36 女神の今後



 新高大臣とピロアーネの話し合いは長く続いた。

 彼女は話せることは話し、話せないことは話さなかった。

 ダンジョンの仕組みについて話し、ダンジョンを生み出し続ける根源的なことについては話せなかった。

 そもそも、話せたことに関してもそう多くはなかった。


 そうだろうなと思っていたが、ピロアーネは感覚派だ。

 ゲームで例えるなら、説明書は読まないし、チュートリアルもスキップする。そして難題にぶち当たると、「クソゲー」と叫んでやめる。

 彼女はそういう人だ。

 例えに出しておいてなんだが、私がゲームをしなくなってどれだけ過ぎているのだろうか。

 そこそこ時間もあるのだし、改めてゲームをやるのもいいかもしれないな。


 あっ、新高大臣が頭を抱えている。

 私が話した以上の秘密を持っていなくてびっくりしたのだろう。

 多少は有意義なことがあったとしたら、『神々はダンジョン作りがブーム』というわけがわからないものしかない。

 だからこそ、大臣は頭を抱えているのだろう。


「まぁ、世界征服の陰謀などがなくてよかったじゃないですか」

「そう、かな? そうだといいな」


 大臣の言葉は願いのようでもあった。

 とはいえ、ピロアーネである、周りが当たり前に知っていることすら知らない可能性もあるので油断はできない。

 しかし、もとより知る余地のないことでもある。

 なら知らないままでいいのではないかなとも思う。

 知るべき時が来たのなら、それは逃れようもない事態になっているのではないだろうか。


「そうだね。では、ピロアーネさんのことは、八瀬川くんに任せるとしよう」

「……は?」


 どうしてそうなった?


「なぜ、ですか?」

「ピロアーネさんの対応方法を知っているし、いざとなればあなたなら対応できるでしょう。他の者を監視に使うと人件費がかかりすぎるからね」

「ええ……」

「君がダメだと、やはり厳重な密閉空間に入れて地下に埋めておくしか……」

「やめて!」


 叫んだのはピロアーネだ。


「立派な祠を上に置いておきますよ?」

「それがなんの癒しになるのよ! いやよ! 絶対いや!」


 叫び、私の腕にしがみつく。


「今までのことは謝るから! あなたがなんとかして!」

「はぁ……」


 そうなってしまったか。


「……では、便宜ぐらいは図ってくださいよ」

「わかった。なにが望みだね?」

「そうですね」


 たしか、あのアパート、空きがあったはずだ。



 戻ってきたのは夜になった。

 チャイムを鳴らしたのは自分の部屋ではなく、隣のミミミ……仕事中ではないから美生の部屋だ。


「あ、次郎さん! どうしました⁉︎」

「これから食事に行くのでよければ一緒にと」

「わわっ! 行きます! どうしたんですか急にっ!」

「いえ、ちょっと紹介したい人がいまして」

「……紹介?」


 その言葉でなぜか彼女の表情が固まり、そしてドアの影に隠れていたピロアーネを見て青ざめた。

 なぜ?

 いまのピロアーネはD省で用意してもらった服を着ている。東京を歩いていればそこそこ見られる金髪碧眼の白人女性でしかないはずだが?


「あの? 次郎さん、この方は?」

「昔の知り合いで、しばらく世話をすることを頼まれましてね。今日、というかこれからあっちの部屋で引越しをするんですよ?」

「へ?」


 私が美生の隣の部屋を指すと、また彼女が変な顔をした。


「きっとうるさいことになるでしょうから、その間、外で食事でもしましょう」

「ええと、ただのお知り合い、なんですか?」

「もちろん」

「ねぇ、ドラジロウ。なんなのこの女」

「うぇ」

「ピロアーネさん」


 ピロアーネの言いように美生が驚く。

 私は静かに笑みを作り、彼女の側頭部に両の拳を押し付けた。


「これから隣人でお世話になる人に失礼な言い方をするのはダメですよね?」

「あがががが!」

「あと、私の名前は八瀬川次郎です。ジロウと呼ぶのは許すと言ったはずですよね?」

「痛っ! あがっ! わかっ! わかったぁぁぁぁ!」

「よろしい」

「うひぃ、ふひぃ……ひどすぎる」

「そういうわけです。ちょっと常識が足りなくて失礼な塊のような部分がありますが、付き合ってやってください」

「は、はい」

「さて、それじゃあ、どこに行きましょうかね」

「あっ、待って! 着替えてきます!」


 慌てて部屋に戻った美生を待ってから、出発した。


 美生がピロアーネの意見をいろいろと聞いた末に、洋風居酒屋となった。バルという呼び方もあるそうだが、洋風居酒屋の方が気分的に受け入れやすいと思うのは、私が潜在的におっさんだからだろうか。

 要は焼き鳥や揚げ出し豆腐の代わりにピザやステーキが、ビールや酎ハイの代わりにワインがある。

 あ、どちらもビールはあるか。


「ふふん、私の舌は厳しいのだぞ。こんなところで私を満足させるなど……」

「嫌なら外で待ってなさい」

「いただきます」


 ドイツビールで乾杯。

 ピザもステーキサラダも美味しかった。

 美生もこの店の売りである山盛りピザに満足している。

 そして、ピロアーネは……。


「あはははは!」


 安い赤ワインに満足している。

 洋酒の種類が豊富な店ではあったけれど、お手頃な値段の物に限定されている。

 なのに、上機嫌に酔っている。


「なによ〜ミオは良い店知ってるじゃない。褒めてつかわす〜」

「あはは、ありがとうございます」


 ピロアーネの高慢な態度に、最初は戸惑っていた美生だが、だんだんと慣れてきたようだ。


「大丈夫かな?」

「はい。貴族振る舞いのDチューバーの人、みたいなものですよね」

「Dチューバーですか」


 なんでもあるんだな、Dチューバーって。


「それで、この人も覚醒者なんですよね?」

「ああまぁ、近々発表があると思いますよ」


 いまのピロアーネの実力は、S級覚醒者ぐらいとした私の読みは間違っていなかった。

 実際に鮫島さんとの模擬戦が行われたので間違いない。

 どちらが勝ったか……あえて口にする必要はないと思うが、鮫島さんが最後に拳を振り上げたことだけは記しておく。

 ダンジョンにも連れて行き、私と違って魔石を獲得できることも確認した。

 私よりもはるかに覚醒者として活動しやすいだろう。

 おかしなことをしないように私が見張っておかなければならないのが面倒だが。


「発表。やっぱり」

「まぁ、変なことはさせないように気をつけますので」

「変なこと?」

「ああ、なんでもないです」


 美生がなにを心配しているのかわからないな。


「んん? そのDチューバーというのはなんなのだ?」


 赤ワインでご機嫌に笑うだけのマシンとなっていたピロアーネがDチューバーの言葉に吸い寄せられた。


「知らないんですか?」

「知らん」

「ええと、Dチューバーというのはですね」


 気位は高い……ように見えるが、基本的になにも考えていないようなので、いずれはこちらの社会に馴染むな。

 二人を見ていると、そう思えた。

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