30 女神の激怒



 女神ピロアーネは苛ついていた。

 パレードを持ちかけ、シェンハリに吠え面をかかせてやりたいのに、現地民の抵抗が激しくてモンスターが思うように外に出られない。

 なんでこいつらはこんなに抵抗するのか。


「パレードはダンジョンモンスターのイベントだから、お前ら関係ないじゃない!」


 モンスターたちが外に出たらなにをするのかをピロアーネは考えない。

 その必要はない。

 彼女は女神、神に連なる者たちなのだから。


「もうっ! 空気読まないったら!」


 なんでこんなことになるのかわからない。


「邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔っ!」


 もう、こうなったら仕方ない。

 こんな急造のダンジョンでさらにコストを消費したくなかったけど、そんなことも言っていられない。

 なんとしても、シェンハリを泣かせないと、気が済まない。


「ブラックミノタウロス!」


 ドラジロウを放逐したから、こいつが一番の高コストになってしまった。

 だから、こいつを投入する。

 百年ダンジョンを崩壊させた罰で封印してたんだけど、こうなったら仕方ない。


 思い出しちゃった。

 ああもうドラジロウめ、腹が立つ。

 転生した魂を利用してモンスターを作ると、低コスト高性能になるという噂を聞いて実践してみた。

 実際に、最初の頃はその売り文句に相応しい性能だった。

 珍しい個体だから、ゴブジロウという名前を与えてやった。

 最後はドラゴンにまで進化したからドラジロウだ。

 それなのに、ラスボスを任せたダンジョンが長期化するにつれて、どんどんとコストが増大化していき、最後にはダンジョンに使われているコストの半分がドラジロウになってしまった。

 そんなことある? と思わないでもなかったけど、うまくいっているみたいだから放っておいた。


 別にダンジョンで使用されるコストなんてたいしたことないのだ。

 ダンジョンから発生するエネルギーの方がその何倍から何千倍も多いのだから、コストなんて気にする必要はない、という意見もある。

 だけど、ダンジョン創造を任されるようになった頃になんとなく聞いた話で気になったのが『低コストでダンジョンを運営するのがイケてる神の証明』という言葉だったから仕方ない。


 ピロアーネはイケてる女神になりたかったのだ。

 そして百年ダンジョンを達成し、実際にそうなれていた。

 なれていたのに。

 後輩ぶって「尊敬してます〜」みたいな顔して百年ダンジョンのコスト表を見せてくれと言って、それに乗ってしまったばっかりに。


「うわ〜このラスボス、全然働いてないじゃないですか。それなのにコストの半分を使ってるんですか? すごい無駄〜。さすがピロアーネ様、これぐらいのハンデは余裕ってことですかぁ?」


 なんて、バカにするようなことを言って!


 そしてドラジロウを放逐したら百年ダンジョンはすぐになくなってしまって!

 あのバカのブラックミノタウロス!

 寝てるだけのドラジロウができることなんて、楽勝でできるなんてテキトーなことを言って、失敗して!


 ああもう腹が立つ!


「負けたら消してやるからな! ブラックミノタウロス!」




 女神の怒りがブラックミノタウロスを出現させた。

 だが、その怒りは、ここにいる原住民と、そしてブラックミノタウロスに向けられている。

 あのダンジョンは、女神にとってかなり重要な存在だったようで、それを失陥させたオレへの怒りは凄まじく、しばらく懲罰房に入れられていた。

 ただただ苦しみが襲うだけの空間は恐ろしい。

 あんな場所にはもう戻りたくない。

 そして、忌々しいあのドラゴン。

 ダンジョンの奥の間から出てくることもないくせに、ダンジョンの主人面をしていたあの駄竜。

 ただただ百年もの間幸運だっただけの存在だ。

 いや、それだけでなく、なんらかの方法でダンジョンを去る際にブラックミノタウロスから強さを盗んでいった。


 オノレ。


 ダンジョンから放逐された奴がどうなったのかは知らない。

 どうせ、どこかで野垂れ死んでいることだろう。

 そうでなければ、殺してやる!

 復讐の怒りを燃やしながら、ブラックミノタウロスはダンジョンの奥から外へと向かって移動する。


 出来たてのダンジョンは外までの道が短く、すぐに辿り着いた。

 そしてそこに無駄な抵抗をしている原住民たちがいる。

 女神の邪魔をする愚か者たちが。

 お前たちはダンジョンから魔石をだけを持ち帰ればいいのだ。


「ジャマヲスルナ!」


 吠えかかり斧を振るう。

 前で盾の壁を作っていた者たちが何人か吹き飛んだ。


「ブラックミノタウロス!」

「S級モンスターだ!」

「C国でS級覚醒者を三人も殺したって話の?」

「無理だ」

「逃げろ!」

「撤退、撤退だ!」


 原住民どもが慌てふためく。

 とてもいい気分だ。

 だが、それだけでは満足できない。

 もっとスッキリしたい。

 もっと蹂躙させろ。

 もっと惨めな姿を見せろ。

 もっともっともっと……無様になれ。


「うわぁ!」

「くそうっ!」

「逃げろ!」

「ぎゃあっ!」

「させない!」


 なに?

 ブラックミノタウロスは驚愕した。

 攻撃を受け止められた?

 こんな大して強くもなさそうな原住民が、ブラックミノタウロスの攻撃を?

 この盾のせいか?

 実力に見合わないものを。


 その瞬間、ブラックミノタウロスの脳裏に、持てなくなった戦斧の記憶がよぎった。

 実力に合わない?

 いいや、奴がなにかをしたのだ!

 狡賢い駄竜が!

 このブラックミノタウロスを貶めるために!

 この原住民の女めが!

 余計なことを思い出させおって!


「フザケルナ!」

「きゃあっ!」


 再び盾を打てば、女は一緒に吹き飛んでいった。

 そうだ、この女はこの程度だ。

 あの時と一緒のはずがない。

 だが、嫌な考えを、記憶を呼び起こした。

 だから、お前は。


「シネ!」


 斧を振り下ろす。


 ダッ!


 だが、その斧は女に当たらなかった。

 その前に何者かが邪魔をした。


「ナンダキサマハ⁉︎」


 吠え、しかしその音の威圧に全く動じることのない姿に、ブラックミノタウロスはあの影を見た。

 まさか、そんな……。


 いや、まだ消えていなかったのだ。


 忌々しいそんざいめ。

 いまだに狡賢く生き延びているのだ。


「ダリュウガアアアアアア‼︎」




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