29 覚醒者の覚悟



 新しいダンジョンからモンスターが溢れ出す。

 ミミミは思考停止して、恐怖のままに逃げ出した。

 もう、どんなモンスターがいるのかを見る余裕もないほどの数。

 ダンジョンに潜り、モンスターと戦うことにその存在理由があると言われる覚醒者だとしても、一度湧いた恐怖を押し留めるのは至難の業だ。


「がんばれ、もうすぐ入り口だ!」


 逃げている間に、いろんな場所にいた覚醒者たちが集まってたくさんの人になっていた。

 だけど、そのことに気付いたのは入り口の光の渦が見えてからだった。


 このまま、逃げていいの?


 ミミミの脳内にその疑問が投げかけられたのは、悪魔の囁きだったのかもしれない。


 ここを逃げて、モンスターを外に出したらどうなるの?

 入り口付近はまだなんの対策もされていない。

 コンビニの簡易建築物みたいに見えているけれど、実はあの建物は対オーバーロード対策が行われている。

 溢れ出しても、すぐには外に出ないように特殊な結界が構築されて、周辺住民の避難が間に合うように時間を稼ぐ作りになっている。

 だけど、このダンジョンの外にはまだそれがない。


 そのままモンスターを外に出してしまったら?

 ひどいことが、起きてしまう。


「う〜〜〜〜っ‼︎」


 ミミミは足を止めた。


「ミミミ!」

「なにしてるの⁉︎」

「このまま、モンスターを外には出せないよ!」


 ユウネたちの問いにミミミは大声で答えた。

 他の覚醒者にも聞こえるように。

 他の覚醒者にも気付いてもらえるように。


「ここはまだオーバーロード対策されてないんだから!」

「そ、それは……」

「でも」


 生まれたてのダンジョンがオーバーロードを起こすのは、国内ではまだ記録されていない。

 だからこそ工事が遅れたという理由もあるだろう。

 が、それはそれとして、目の前にある危機を見逃していいのか。


「私は天之川ミミミ《鮎川美生》! 自分の名前は裏切らないって決めてるんだから!」


 名前を裏切らず、美しく生きる。

 そう決めたのだから。

 他の覚醒者がやらなくても、一人でもやる。

 その覚悟で、大盾を構える。


「無茶よ!」


 ユウネたちが叫んでも、ミミミの覚悟は揺るがない。

 そして、その覚悟に呼応してくれる者たちは、いた。


「盾役! 並んで壁を作れ!」

「おお!」

「補助、回復は後ろから絶対に出るな! 攻撃は盾の後ろからできる奴が優先!」


 逃げていた覚醒者たちが足を止め、即席の壁を作っていく。


「あ、ありがとうございます!」

「完全に止めるのは無理だ。だが、外への流出を緩くさせることはできるはずだ!」


 急遽リーダー役になった覚醒者は、ミミミに頷き返すだけで言葉を止めない。


「斥候役はすぐにダンジョンを出て危険を伝える。避難の手助けに向かってくれ!」


 覚醒者たちが組んだ壁にモンスターたちが迫る。


「インリン、行って」

「でも、ユウネ」

「やれることをやる。まぁそうよね。私たち、あの人にむりやり覚醒者だって自覚させられたし」


 ユウネが艶っぽくため息を吐く。

 平和島ダンジョン攻略。

 それはB級覚醒者としての壁を感じたユウネにとって、一生味わうことなどないと思っていた達成感だった。

 それを感じさせてくれたのがS級覚醒者の八瀬川次郎だった。

 ミミミによってドッキリ的にコラボに参加してきて、そして企画を根底から覆した。


 強者の身勝手。

 だけど、そこで得られた達成感がアイドル系Dチューバーという枠の中で落ち着いてしまっていたユウネの魂に火をつけたのもたしかだ。


「情報を持ち帰るのが斥候の仕事。インリンは間違ってない。行って」

「くっ、死なないでよ」

「わかってる」


 走っていくインリンを見送り、アイテムボックスから複数の剣を取り出す。

 念動力を利用した飛剣使い。

 それがユウネの戦闘スタイル。

 B級では魔力が長続きしないので、この戦い方は間違っているのかもしれないけれど、特性として発現した念動力を使って戦った方が、実際に剣を手に持って戦うよりも強いのが事実だ。

 そのため、長丁場のダンジョン攻略には向いていないと、いろんなパーティから離脱させられた。


「こんなところで、負けるものですか!」


 気合を込め、ミミミの盾が受け止めたモンスターを串刺しにする。


「ユウネちゃん!」

「さあ、できるだけモンスターを押さえますよ! それが!」


 覚醒者の役割なのだから。





 鮫島梨子は多摩湖ダンジョンの上空にいた。

 D省から高速ヘリで向かい、いま到着した。

 その下で溢れているモンスターたちを見ると、あの日の記憶が蘇ってくる。

 あのまま続いていくと思っていた日常を、根底からひっくり返した忌まわしいあの日を。


「いきます」


 愛用の鞭剣を手に、梨子は地上に降りる。

 多摩湖ダンジョンはオーバーロード対策が施されているため、周囲の住民の避難は間に合っている。

 だが、まだ完全ではないし、どうなるかはわからない。

 人が無事だからと家が壊されて嬉しい人はいない。

 そこにある思い出がなくなって嬉しい人はいない。

 だから、被害は最小限でなければならない。

 零が望ましい。

 もう誰も、失わせはしない。

 複雑な斬線を描く鞭剣は、全てのモンスターを区別なく切り裂いていく。

 硬かろうが、柔らかろうが、問題ではない。

 全て切り裂く。

 だが、これだけでは範囲が足りない。

 自分が戦っている外側で、誰かが傷ついているかもしれない。

 誰かの思い出が破壊されているかもしれない。

 それが許せない。


 もっと広く。

 もっと強く。

 もっと遠くに攻撃の手を伸ばさないと。


 そう思い続けた結果が、この力だった。

 次郎との戦いで見せた水の力。

 覚醒者としての特殊能力。


 水透刃。


 溢れ出た水が刃となってモンスターに襲いかかる。

 遠くへ、さらに遠くへ。

 鮫島梨子の望むままに、彼女の感覚は広がり、モンスターを切り裂き続ける。

 彼女は決してオーバーロードを許さない。

 その怒りと覚悟が、彼女の力と維持を支え続ける。


 そして……。


 多摩湖ダンジョンから溢れたモンスターは鮫島梨子によって全滅させられるのだった。

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