23 ハラスメント
D省に呼ばれてダンジョンの即時攻略を行うのは一週間から二週間に一度ぐらいだ。
ただ、多い時には一週間で三度呼ばれたこともある。
私が呼ばれるということは、その前に鮫島さんが呼ばれているということでもある。
つまり、私がいる前は、彼女一人でその倍の数に対応していたということになる。
新高大臣が私を取り込むことを強く望んでいた経緯は、ここにあるのだろう。
覚醒者だから大丈夫だったようなものだが、それでも社畜状態だ。
覚醒者にとってダンジョンでの戦闘によって得られる魔石やドロップ品は収入であるといっても、毎日ダンジョンに潜っている者はいない。
どれだけ強くとも、死と隣り合わせの戦闘をこなした後は精神的に疲弊する。
それを癒すため必要なのは、休暇だ。
最近は戦闘をゴーレムに任せて魔石鉱脈を採掘するだけの美生ちゃんでも、ダンジョンに赴くのは週に二日ほどだ。
そう考えると、攻略完了が絶対条件ではあるものの、私のダンジョンに潜る頻度は他の覚醒者とそう変わらないような気もする。
いや、私が加わったことで鮫島さんがダンジョンに潜る頻度が常識の範囲になったと考えるべきなのか。
「だから、こんなことをする必要はないのではないですか?」
「うるさい、訓練するぐらいいいでしょう」
D省に隣接する覚醒者用訓練施設に私は呼ばれていた。
相手は鮫島さんだ。
訓練に付き合えというので「人間の姿でいいのなら」という条件で了承したものの、さすがに三日連続で呼ばれると言いたくなる。
「休め」と。
お互いに握っているのは木刀だ。
魔力を込めれば木刀でもビルの壁を砕くぐらいはしてのけるが、そうでなければ力任せに殴られても木刀の方が割れるだけで済む。
動きに魔力を乗せるのは有りだけれど、武器はダメという条件でやっている。
私の動きは受け八、攻めニぐらいの割合だ。
こちらとしても人間の動きを思い出すのに役に立っている。
人型のモンスターも数多く経験しているけれど、時間の長さでいえばドラゴンでいた期間の方が長い。
人間の体での動いていると違和感を覚えることが多い。
なので私の役に立ってはいるのだけれど。
「もう休みません?」
「まだまだ!」
「かれこれ二時間は休みなしですけど?」
「うるさい!」
「ほら、周りの人たちもドン引きしているから」
訓練施設では他にもD省に所属している覚醒者が訓練しているのだけれど、自分たちの手を止めてこちらを見ている。
「……」
ムッとした顔のまま鮫島さんが手を止める。
これで終わりかと思ったら、彼女は周囲をぎろりと睨み「私たちのことは気にしないように!」と注意を飛ばしただけだった。
彼女の威嚇で、皆が自分の訓練に戻っていく。
誰か止めてと願うのだけれど、私の心の声はどこにも届かなかった。
「私は強くなりたいの」
「あなたはもう、動物的な意味の強さでは完成しているでしょう」
覚醒者となったからといって、骨や筋肉が変質しているわけではない。
ただ、そこに魔力という要素が足されることによって、変質していると思えるほどに強くなっているだけだ。
だから、覚醒者がやるべきことはダンジョンに潜ってモンスターを倒し、魔力を得ることが強さへの近道だ。
魔力即ちRPGでいう経験値みたいなものなのだから。
「ここで訓練しても技術的な意味での向上しかないですよ」
「そう。なら、ダンジョンへ行きましょうか」
「今日は休日だよ、鮫島君」
新高大臣の声が鮫島さんを止め、私はようやく解放されると息を吐いた。
「無理は良くないな。それでは八瀬川さんに協力を仰いだ意味がなくなる」
「大臣」
「いいね」
「はい」
「八瀬川さん、お疲れ様」
「いえいえ。止めてくださって感謝です」
「今日はダンジョンが発生する様子もなさそうですし、このまま戻ってくれて構いませんよ」
「そうさせていただきます」
新高大臣と話している間に鮫島さんは施設から出て行ってしまった。
