32 女神の悲鳴



 ダンジョンの奥へと進んでいく。

 ゴーレムの壁を維持したまま真っ直ぐに突き進む。

 夜魔系モンスターを配置するフロアで使っていたパーツで構成されたダンジョンは、できてそれほどではないことと、深く考えた作りではないことが合わさって、一本道がどこまでも続いている。

 モンスターはもはや出てこない。

 それでもゴーレムを引き連れているのは念の為だ。


 奥でなにが待っているかわからない。

 コスト重視のあの女神が、こんなわけのわからないパレードを起こしたということは、何かでヒステリー的なことを起こしてそういうことを考えられなくなっているのだろう。

 そういう時は、なにが起こるかわからない。

 パレード中ならダンジョンのコスト制限を気にしなくていいとはいえ、倒されたモンスターを復活させるのと、新しいモンスターを出現させるのでは必要とされるコストが違う。

 そのコストが女神のなにによって支払われているのかわからないが、女神があそこまで嫌がっているということは、例えば私の能力で言えば魔力の上限を削るような、そんな行為が必要である可能性もある。


 そして、あのケチで考えなしな女神がそんなことになった時、果たしてなにが呼び出されるのか。

 どうやら奥の間に到着したようだ。


 夜魔ブロック(勝手に命名)で作られた広間には、なんの姿もない。

 まさか、ラスボスさえも外に出してしまったのかと思っていたら……。


『ドラジロウ!』


 と、空間に声が響いた。


『これは女神様』

『お前、なんでまだ生きてるのよ!』

『さて、女神様の思し召しでは?』

『そんなわけないでしょ!』

『なら、自力で自立の道を見つけたということでしょうか。独り立ちできたということですね』

『うぎぎ……どいつもこいつも生意気』


 どいつもこいつも?

 他にも誰かが女神様に喧嘩を売っていたようだ。

 いや、私は売ったつもりはないのだけれど。

 状況から察するに、パレードの相手側のダンジョンを作った神か女神か、というところか。


『……ふう、まぁいいわ』


 おや?

 姿は見せないものの、女神が自分の怒りを収めた。


『ドラジロウ。あなたにチャンスをあげる。私のところに戻りなさい。そしてパレードに参加して、存分に暴れなさい』


 とんでもないことを言い出した。


『なぜ?』

『なぜぇ⁉︎ あなたの創造主たる、私が許してあげるって言ってるのよ! 泣いて感謝するところでしょう!』

『いえ、私はあなたに許しを請わねばならない理由がないので』

『キィィィィッ! この私が育てたダンジョンを台無しにしたのはあなたでしょう!』


 私のダンジョン。

 そう来たか。

 その言葉に間違いはないのだが。

 だが……。


『その言い草は納得できませんね。たしかに、所有権はあなたのものだったかもしれない。だが、あのダンジョンを育てたのは私だ』


 私が苦心し、私が手をかけた。

 私が、あのダンジョンを百年に渡って守ってきた。


『私こそがあのダンジョンを失った。私たちダンジョンモンスターが行なっていたことを理解もせず、ただ取り上げ、ただダメにした。あなたが無能なために!』

『なっ!』

『そもそもあなたは我々ダンジョンモンスターにどのように強くなればいいかを教えることもなかった』


 私は全てを手探りで行ってきた。

 そもそも、ブラックミノタウロスが溜め込んだ経験値を使っていなかったのは、生まれた時から強者であるが故の慢心もあっただろうが、女神がその使い方を教えていなかったからというのが大きいはずだ。


『あなたは全てを野放しにして、そしてそれがただ偶然うまくいっていただけ。あなたは、ただ女神であるだけの、ただ力があるだけの、無能だ!』


 言い切った。

 あまり自覚していなかったが、私も鬱憤が溜まっていたのかもしれない。


『ああ、そう』


 次に出た女神の声は冷え切っていた。


『よくもそこまで言いたい放題に、この女神ピロアーネ様を愚弄してくれたわね』


 ピロアーネ、か。


『いま初めてあなたの名前を知りましたよ。つまり、私たちは名前を教える価値もない存在だったということでしょう?』

『黙りなさい! もうこうなったらあんたに女神の恐ろしさを見せてやる!』


 その瞬間、この場がさらに広くなった。

 先が見えない。

 つまり、それぐらいに巨大な存在を生み出すつもりだ。


『こいつを使って、お前の全てを徴収して、そしてシェンハリのダンジョンも奪ってやる!』

『ああそうだ』


 私は、現出し始めた力で荒れ狂う空間で一つ手を打った。


『戦いの前に、一つ質問が』

『なによ⁉︎』


 相手が怒っていようが関係ない。

 本当に、これが最後の質問だ。

 なんとしても聞かなければならない。


『この世界がなんだったか、あなたは知っていましたか?』

『は? なんのこと?』

『私にとって、どういう意味を持つか、です』

『知らないわよ!』


 なるほど。

 この人は本当に、私に駒として以上の興味はなかったわけか。


『ならばもうけっこう。あなたへの慈悲はない』

『それはこっちのセリフ! 出でよ破界の種よ!』


 その瞬間、全身の毛が逆立ち、そして凍りついたような錯覚に襲われた。

 人の姿では対峙できないと本能が叫んだ。

 広大無辺となったこの空間に、自分の本当の姿を解き放つ。


 光鱗威角偉髯金剛覇王竜エクスマニフィートドラゴン


 ドラゴンとなった私の目の前で空間が割れ、それが姿を見せる。


『は、はわわ……あれ?』


 オーロラの触手を持つ巨大なクラゲ。

 あるいは次元の隙間に潜み獲物を狙う八腕の悪神。


『あれ? 止まらない。止まらないよう』


 淀んだ闇をその身に溜め込む、宇宙の一部から切り出されたかのような存在。


『力が、力が抜かれていく〜〜〜〜っ!』


 悲鳴のような声を最後に女神ピロアーネの気配は消えた。

 そして、それが完全にこちら側に姿を現す。


『世界を壊す破壊神? そんな存在だとでも言う気ですか?』


 万能言語での問いにそれは答えなかった。

 

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