31 ラスボスの差
間に合った。
ギリギリでミミミの前に立てたことにホッとしつつ、周囲の状況を確認する。
多くの覚醒者が倒れている。
重傷者が多い。
死者もわずかにいる。
とはいえ、数は少ない。
その原因はモンスターたちが、襲うことよりも外に出ることに集中していたからだろう。
なにはともあれ、人命救助だ。
倒れている覚醒者たちに回復を行なっていく。
「じ、次郎さん?」
「よく頑張ったね」
「は、はい。はい……うぅ」
緊張が解けたのか、ミミミが大粒の涙をポロポロと零し始める。
そうしている間に、他の倒れていた覚醒者たちも起き上がってくる。
「彼らと一緒にここから退避してください。外は、すぐに鮫島さんが来て対処してくれるでしょう」
「次郎さんは?」
「私は……」
掴んだ斧の向こうでブラックミノタウロスはギリギリと力を込めている。
それを受け止め、鼻息荒い彼から目を離し、ミミミに笑顔を向ける。
「彼が話があるようなのでお相手してきます。その後でこのダンジョンを処分しましょう」
「でも、その、S級って」
「問題ないですよ。私もS級ですから」
「でも……わかりました」
なにかを言いかけたミミミだけれど、それを飲み込んだようですぐに行動に移した。
「次郎さん!」
「はい」
「絶対、戻ってきてくださいね!」
「わかっています。また飲みにいきましょう」
「はいっ!」
ミミミ他の覚醒者たちが出ていくのを見届けてから、ブラックミノタウロスに向き直る。
周囲に他のモンスターはいなかったけれど、奥からさらなるモンスターがこちらに向かってきているのを感じた。
そちらにゴーレムを配置して、排除を任せることにした。
「やれやれ、女神様はなにをムキになっているのか」
明らかにこのダンジョンの容量を無視したモンスターが排出されている。
パレードでは一時的にコスト制限が解除されるとはいえ、明らかに無理をしてモンスターを生み出している。
その証として、ここにブラックミノタウロスがいる。
この地球でのダンジョンの歴史はまだ二十年ほどだ。
彼レベルのモンスターを通常配置できるようなダンジョンなど、世界でも片手で数える程度しかないだろう。
「いや、もしかして……」
ここに、ブラックミノタウロスがいる?
『もしかして、あのダンジョンを失ってしまったのかい?』
『グッ、ラアアアアアアアア!』
万能言語に切り替えて問いかけると、ブラックミノタウロスが激怒して斧を引く。
『この駄竜が! 貴様がなにか仕込んだから、ダンジョンが!』
『仕込んだんじゃない。なくなったんだ』
『なに?』
『私が、あのダンジョンで行なっていたダンジョンモンスターたちへのバフの配布、召喚したゴーレムの配置、追加の罠など、私の魔力で紐付けられていたものが失われたのだよ』
『なっ、に?』
『私の後は君が奥の間を引き継いだのだよね? それで、君はあそこに収まってなにかをしていたのかな?』
『嘘だっ!』
私の言葉を否定し、ブラックミノタウロスが襲いかかってくる。
その攻撃を結界盾で受け止める。
攻撃が跳ね返されるのを意に介さず、ブラックミノタウロスは斧を振り回し続けた。
『貴様は追放されたことを恨み、あのダンジョンになにかを仕掛けたのだ! そうでなければ!』
『言いたい放題だね。だが……』
ブラックミノタウロスの猛攻とその言い分に呆れつつ、私は薙ぎ払われた斧を掴み、その腹に蹴りを入れた。
『グアッ!』
『言いたいことがあるのは君だけではないのだけどね』
思わず刃の部分を握りつぶしてしまった斧をその場に捨てて、私は壁に飛んでいったブラックミノタウロスに近づき、問いかける。
『君があのダンジョンに配置されてから、だいたい五十年ぐらいの付き合いだったと思うのだがね』
その間、何人もの挑戦者たちをあの部屋に導いた。
ブラックミノタウロスが暇をしないように。
敵を倒し、成長できるように。
バフをかけ、武器を与え、敵が万全の体制にならぬよう、しかし撤退を決意させぬよう、ギリギリの塩梅を図りながら、敵を誘った。
戦闘の数は少なかったかもしれない。
だが、ダンジョンの最奥へと挑まんとする強者たちから得られた経験値が些少なはずはない。
それなのに……。
『君の強さは、その程度なのかい?』
まさか、ただの一度も進化をしていないのか?
新たな能力を獲得しなかったのか?
自分の強さに、ただ満足していただけなのか?
『まったくもって、度し難いな』
『ひっ!』
『ならば、君に回してやった経験値は、全て私がいただく』
無駄に経験値だけを溜め込んでいるなど、無駄の極みだ。
経験値が減ればコストも減って、女神様も喜ぶことだろう。
『まっ、待て待て待て!』
『もう、君と話すことはないよ』
右腕を副頭化させ、竜の顎で一口で飲み込む。
並ぶ牙でゴリゴリと咀嚼し、内包していた経験値を全て没収した。
「さて」
ゴーレムとモンスターたちの戦いが続いている。
それらにバフを撒き、進むように命じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。