるようになるとは思ってもみなかったから。
「んふふ、思ったよりも満足そうで安心した。多分過去になんか色々あったんだとは思うけど、ここでは気楽に構えていてくれればいいからさ。頑張ろうね」
そう言って笑う高草木さんへ、はい、と小さく返事をする。今度こそ迷惑をかけない。その新たな決意を今から見せるんだ。戻って来た鮮魚の作業場で、そっと包丁を手に取った。悪霊退治は頑張りたいが、もちろんそれ以外の仕事でも役に立ちたい。まずはこのサクを上手く切って、幽霊のお客さんへの接客にも挑戦しよう。少しだけ持てた希望を胸に、気を引き締めるためにエプロンの紐をきつく結んだ。
▽▽▽
「……戦力が増えた。これで、八百屋はもちろん、コユキの負担も減るだろう。無理をさせずに済めばいいんだが……」
ふわりと飛び上がり、天井を突き抜け店の上へ。屋上の縁に腰を下ろし、すっかり更けた夜の街を見下ろす。
「ボクも、早いところなんとかしなければ。コユキから、あの悪徳幽霊を追い出すために」
ちらりと落とした視線の先、真っ白な手のひらを見てかすかに眉を顰めた。
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