28 非常事態



 その日の私は北海道にいた。

 かなり北の方で出現したので、高速ヘリを乗り継ぎして来たぐらいだ。

 交通の要所的な、いままでの即時攻略対象とは違う場所だ。

 逆に、こういう僻地に出現したダンジョンは、頻繁に攻略にやってくる覚醒者もいないし、かといって放置していていつオーバーロードを起こすかわからない。

 監視体制の確立が難しいからすぐに駆除するという。

 こういう場合もあるらしい。


 いつもの攻略チームで突っ込んでいく。

 攻略そのものは二時間半ほどで終わった。

 チームとしての練度も上がり、私の補助に慣れて来たこともあるが、それに加えて彼らの魔力保有量が上昇したこともあるだろう。

 簡単にいえばレベルが上がったということになる。


「え? 来年は全員、自衛隊に戻るのかい?」

「はい」

「それは残念、せっかく息が合って来たというのに」

「ははは。そう言っていただけるのは光栄です。ただこれには事情がありまして」

「事情?」

「八瀬川さんのおかげで我々の実力が急激に上がりましたので、これを機に自衛隊に所属している覚醒者のレベリングを八瀬川さんにお願いしたいと」

「ああ、なるほど」


 自衛隊に所属していれば技術は上がるだろうが、覚醒者としての成長はダンジョンの中でしか行われない。

 その点の問題を解消するために、自衛隊でもダンジョンの攻略は行なっているのだと聞いた。

 だが、手頃な相手と戦うよりも強いモンスターと、そして数多くのモンスターと戦った方が成長できるのは当然だ。

 そして、それが安全にできるのならばなお良しとなる。

 攻略チームとして私と共にダンジョンに潜れば、それが可能だと判断されたということか。


「まぁ、そういうこともありますか」

「ありがとうございます」


 攻略チームのリーダーとなっている秦野さんが頭を下げる。

 私の返事を了承の意味で受け取ったのだろう。

 そういうつもりではなかったが、かといって断る気もないので訂正もしない。

 自衛隊員であるなら戦い方を知らないということもないだろうし、どちらでもいいというのが素直な気持ちだ。


 攻略が早過ぎたため、迎えの高速ヘリが間に合っておらず、私たちは消えた光の渦の前でそんな会話をしていた。


 そんな時だ。

 スマホが鳴った。

 鮫島梨子の名前が表示されている。


「はい?」

「出た! あなた、いまどこ?」

「北海道ですよ。ご存知でしょう?」


 そう答えると、鮫島さんはあからさまに舌打ちした。


「どうしました?」

「オーバーロードよ」


 オーバーロード。

 ダンジョンからモンスターが溢れ出したのか。

 その単語にトラウマ的な記憶を持つ鮫島さんにとっては、声が険しくなっても仕方がない。


「場所は?」

「多摩湖ダンジョン」

「なるほど」


 そこにダンジョンコンビニは置いていない。


「オーバーロードならもう一つのダンジョンが呼応しているのでは?」

「まだわからない。とにかく、私は多摩湖ダンジョンに移動中。あなたもできるだけは早く戻りなさい!」

「努力します。ああ、モンスターはどちらの方向に移動していますか?」

「え? 待って……だいたい東の方よ」

「ありがとうございます」


 通話を切り、地図アプリを開く。


「オーバーロードですか?」

「そうみたいです」


 会話を漏れ聞いていた秦野さんたち攻略チームも険しい顔になっている。


「ええと、多摩湖がここで、東の方となると……」


 オーバーロードを起こすなら、近い場所にダンジョンがあるはずだ。

 あの辺りで起こしそうなダンジョンとなると、吉祥寺ダンジョンか。

 だが、私の設置したダンジョンコンビニに意識を伸ばしても、変化はない。

 通常の状態ではないイレギュラーなオーバーロードか。


 ダンジョンモンスターからの呼び方はパレードだ。

 祭りの行列。

 列を成して進む先は、呼応したもう一つのダンジョン。

 モンスターたちは争い合い、最終的に相手のダンジョンに攻め入る。

 滅ぼしはしない。

 だが、ダンジョンとしての成長度合い、階層を奪い取る。

 そうしてダンジョンは階層を深める。

 それがダンジョンの創造者たちにとってどういう意味があるのかわからないが、ダンジョンを管理していたラスボスからすれば、コストに余裕が生じ、使用できるモンスターの数や種類が増えることになる。


「吉祥寺ダンジョンではないなら、他にあるとすれば……」


 そういえば、私のアパートも移動予測のエリアに入るし、そこにはたしか、生まれたばかりのダンジョンがある。


「……」


 嫌な予感というほどではないが、スマホで美生にかけてみた。


『ただいま、電波の届かないところにいるか電源が入っておりません……』


 機械的な音声が響く。

 ダンジョンにいるのか。

 ユウネたち三人であのダンジョンに行くと言っていたのは、今日だったんじゃないか?


「秦野さん」

「はい。待ってください。迎えの高速ヘリが来るまであと十分は」

「私は先に帰ります。後から来てください」

「は?」

「では」

「あっ、ちょっ……て、ええええ!」


 驚いている秦野さん他攻略チームを放っておいて、私は空を駆けた。

 もちろん、人の姿のままだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る