ジャージ姿だった私も更衣室で着替えて外に出ると、なぜかそこに鮫島さんが待ち構えていた。
「ちょっと、付き合いなさい」
「は?」
「どうせ暇でしょう? 親睦でも深めましょう」
ほぼ無表情でそんなことを言われて、信じていいものかどうか悩む。
だが、結局同意してしまった。
タクシーに乗って移動した先は銀座のスーパー銭湯だった。
「あの?」
「汗を流して、その後飲みましょう」
「はぁ」
汗を流すのはいいことだとは思う。
そういえばそもそも汗をかいていないな。
これはこれでダメだな。
どこかで汗をかいたりとかしないと。
そんなことを考えている間に店舗内に入って手続きを済ませた。
「では、先に出た方が店に入って知らせて」
「わかりました」
平日だけれど関係なく人は多い。
体を洗い、湯に浸かる。
サウナと冷水浴を繰り返して楽しむ人々を眺めつつ、ずっと同じ湯に浸かり続ける。
ダンジョンコンビニの世界展開を考えつつ、まだ実行に移していない。
だが、日本の都道府県でまだ設置していない一年以上存在しているダンジョンには店舗を設置するようにしている。
国内だと観光名所なんかを目印にして、マップアプリで移動ができてしまうが、国外だとそれが難しいのもある。
やり方はあるのだろうけれど、その間にD省から連絡が来てしまうと面倒だと思ってしまう。
「む、そろそろかな」
鮫島さんがどれぐらい浸かる人なのかわからないけれど、普通の人ならこれぐらいだろうというぐらいで湯から出た。
ゆったりとした館内着に着替えてスマホを確認すると、彼女はすでに湯からでて館内のレストランで待っているとのことだった。
「遅い!」
「いや、鮫島さんが早いのではないですか?」
彼女はすでに酔っていた。
飲んでいるのはレモンサワーか?
つまみの数が少ないけれど、持ち替えられていない空のジョッキがある。
私が生ビールを頼むと、彼女も追加でレモンサワーを頼んだ。
「飲みますね」
「え? 初めてだけど」
「は?」
「十五歳でD省に招かれてから、ずっと働き通しだもの。お酒なんて飲んでる暇も、そんな考えもなかったわ」
「待った待った待った」
さっと手持ちのレモンサワーを飲み干し、店員が持ってきた新しいそれを受け取ろうとしているのを止める。
「なによ、もう成人してるわよ」
「初めてでペースが早すぎます。もうちょっとゆっくり」
店員が来るのに合わせて飲み切るなんて、熟練の酒飲みみたいなことはしなくていい。
「いいじゃない。私たちは、その気になればアルコールぐらい簡単に抜けるでしょ」
正確には私は覚醒者ではないのだが、多少の毒が体に入ってきたところで魔力の力で体外に排出することができる。
覚醒者も同じことはできるだろう。
とはいえ、それは冷静な思考ができている時ならば、だ。
アルコールが回っている時の思考が冷静といえるのか?
「いいから! あなたも飲みなさい!」
自分のレモンサワーを奪い取り、私に生ビールを押し付ける。
「あなたは年上かもしれないけど、ここでは私の方が先輩なんだからね!」
「私は外部職員とか嘱託とか、そういう扱いですよ」
あるいは派遣?
「うるさい」
酔った目で睨まれた。
これはもう無理だな。
仕方ないので付き合って生ビールを飲む。
うん、冷えてて美味い。
メニューも豊富なので、とりあえず色々と頼む。
「飲むのはわかりましたけど、ちゃんと食べてください。胃に悪いですよ」
「はいはい。じゃあラーメンで」
「それは締めです」
「いいじゃない、いまでも」
「いいえ、締めはちゃんと後にしないと」
「他人の食事方法にうるさいとか、そういうのって何ハラスメントかな?」
「それなら飲みの席を強要したあなたもアルハラですよ」
そんなやりとりをしつつ、四時間ぐらい居座ってからタクシーで帰った。
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