27 事態の始まり




 今日は出来立てのダンジョンに挑戦する。


「よし」

「うん」

「行きましょう」


 新しいダンジョンはいまだ周囲の囲いが不十分で、三角コーンやロープで立ち入り禁止を示しているだけだ。

 近くにある簡易の更衣室で着替えたミミミとユウネ、インリンの三人はお互いの装備を確認しあって頷いた。

 撮影ドローンを連れているので見た目を重視した装備であることは変わりないのだが、それぞれに装備を強化したり、追加したりしている。

 ミミミも普段のオーバーオールを強化し、手にしているのは次郎が平和島ダンジョンを攻略した時にくれた大盾とツルハシだ。

 気分的にはいつもの金メッキな見た目の方がいいのだけれど、製作者である御名代玲子から「戦闘で使うな」と強く言われているのでこちらにした。


 信頼の次郎と愛着と友情の玲子。

 今回は次郎を選択した、というわけだ。


「最終確認だけど、無理はしない。いいわね?」

「もちろん」

「はい」


 ユウネの言葉にインリン、ミミミの順番で頷く。

 打ち上げの席で次郎に攻略を考えない覚醒者もいるなどと言った三人だけれど、あの時の感覚を忘れられない気持ちもあった。


 地球にダンジョンが現れてから二十年が過ぎた。

 同時に現れた覚醒者という存在の扱いも含めて、色々な紆余曲折があった末にいまの形に落ち着こうとしている。


 ダンジョンの魔石を手に入れることを一番とする者。

 邪魔な場所に現れたダンジョンを駆除する者。

 ダンジョンの内部を、覚醒者という存在をショーとして扱う者。


 ミミミたちはショーの部分に属する者たちだ。

 彼女一人であれば魔石を発掘する部類にもなるが、鉱夫系が一人でダンジョンに潜るのは難しく、かといって鉱夫系が魔石鉱脈を採掘している間、他の覚醒者が護衛に徹するのは非効率とする考えが根強いため、不人気な存在であり、一人で活動するのは色々と難しく、儲けはそれほどではなかった。


 次郎はミミミがけっこう儲けていると考えたようだが、怪我した時の医療費や、装備や撮影機材のメンテナンスなどが引かれるし、毎回魔石鉱脈に辿り着けるとも限らない。

 怪我だけして撤退するなんていうことは何度も経験している。

 次郎から、そして周囲から思われているほどには儲けていないのが実情だ。


 ダンジョンコンビニが現れてから、いままでは行ったことがないような場所まで探すことができるようになって、儲けることができるようになった。


『次郎さん様々です!』


 周囲には言えないけれど、そう思っている。


 そして、そんな風に満たされてしまったから、欲が出たのかもしれない。

 普通にダンジョンに挑戦する覚醒者になりたいと。

 ユウネもインリンも、色んな理由で攻略する覚醒者という立場を諦めてアイドル系Dチューバーとなった。

 別にいまやっていることが、他よりも劣っているなんて思っているわけではない。

 視聴者の人たちも、好きだ。

 まぁ、セクハラじみた人たちであることは否定できないけれど、他者との繫り方がわからなくなっていたミミミにとって、それを教えてくれた人たちであることも事実なのだから。

 だけど、覚醒者として劣っているから、こちらの世界に来たという、逃げの気持ちがあることも否めない。

 その気持ちを払拭したいのかもしれない。


 できないから逃げているのではなく、できるけれどこの道を選ぶのだと、改めて自分に示したいのかもしれない。


 あるいはもっと下卑た理由なのかもしれないけれど、そういう感情を否定しても仕方がないと教えてくれたのもミミミの視聴者たちだ。

 本能に忠実でなにが悪い。

 その部分も人間なのだから。

 もちろん犯罪はダメだけれど。

 直接の対人ではないからこそ明け透けにできる本能という部分もあるのだと教えてくれた。


 次郎からそういう部分を感じたことがないのは気になるのだけど。

 それは、ともかく。


 うん。

 理論武装は完成した。


「さあ、行きましょう」

「おお!」

「はい!」


 後は、進むだけだ。

 アパートの近くに現れたダンジョンに入ると、内部は黒い大理石みたいなものが敷き詰められた清潔感のある空間だった。


「今回は、三人で新しいダンジョンに来てみました」

「浅い層を軽く回るだけのつもりだけど、怪しいところはとことん探るよ」

「魔石鉱脈もあればいいな」


 撮影ドローンに話しかけ、奥を目指す。

 黒い大理石は、繋ぎ目の部分から淡い青の光が漏れていて、視界は悪くない。

 まるで夜の中を歩いているような不思議な感覚になる。


 出てくるモンスターは、ゴブリンだ。

 緑色の肌で小さい、そしてちょっと、いやかなり臭いモンスターのゴブリン。

 創作物としても、現実のダンジョンとしてもそれほど珍しくない存在ではあるのだけど。


「なんか変じゃないか?」


 ダンジョンに入って一時間、インリンが疑問の声を上げた。


「やっぱり、そう思う?」


 ユウネも同じ気持ちだったようで、二人が頷きあう。


「え? なに?」


 ミミミはわかっていなかった。


「ダンジョンとモンスターの雰囲気が合わなくないか?」

「あっ!」


 言われて、ミミミも理解した。

 ダンジョンと、そこに潜むモンスターは関係性があるように見える。


 例えば、神殿風の荘厳な雰囲気のダンジョンからは天使っぽいモノや、神話に出てきそうな煌びやかだったり神聖そうな雰囲気のモンスターが出現する。

 そんなダンジョンに、正反対の存在である悪魔っぽいモンスターが現れたりはしない。


 それと同じだ。

 どことなく神秘的な夜の雰囲気が宿るダンジョン。現れたばかりで階層が深くないことがあるとはいえ、初手から出迎えてくるモンスターがゴブリンというのは、おかしい。


 なにかを間違えているかのように思える。

 戦闘そのものは問題なく進行できていて、インリンは色んな場所に隠れていた宝箱を見つけることができたし、ミミミも盾役の練習をすることができて満足なのだけれど、気付かされるとうまく行っていることさえ不気味に感じられてきた。


「撮れ高は足りないけど、もう帰る?」

「そうね、その方がいいかも」

「うん、わかった」


 退き時を間違えるわけにはいかない。

 バフ時の能力と本当の実力を見誤るなと次郎も言っていた。

 ここで変な事故など起こしては、彼に合わせる顔がない。


 そう思って道を引き返そうとしたのに……。


 運命は、彼女たちを逃しはしなかった。


 複数の足音。


「誰か来る?」


 少し進めば闇に飲まれる道の向こうから、たくさんの足音が近づいてくる。

 乱れたリズムが大きくなっていき、視界にぬっと現れたのは同業の覚醒者たちだった。

 ひどく焦った顔だ。


「どうしました?」

「急げ!」

「逃げろ!」

「オーバーロードだ!」


 彼らが叫ぶ。

 理解は、闇の奥から響く吠え声によって強制された。

 

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