34 報告



 一日休養した後でD省に向かった。

 ミミミはアパートに着いた時点で起こして、自分で部屋に入ってもらった。

 透過の魔法ですり抜けることもできたけれど、その後に怪しまれても困るので普通に起こすことにした。

 その時の慌てようはなかなかおもしろかった。

 とはいえ揶揄っていてはいつ怒られるかわからない。

 推定百五十歳オーバーのおじさんがしていいことでもない(戸籍上三十五歳+ラスボス歴約百年+ダンジョンモンスター時代不明)。

 適度なところで切り上げた。


 D省に到着したのはお昼前だった。

 いつ行くとも言っていなかったのに、すぐに鮫島さんと新高大臣がやってきた。


「昼食を一緒にどうだい?」


 新高大臣がそういうと秘書らしき人が私たち三人分のお重とお茶を運んできた。

 蓋を開けてみればたいそう立派な鰻重だった。


「大物政治家が御用達にしている店のだよ」

「それはきっとすごいんでしょうね」

「食べてみればわかるさ」


 そんないいものを食べていいのかと悩んだけれど、一方の鮫島さんに迷いはなかった。


「鮫島さんはよく食べているんですか?」

「まさか。でも、会社の経費でいいご飯を食べるなんて、普通の企業でもたまにはあるんでしょ?」

「まぁ、あるかもしれませんね」


 会社勤めの時の記憶が本当にあやふやなので、よくわからない。

 そして鮫島さんは、覚醒者になってからずっとD省勤めなので、民間の常識なんて知るはずもない。

 新高大臣も同じようなものだろう。


「税金を使わせてもらっているからって、清貧である必要はないさ。要は、やるべきことをちゃんとやっているかどうかだよ」


 そう言って新高大臣は美味しそうに鰻重を食べる。

 私もいただくことにする。

 美味い。


「美味いですね、これ」

「店に行けば他にもたくさん料理が出るんだよ。気に入ったなら連れて行ってあげよう」

「それは楽しみです」

「ていうか、君ってもうけっこう稼いでいるよね?」

「お金の使い方なんて、そう簡単には変えられませんからね」

「情報の取捨選択とかね。まぁいいさ。食べながらでもよかったら、話を聞かせてくれるかね?」

「そうたいした話でもありませんよ」


 ちょっとした古巣の揉め事です。

 ブラックミノタウロスとの戦い。

 女神との言い合い。

 そして破界種との戦い。


 それらを話し終えた頃に、ちょうど鰻重を食べ終わった。

 特盛で、ご飯の途中でさらに鰻重の層があるという二段構えだったが、三人とも残すことはなかった。


「食後に聞くべきだったね」


 お茶を飲み干して、新高大臣はため息を吐いた。


「途中で味がわからなくなったよ。勿体無い」

「本当です」

「いや、それで私を責められても」


 たしかに破界種との戦いは肝が冷えたけれど。

 そんなに驚くことだろうか?


「私の過去も、女神の話もしていたはずですよ?」

「いや、そうなんだがね」

「あなたって、何級なの?」

「何級?」

「モンスターとして」

「ああ……こちらの等級で、というかそういうもので強さを測ったことはありませんから」

「なら、その……ブラックミノタウロスが相手なら何体まで同時にいける?」


 鮫島さんが変な質問をしてくる。


「ブラックミノタウロスですか?」

「そう」

「そんなもの、百体まとめてきてもなんとかできますが?」

「……」

「……」

「どうかしました?」

「いや、君が日本人でよかったなと、しみじみと思っているだけだよ」

「そうですか」

「ところで知ってる?」


 新高大臣が納得したところで、鮫島さんが聞いてくる。


「なんです?」

「C国で十年放置したダンジョンを駆除するためにS級覚醒者五人のチームが派遣されたの」

「はぁ。もしかして、そこで出てきたのがブラックミノタウロスですか?」

「そう」

「十年でブラックミノタウロスですか、そのダンジョンの管理はかなり適切にされていたのでしょうね」


 それとも私と同じように転生したダンジョンモンスターだったのかもしれない。


「C国ではそのダンジョンを攻略する際に。三人のS級覚醒者が亡くなったそうよ」

「それは可哀想に。でもC国は大国だし人口も多いから、S級覚醒者の数も多いのではないですか?」

「そうね。C国は現在でも百人のS級覚醒者がいると公言している」

「それはすごい。それなら三人ぐらい、どうってことはないでしょう」


 日本は私を入れてもたったの五人なのに。


「ねぇ、それって全部、本気で言ってる?」

「え? そうですけど?」


 二人揃ってため息を吐かれた。

 なぜ?


「そういえば」

「まだあるのかい?」


 なぜか、新高大臣に嫌な顔をされた。


「私が倒したのに、なぜかドロップ品が出たんですよ。確認します?」

「ドロップ品?」

「なんだったの?」

「いや、それが不明でして。一緒に確認します?」

「待った。場所を変えよう」


 どうやら危険物だと思われたようだ。

 私も、これがなんなのかわからないので、異議を言いようもない。

 大人しく従い、隣にある訓練施設……のさらに隣にある蔵のような場所に移動した。


「緊急の危険物処理のために、高爆圧処理施設を各地に作っていてね。これもその一つだよ」

「なるほど」

「いいよ。出したまえ」


 新高大臣は自身で確認したいようだが、その前には大盾を構えた覚醒者が並んでいる。

 正直、盾にされている彼らからしたらいい迷惑だろう。

 それは、私が気にすることではないのかもしれないが。


「では」


 アイテムボックスから例の白い球を出す。

 と。


「おや?」


 手に入れた時は硬くて大きな球だったのに、いま取り出すと、それは生暖かい液体のようにするりと動いて床に落ちた。


「ぐへっ!」


 そして、声を発した。


「球じゃないわよ」

「そうですね」


 鮫島さんの言う通り、出てきたそれは球ではなかった。

 薄い、下の肌が透けて見るほどに薄い服を着た美女が床に転がって伸びている。

 この美女を私は知っている。


「おや、女神様」

「キュウ〜〜」


 女神ピロアーネが目を回していた。

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