26 女神たち




「グギギギギ」


 女神ピロアーネは苦悶していた。

 おかしい。

 このところ、うまくいかない。

 どれだけダンジョンを生成しても、すぐに壊されてしまう。


「なんで? なんでなの? 私は百年ダンジョンを達成した偉大なる女神ピロアーネなのよ⁉︎」


 わけがわからない。

 神々の世界において、ダンジョンによる世界交感は重要な意味を持つ。

 世界と世界を繋げる。

 ただそれだけによって発生するエネルギーは膨大であり、神々の世界の重要な動力源となっている。

 だが、刺さったままではいずれ常態化する。

 その世界に慣れてしまう。

 それではダメなのだ。

 世界に違和感を与え続けていなければならない。

 排除する存在であると認識させなければならない。

 そのためにダンジョンにはモンスターがおり、富となる魔石が存在し、その世界の住人を招き入れなければならない。

 排除させるため、宝を得させるため。

 そうすることで、ダンジョンは違和感の存在としてい続け、世界交感のエネルギーを発生させる。

 そんなダンジョン故に、長く存在させ続けるのは難しい。

 強すぎれば人は恐れて近づかなくなる、簡単であれば攻略されて消滅してしまう。

 程よい難易度で人を招き、財宝を与えながら、しかし最後の間には至らせない。

 それを行うことがどれほど難しいか。

 ダンジョンを長く維持させることができるのは、神にとって有能の証明ともなっていた。


 そんな中、女神ピロアーネはダンジョンを百年存続させ続け、エネルギーを受け続けることで大いに神格を上げていた。

 だが、そのダンジョンが攻略され、消滅した。

 それ以来、どれだけダンジョンを生み出し、世界に突き刺そうとすぐに攻略されてしまう。


「なんで! なんで! なんでよ⁉︎」


 件のダンジョンと同じことをしているはずなのに、失敗が繰り返される。

 どうしてなのか、まったくわからない。

 いや、失敗した理由はわかっている。


「あら、どうしたのピロアーネ様」

「その声は⁉︎」


 ギギッと振り返り睨みつけると、そこに女神シェンハリがいた。


「あんた!」

「あら怖い。もしかして、またダンジョンが消えたのかしら?」

「ぐっ」

「あの百年ダンジョンが消えて以来、ピロアーネ様はうまくいきませんね。このままでは、神格の維持も難しいのではないですか?」

「う、うるさい! そもそもあんたが!」

「なんのことでしょう?」

「あんたが、私のダンジョンのコストにケチを付けるから」

「まさかまさか、私はただ、感想を述べただけですよ。勉強のために見せてくださいってお願いして、見せてくださったのはピロアーネ様じゃないですか」

「グギギギギ!」

「大丈夫ですよ。ピロアーネ様ならまた百年ダンジョンを達成できます。あははははは!」


 笑いながら去っていこうとするシェンハリを睨みつける。

 神の力でどうにかしてやりたいが、そういうわけにはいかない。

 いや、方法はあった。


「ねぇ、シェンハリ、ちょっと遊ばない」

「あら、なんでしょう?」


 シェンハリが足を止めた。


「あなたのダンジョンが、たしか#$%&にあったわよね。パレードしない?」

「ありますけど、ピロアーネ様のダンジョンはあるんですか?」

「心配しなくても次はうまくやるわよ」

「では、楽しみにしていますよ。ふふふふ」


 今度こそ去っていくシェンハリをピロアーネは睨む。


「次はうまくやる。もう手加減なんかしない。全部賭けたって、あいつを泣かしてやるんだから!」


 ピロアーネの決意は固かった。




 アパートの近くにダンジョンが発生した。

 場所は公園の中だ。

 吉祥寺ダンジョンに近いことが気になったが、即時攻略の要請は来なかった。

 なにか妙に気になるダンジョンだ。

 どうしてだろうか?


 それと関係あるのかどうかわからないが、私を弾き出したダンジョンはどうなったのかと気になり、調べてみた。

 あの日に発生したダンジョンは、鮫島さんによって即時攻略されていた。

 まぁそんなものだろう。

 生まれたてのダンジョンはどうしても階層が浅く、使えるコストが少ない。

 あのままダンジョンにいたら、コスト制限にかかって能力の百分の一も出るかどうかわからない状態となっていたかもしれない。

 デカくいくせに弱いドラゴンなんて、存在が冗談だ。

 そんなことにならなくてよかったといまは思う。


 ダンジョンコンビニは順調だ。

 平和島ダンジョンの攻略動画が功を奏したのか、バフ系飲食物の売り上げが上がっている。

 補助系覚醒者たちの扱いも見直されたのだろう。

 彼らの能力はバフ系飲食物より効果が低いが、それらと効果が重なることが判明し、出番が増えてきているようだ。

 いずれは補助系覚醒者たちの実力も上がっていき、補助効果も上がっていくだろう。


「ふむん?」


 そこまで考えて、首を捻る。

 彼らの実力が上がったからなんだというのだろう?

