33 破界の種




 とりあえず、なんと呼ぶべきか。

 破壊神。

 破界の種とか言っていたな。

 なら破界種と呼ぶことにしよう。

 次元の隙間からずるりと出てくる。

 いや、本当にその空間の裂け目が次元の隙間なのかどうかは知らないが、そういう風に感じられるというだけのことではあるのだが。

 とにかく、こうなってしまったら戦うしかない。


「このダンジョン、保つのか?」


 そんな不安を感じながら、私はブレスを吐いた。

 黄金光のブレスは光を基準としており、瞬く間に破界種を薙ぎ、熱風と爆発を周囲に発生させる。

 空間を支配する闇を連続的に押し退けるが、破界種の動きを止めることはできなかった。

 空中を滑っているはずなのに、どこかじっとりとした嫌らしさを感じさせる動きで接近し、触手を竜の体に纏わりつかせる。

 即座に結界盾が反応し、火花を生む。

 火花というよりは爆発か。

 触手に無数に仕込まれた針状の器官が私の体を刺そうとしたようだ。

 その動き自体はクラゲのようだ。


 だが……。


 接近してきた破界種の本体、クラゲの傘の内側が黒く輝いた。

 黒いブレスだ。

 元より接近を警戒して張っていた結界がそれを受け止める。

 おお、鮫島さんの斬撃では微動だにもしなかった結界が、震えている。

 凄まじい破壊力の証明だ。


 これは長い戦いになりそうだ。



 …………。


 …………。


 …………。


 …………。



 長かった。

 長く、地味な戦いでもあった。

 触手の針は近づくと直接刺してくるし、離れれば雷のようなものをばら撒く。

 主砲の暗黒ブレスは強力だが連射はできない。

 強力な再生能力。

 そしてなにより厄介なのは、質量が一定ではないことだ。

 ある瞬間にはネズミのように小さくなり、しかし次の瞬間には太陽のように巨大になる。

 私も自身の質量を操ってはいるが、しかしそれとはまったく別種の理由であろう。


 あれはそもそも、存在が確定していないのだ。

 自らの存在すらも破壊し、しかし瞬時に再生する。

 破界の種。

 名前そのままに世界を破壊する種族であるのだとしら、発生と消滅を永遠に繰り返し、その無限連環の中にやがては周囲を巻き込んでいくという存在であるのかもしれない。

 では、どのように倒したのか?


 ドラゴンとなる前、私は様々なモンスターを経験した。

 その中に夢魔があった。

 相手に夢を見させ、その中から相手を操作する能力だ。

 それと、以前にも使ったサイコルーラーの催眠攻撃も合わせた。


 無限に消滅と発生を繰り返すこの生物に、まともな自意識などあるはずもない。

 あったとしても、即座に壊れてしまうだろう。

 しかしだからこそ、精神的な攻撃への耐性が酷く低かった。

 普通なら、こんなものに近づいた時点で消滅に巻き込まれてしまうからかもしれない。

 おそらく私は存在力的なもので破界種を上回り、それに抵抗することができたのだろう。

 とはいえ攻撃は結界で止めることはできても、消滅と発生の瞬間のわずかなズレを利用して私の体に重なってくるという攻撃はかなり痛かった。


 ともあれ奴に『永遠に発生しない夢』を見せ、それを永遠に繰り返すように精神操作を行なった結果、なんとかその存在を消すことに成功した。


 その瞬間、広大無辺だったこの空間だ最初の広さに戻り、私はその余波を喰らって全身に衝撃を受け、慌てて人の姿に戻った。

 同時に、破界種が保有していた大量の経験値が私の中に入り込んでくる。

 これは、新たな進化が可能か?


 ゴールドドラゴンを超えてから進化にかなり時間がかかるようになった。

 エクスマニフィートドラゴンになった時には、もうこれ以上はないかもしれないと思っていたのだが、まだまだ上が存在するようだ。


 まぁ、とにかく、これでひと段落か。

 破界種が出てきた時の様子を見る限り、女神ピロアーネもかなり力を失っただろう。


「ああ、疲れましたね。……ん?」


 なにか転がっている?

 ドロップ品?

 ダンジョンモンスターの私がダンジョンモンスターを倒しても、経験値以外はなにも手に入らないはずなのだけれど。

 近づいてみると、それは真っ白な球だった。

 大きさは一抱え、私の部屋の電子レンジぐらいか。

 とりあえず、持ち帰るとしよう。


「……帰ろう」


 さすがに疲れた。

 考えるのは後に回すとして、崩壊を始めたダンジョンから脱出することにした。


「次郎さん!」

「おっと」


 ダンジョンを出てきたところでミミミに抱きつかれた。


「心配しました!」

「ああ、それはすいません。でも大丈夫でしたよ?」


 と言ってみてもミミミの涙顔は晴れなかった。


「だって……」

「あなた、三日もダンジョンにいたのよ」

「は?」


 後からやって来た鮫島さんの言葉に、私は驚いた。


「三日?」


 そんなに過ぎてしまっていたのか。

 破界種との戦いに集中し過ぎて、時間の経過を忘れていた。


「しかも、ダンジョンの入り口が出入り不能になったし、わけがわからない状態だったんだから」

「それは、なんででしょうねぇ」

「……」


 しらばっくれてみたら、すごく冷たい視線を向けられた。


「うう、よかった。よかったです……ふうっ」

「え? ちょっと?」


 抱きついていたミミミがいきなり放心すると、ズルズルと脱力する。

 なにごとかと体を支えると、彼女は眠っていた。


「感謝しなさいよ。その子、ずっとそこであなたを待っていたんだから」

「それは、悪いことをしましたね。ん?」

「なによ?」

「あなたは?」

「私? 私は、外に出たモンスターを駆除したり、即時攻略のダンジョンが発生したりして忙しくしてたわよ」

「そうですか。でも、ここにいるんですね」

「うるさいわね。こんな変な状態なの、放置できるわけないでしょ!」

「まぁ、それもそうです」


 周りにはD省の職員らしき人たちがたくさんいる。

 ダンジョンが消滅したので、その後片付けのために動いているようだ。

 鮫島さんもその一環としてここにいたのだろう。


「まったく……今日はとりあえずその子を連れて帰って。明日はD省に来て報告してもらうからね」

「特に報告するようなことはないですよ?」

「来なさい」

「わかりました」


 無駄な努力はやめるとしよう。

 ミミミを抱えて帰る。

 彼女の体の温かさが妙に心地良くて、アパートに着くのが惜しい気がした。

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