 なにか私に利益があるのだろうか?

 覚醒者たちが強くなりすぎると、ダンジョンコンビニの利用度が下がってしまうのではないか?

 そうなると私の儲けが減ることになる。

 利用されなければ、私に経験値が流れ込んでくる量も減る。

 かつてのダンジョンでラスボスをしていた時と同じことだ。

 勝ちすぎてはならないし、負けすぎてもならない。

 ちょうど良いラインを見つけてそれを維持する。

 D省との付き合いもいつまでのことかわからない。

 だが、ダンジョンがある限り、ダンジョンコンビニは続けることができる。


 だから……。


「むっ」


 しかし、それは人間のやることか?

 その問いが、思考を先に進めることを止めた。

 人間にもいろいろあるだろう。

 考えていたことを続けていたとしても、それはそれでそういう人間もいると思い切ることもできる。

 しかし、それは八瀬川次郎のやることなのか?

 それがもうわからないことが、問題なんだろうな。

 時が流れ過ぎている。

 人間としての人生がダンジョンモンスターとしての記憶に潰されてしまっている。

 情報として掘り起こすことはできるが、そこにあったはずの感情が付いていこない。

 友達は誰だった?

 誰が一番の友達だった?

 あるいは友達なんていなかったのか?

 遊んでいた記憶はあるが、そこにあった関係性は思い出せない。

 遊んだ回数がそのまま友情の測りとして成立するのか?

 そして、それがわかったとしても、その時の感情が戻ってくることはない。

 どうすることが正解なのか?


「次郎さん! 一緒にドーナツ食べましょう!」


 チャイムが鳴って美生ちゃんがドーナツ屋の箱を掲げる。


「ありがとう。じゃあ、コーヒーを淹れよう」


 たまに美生ちゃんはこうやってお土産を持って遊びにくる。

 長い箱に詰まっているドーナツの内、三分の二を彼女が食べる。

 食べながらいろいろと話す。

 とは言っても、内容は動画関係のことが多い。

 ダンジョンのこと、視聴者のこと、コラボ仲間たちのこと、後、御名代玲子のことも。

 私はその話を聞き、たまに質問に答えるだけだ。


「……」

「どうかしたかい?」


 それなのに、今日は急に黙って私の顔を見た。


「次郎さん、なにか悩み事とかあります?」

「悩み事?」

「はい。そんな風に見えたので」

「そうだね。美生ちゃん」

「はい」

「君から見て、私はどんな人間かな?」

「え?」

「性格とか、なんでもいいよ。感じたように教えてくれないか?」


 言っておいて、面倒な質問だなと思った。

 自分が言われたとしたら困ってしまったかもしれない。

 だが、こんなことを聞ける相手といえば、美生ちゃんぐらいしか思いつかない。


「ええと、そうですねぇ」


 彼女は照れくさそうに天井を見ながら考える。


「まず、優しいですよね、それと面倒見がいいと思います。私をたすけてくれましたし。平和島の時はみんなに戦い方とか教えてくれました」

「うん」

「食べ物はなんでも食べますけど、飲み物はコーヒーとビールが好きですよね」


 そういえば、戻った時にあったのもビールだった。

 そして飲み屋にいけば、自然とビールを頼んでいる。

 コーヒーは粉とフィルターがあったし、使い方が自然とわかったので、それでコーヒーを淹れている。


「はは、なるほど」


 ないと思ったけれど、意外にあるものだな。


「そうか、ありがとう」

「それと、それと……え?」

「うん?」

「もう、いいんですか?」

「ああ、もう十分だ」


 わずかでも、そこに八瀬川次郎としての断片があったのであれば、それでいい。

 なら、なにも考えずに行ったことも、少しはその方向性に近いことをしていたのだろうから。

 問題はない。

 それがわかればいい。


「ありがとう。今度は私がなにか奢るよ。なにがいい?」

「……」

「美生ちゃん?」

「なんでもないです!」


 なぜ、怒っている?


「ええと」

「ツーン!」

「美生ちゃん?」

「あっ!」

「え?」

「美生!」

「な、なに?」

「今度から、ちゃんはやめてください! 美生で!」

「え? いや、それはさすがに」

「美生で!」

「わ、わかった」


 そんなにちゃん付けで呼ばれるのが嫌だったのか?


「美生さん?」

「美生です」

「美生」

「むっふぅぅぅ!」

「ええ……」


 どういう興奮の仕方?


「……いい」

「美生?」

「うん、それでいいです」

「そうか」


 なにがいいのかわからないが、美生が満足しているのならそれでいいか。

 

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